①地名姓。ドイツの軍人、発明家、企業家フェルディナント・アードルフ・ハインリヒ・アウグスト・フォン・ツェッペリン伯爵
(Ferdinand Adolf Heinrich August Graf von Zeppelin:1838.7.8 Konstanz(バーデン=ヴュルテンベルク州)~1917.3.8 Berlin)の姓。飛行船の発明で
知られる。彼の一族はドイツ北東部のメクレンブルク(Mecklenburg)発祥の貴族で、上掲古姓一覧の1286年の人物が確認され得る最古の先祖である。
姓は一族の拠点であったメクレンブルク=フォアポンメルン州ロストック(Postock)郡ツェペリン(Zepelin)村の名に由来する。地名の変遷は以下の
通り。
in villa Cepelyn(1246年)8
im dorffe Sepelin(1307年)9
zu Seppelyn 108 Mk.(1333年)10
vnd einkommen des dorffes Zepelin(1334年)11
die den Zcepelinen adir seinen vorfaren vmb LV fl. heutstuls vorpfant gewesen, ...(1517年)7
上掲姓の古形も含めて、中世後期から近世にかけてこの地名は夥しい量の異綴が存在した(上掲以外にも沢山有り、キリが無いのでここで留める)。
メクレンブルクのZepelin地名と同語源と思われる地名がザクセン州にもある。同州ノルトザクセン(Nordsachsen)郡にあるチェプリン
(Zschepplin)という村の名である。こちらの地名の歴史上の変遷も列挙してみよう。
Wasmud de Schepelin(1242年)23
heino miles de Scepelin(1294年)23 Czeppelin(1407年)23 Czeplin(1421/1422/1445/1447年)23 Zceppelin(1445/1447年)23 Sczepplein/Scheppelin(1449年)23 Czeppelyn/zcu Czeppeleinn(1471年)23 Zschepplyn(1533年)23
先のアイヒラーとヴァルターの共著『Onomastica Slavogermanica』では、この地名もスラヴ人の個人名Čepelに由来するとある
24。然し、ここではČepelの原義は「死刑執行人(Henker)」としている。これは、先のポーランドczepić się「引っかかる」と
語源上の関係が有ると私は思う。恐らく、死刑囚を絞首台に引っ掛けるの様な意味からの発達ではないだろうか。あくまで予想に過ぎないので、
「引っ掛ける」という動詞に由来する場合でも、別の意味で付けられた渾名かも知れないが。
何だか、調べれば調べるほど泥沼に嵌っていく地名である。結局の所、確実性を持って言える事は、地名の語尾-inがスラヴ語の所有形容詞形成語尾で
、これを伴った地名は十中八九は人名に由来していること、Zepelin地名の場合西スラヴ諸語で文証される凡そČepelという語形の人名に因む可能性が
極めて高いことぐらいか。人名の原義は「小鉄片」、「帽子を被っている人」「死刑執行人」が考えられるが、いずれにしても仮説は仮説である。実際は
どうだったかは、判る手掛かりが無い。「サギ」由来説も、「サギ」という渾名の人物に因むとするのが自然である。尚、ゴットシャルト(Max Gottschald)
によれば、Zeppelin姓はスイス方言Zeppelin「小さな玉葱(Zwiebelchen)」(<ラcēpula)に由来するとの説も挙げている25。
独Zwiebel「玉葱」のアレマン方言形はziebelが確認できるが26、Zeppelinやそれに近い形は見つからない。現在スイス
にはZeppelinや近似の綴りの姓は存在しないので、この説明はすこぶる怪しい。
[Gottschald(1982)p.544,Kohlheim(2000)p.738,Bahlow(2002)p.571,Naumann(2007)p.313,ONC(2002)p.682]
◆スラヴ*čaplja「サギ」,露čepelá「フライパン挟み」,ポーランドczepić「摑む」←スラヴ*čapati「摑む」(露čápat'「摑む」,古セルボ=クロアティアčapati
「摑む」,スロヴェニアčápati「咥(クワ)える」,チェコčapati,čapiti「引っつかむ」,スロヴァキアčapit'「殴る、摑む」,ポーランドczapić,czapać
「引っつかむ」)←PIE*kap-「摑む」(ギkáptein「飲み込む」,ラcapere「持つ、手に入れる」,英have「持つ」,ラトヴィアkàmpt「手に入れる」)
27。蘭姓ハーフナー(Haavenaar)、チェコ姓チャペック(Čapek)と同根。
◆ポーランドczepić「頭巾を被せる」←スラヴ*čepŭ(o語幹男性名詞)「頭巾」(露čepéc「頭巾」,ウクライナčepéc'「頭巾」,ベラルーシčapéc「頭巾」,
セルボ=クロアティアčápec「頭巾、幼児用頭巾風帽子」,スロヴェニアčepica「鳥打帽、防寒帽、丸帽」,チェコčepec「頭巾」,スロヴァキアčepiec
「頭巾」,ポーランドczepiec「頭巾」,高地ソルブčĕpc「頭巾」)←PIE*(s)kep-「覆う」(ギsképas「覆い」,リトアニアkepùrė「帽子」)
28。ギリシア、スラヴ、バルトの3語派にしか対応語が確認されていない。
