Zeppelin ツェ(ッ)ペリン(独)
概要
ドイツ北東部の地名ツェペリン(Zepelin)より。地名は人名チェペル(Čepel)の所有形容詞形に由来するが、人名の原義は「小鉄片、帽子を被った人、 死刑執行人、鷺」等が考えられるが特定不能。
詳細
Heynricus de Cepelin(1286年Rostock)1
Ludik Sepelin(1310年Rostock)2Ludolfus Sepelyn(1313年Ribnitz(Meckl.-V.州)) 2Ludolphus dictus Zepelyn(1318-1319年Ribnitz)2
Volrado, Boltoni et Henrico fratribus dictis Ceppelin(1323年Polchow(Meckl.-V.州Rostock郡Wardow村))3
Bolto Sepelin(1328年Pankelow(Meckl.-V.州Rostock郡Dummerstorf村))4Boltonis Seppelin(1331年Rostock)4
Hinrike Tzepeline, Henneken TzepelineHinrik Zepelin, Henneke Zepelin(1369年Ribnitz)5
Alberd Seppelyn, Cord Seppelyn, Copeke Seppelyn(1395年)6
Curt Zcepeline(1517年Klaber(Meckl.-V.州Rostock郡Langhagen村))7Cordt Czeplin(1518年Thürkow(Meckl.-V.州Rostock郡))7Cunrad ScheppelinChurdt Zepelin(1520年Thürkow)7
Baltasar Szepelynn(1518年Gnewitz(Meckl.-V.州Rostock郡))7Baltzer Czepelin(1518年Wolfshagen(Meckl.-V.州))7

①地名姓。ドイツの軍人、発明家、企業家フェルディナント・アードルフ・ハインリヒ・アウグスト・フォン・ツェッペリン伯爵 (Ferdinand Adolf Heinrich August Graf von Zeppelin:1838.7.8 Konstanz(バーデン=ヴュルテンベルク州)~1917.3.8 Berlin)の姓。飛行船の発明で 知られる。彼の一族はドイツ北東部のメクレンブルク(Mecklenburg)発祥の貴族で、上掲古姓一覧の1286年の人物が確認され得る最古の先祖である。 姓は一族の拠点であったメクレンブルク=フォアポンメルン州ロストック(Postock)郡ツェペリン(Zepelin)村の名に由来する。地名の変遷は以下の 通り。
in villa Cepelyn(1246年)8
im dorffe Sepelin(1307年)9
zu Seppelyn 108 Mk.(1333年)10
vnd einkommen des dorffes Zepelin(1334年)11
die den Zcepelinen adir seinen vorfaren vmb LV fl. heutstuls vorpfant gewesen, ...(1517年)7
上掲姓の古形も含めて、中世後期から近世にかけてこの地名は夥しい量の異綴が存在した(上掲以外にも沢山有り、キリが無いのでここで留める)。

ロスト(Paul Rost)の説明では、地名はスラヴ*čaplja「サギ」12(ポーランドczapla)に由来すると指摘している 13。この説は100年以上前に提出されたもので、私の調べた限りでは当地名の語源説としては最も古い。但し、 ツェペリンの名は、その文献上の初出である13世紀中葉から現在に至るまで、地名・家族名共にほぼ一貫してpとlの間に母音eを伴った形で現れて いる為、それが無いスラヴ*čaplja「サギ」を語源とするのは問題があるように思える。後裔語にもこの母音の見える語が無い(露cáplja,ウクライナ, ベラルーシčáplja,ブルガリアčápla,セルボ=クロアティア,スロヴェニアčaplja,ブルガリアčapla,ボスニアcaplja, マケドニアčapja,チェコčaplja,高地ソルブčapla(いずれも「鷺」の意))。

一方、ドイツ国内の専門家達は最近別の説を採用している。ドイツの法律学者ミットアイス(Heinrich Mitteis)が1947年に著した文献に見える 説で、それによるとポーランドCzepiel,古チェコČepelといった個人名に由来するとする14。この説はドイツのスラヴ語 学者アイヒラー(Ernst Eichler)やシュリンパート(Gerhard Schlimpert)、地名学者のヴァルター(Hans Walther)も踏襲している 15。彼等は、同語源のスラヴ人の個人名*Čepelに由来するとし、その語源は古チェコ čepel「小さな鉄片、刃(Metallblättchen, Klinge)」16としている。又、このチェコ語と同語源のロシア語čepelを 挙げているが、このロシア語の語義は「鉄製の麻クズ除去用小型塵取り」であるらしい17。ロシア語の辞書で確認できる 単語としては、露čepelá(чепела́)「フライパン挟み(сковородник)」18が有るが、これと関係のある 単語かどうか定かではない。露čepelを語源としていると思われる古いロシア人の男子名も確認されており、1495年に Čepelĭ Demechovŭ(Чепель Демеховъ:農民)、又渾名として同年にOndrĕjko Čepelŭ(Ондрѣйко Чепелъ:農民) という人物が確認されている19