1 L. Fromm "Geschichte der Familie von Zepelin. vol.1 Urkunden zur Geschichte der Familie von Zepelin,
sowie der Familien von Hoge und von Bützow."(1876)p.10 2 ibid. p.11-13 3 ibid. p.14 4 ibid. p.14-15 5 ibid. p.22 6 Verein für Lübeckische Geschichte "Urkundenbuch der stadt Lübeck. vol.4"(1873)p.704
他にHelmolt van PlesseやVicke Moltekeといった、後のフォン・プレッセ(von Plesse)家やフォン・モルトケ(von Moltke)家といった
プロイセン貴族の先祖達の面々と列挙されているので、この三人もフォン・ツェペリン家の先祖だろうと思われる。 7 脚注1の文献p.121-123 8 Der Verein für meklenburgische Geschichte und Alterthumskunde "Meklenburgisches Urkundenbuch.
vol.1(786-1250)"(1863)p.556 9 Der Verein für meklenburgische Geschichte und Alterthumskunde "Meklenburgisches Urkundenbuch.
vol.5(1301-1312)"(1869)p.353 10 Der Verein für meklenburgische Geschichte und Alterthumskunde "Meklenburgisches Urkundenbuch.
vol.8(1329-1336)"(1873)p.405 11 ibid. p.454 12 http://en.wiktionary.org/wiki/czapla 13 Paul Rost "Die Sprachreste der Draväno-Polaben im Hannöverschen."(1906)p.345 ONCもこの説を踏襲 14 Heinrich Mitteis "Die Rechtsgeschichte und das Problem der historischen Kontinuität."(1947)p.25 15 OSG vol.7(1973)p.18-19、Schlimpert(1978)p.30 尚、Schlimpertはこの個人名・渾名・姓の古い用例として、
"Zeppilと呼ばれているErich"(1289年)と、Hempil Czippil(1361年Schwednitz(ザクセン州Nordsachsen郡Mügeln村))の人名を
挙げている。前者の記録は当時の文献上の綴りはEricus dictus Zeppil(1289年Merseburg(ザクセン=アンハルト州))(Paul Fridolin Kehr
"Urkundenbuch des Hochstifts Merseburg."(1899)p.426)で、両方とも現在のドイツ領内での記録である。この為、特にZeppilはドイツ語起源の現独の姓
ツェプフェル(Zäpfel, Zepfel:独Zapf「栓」と関連)の中部ドイツ語方言形と見做す意見もある("Zeitschrift für Ostforschung. vol.15"(1966)p.137)。
どちらも有り得る為、どちらが正しいとも言えない。 16 http://browse.dict.cc/tschechisch-deutsch/%C4%8Depel.html 17 前掲書OSG vol.7に"Schaufelchen(ママ), z. B. zum Hanfreinigen (Metallblättchen)"、Schlimpertに"eisernes Schäufelchen
(zum Reinigen des Hanfes)"との語義説明。恐らく、機織なんかに使う小型道具の名前と思われる。研究社の露和辞典には未録の語。 18 Vasmer(1964-1973)vol.4 p.333 19 Tupikov(2005)p.447 この個人名は、現在のロシア人の姓チピリョーフ(Чепелёв)に名残を留めている。 20 Rospond(1967)p.163 21 http://tlumacz.interia.pl/angielski/szukaj/?utf8=1&q=czepi%C4%87&jezyk=an%7C1%7C2 22 動詞過去形起源の渾名に由来するスラヴ姓として、ロシア姓ヴォロシーロフ
(Vorošílov(Вороши́лов))や、チェコ姓のナヴラチロワ(Navrátilová)(女性形)、ポーランド姓のドマガワ(Domagała)、ビガルケ
(Bigalke)等がある。 23 Blaschke et Baudisch(2006)vol.2 p.850 24 OSG vol.7(1973)p.95 25 Gottschald(1982)p.544 26 DWB vol.32 p.1129 27 Vasmer(1964-1973)vol.4 p.289、p.315、Černych(1993)vol.2 p.361 28 Černych(1993)vol.2 p.379、Pokorny(1959)p.930
更新履歴:
2011年12月25日 初稿アップ