私としては、もう一つ別の可能性を考えている。それは、ポーランドに現存するチェピェル(Czepiel)、チェピェラ(Czepiela)という姓と関係付ける 説である。ロスポント(Stanisław Rospond)が著したポーランド苗字辞典にCzepiel(a)姓が採録されており、その内Czepiel姓に関しては Czepelの綴りで16世紀からの記録を挙げている20。彼によれば、ポーランドczepić「頭巾を被せる(to coif)」 21という動詞の過去形に由来すると指摘している。スラヴ語圏では古く、動詞の過去形の渾名転用が広く行われており、 このような成立を持つ姓も相当数スラヴ語圏で見付かる22。この名の場合は「(頭に)帽子を被せた(人)」、即ち「いつも 帽子を被っている人」を意味する渾名として*Czepiel(a)が用いられ姓となったものと考えられる。

他にも、ポーランドczepić się「引っかかる、捕まる(цепляться)」18,czepić「摑む(хватать)」 18(=露čepát'(чепа́ть)「(鉤などで)引っ掛ける、(うっかり)触れる」)という語があり、この動詞の過去形に 由来する場合も有り得るだろう。この動詞は、先の「帽子をかぶせる」の意の動詞とは別語であるらしく、語源も異なると思われる。渾名としての 意味由来は後述。

メクレンブルクのZepelin地名と同語源と思われる地名がザクセン州にもある。同州ノルトザクセン(Nordsachsen)郡にあるチェプリン (Zschepplin)という村の名である。こちらの地名の歴史上の変遷も列挙してみよう。
Wasmud de Schepelin(1242年)23
heino miles de Scepelin(1294年)23
Czeppelin(1407年)23
Czeplin(1421/1422/1445/1447年)23
Zceppelin(1445/1447年)23
Sczepplein/Scheppelin(1449年)23
Czeppelyn/zcu Czeppeleinn(1471年)23
Zschepplyn(1533年)23
先のアイヒラーとヴァルターの共著『Onomastica Slavogermanica』では、この地名もスラヴ人の個人名Čepelに由来するとある 24。然し、ここではČepelの原義は「死刑執行人(Henker)」としている。これは、先のポーランドczepić się「引っかかる」と 語源上の関係が有ると私は思う。恐らく、死刑囚を絞首台に引っ掛けるの様な意味からの発達ではないだろうか。あくまで予想に過ぎないので、 「引っ掛ける」という動詞に由来する場合でも、別の意味で付けられた渾名かも知れないが。

何だか、調べれば調べるほど泥沼に嵌っていく地名である。結局の所、確実性を持って言える事は、地名の語尾-inがスラヴ語の所有形容詞形成語尾で 、これを伴った地名は十中八九は人名に由来していること、Zepelin地名の場合西スラヴ諸語で文証される凡そČepelという語形の人名に因む可能性が 極めて高いことぐらいか。人名の原義は「小鉄片」、「帽子を被っている人」「死刑執行人」が考えられるが、いずれにしても仮説は仮説である。実際は どうだったかは、判る手掛かりが無い。「サギ」由来説も、「サギ」という渾名の人物に因むとするのが自然である。尚、ゴットシャルト(Max Gottschald) によれば、Zeppelin姓はスイス方言Zeppelin「小さな玉葱(Zwiebelchen)」(<ラcēpula)に由来するとの説も挙げている25。 独Zwiebel「玉葱」のアレマン方言形はziebelが確認できるが26、Zeppelinやそれに近い形は見つからない。現在スイス にはZeppelinや近似の綴りの姓は存在しないので、この説明はすこぶる怪しい。
[Gottschald(1982)p.544,Kohlheim(2000)p.738,Bahlow(2002)p.571,Naumann(2007)p.313,ONC(2002)p.682]
◆スラヴ*čaplja「サギ」,露čepelá「フライパン挟み」,ポーランドczepić「摑む」←スラヴ*čapati「摑む」(露čápat'「摑む」,古セルボ=クロアティアčapati 「摑む」,スロヴェニアčápati「咥(クワ)える」,チェコčapati,čapiti「引っつかむ」,スロヴァキアčapit'「殴る、摑む」,ポーランドczapić,czapać 「引っつかむ」)←PIE*kap-「摑む」(ギkáptein「飲み込む」,ラcapere「持つ、手に入れる」,英have「持つ」,ラトヴィアkàmpt「手に入れる」) 27。蘭姓ハーフナー(Haavenaar)、チェコ姓チャペック(Čapek)と同根。
◆ポーランドczepić「頭巾を被せる」←スラヴ*čepŭ(o語幹男性名詞)「頭巾」(露čepéc「頭巾」,ウクライナčepéc'「頭巾」,ベラルーシčapéc「頭巾」, セルボ=クロアティアčápec「頭巾、幼児用頭巾風帽子」,スロヴェニアčepica「鳥打帽、防寒帽、丸帽」,チェコčepec「頭巾」,スロヴァキアčepiec 「頭巾」,ポーランドczepiec「頭巾」,高地ソルブčĕpc「頭巾」)←PIE*(s)kep-「覆う」(ギsképas「覆い」,リトアニアkepùrė「帽子」) 28。ギリシア、スラヴ、バルトの3語派にしか対応語が確認されていない。
1 L. Fromm "Geschichte der Familie von Zepelin. vol.1 Urkunden zur Geschichte der Familie von Zepelin, sowie der Familien von Hoge und von Bützow."(1876)p.10
2 ibid. p.11-13
3 ibid. p.14
4 ibid. p.14-15
5 ibid. p.22
6 Verein für Lübeckische Geschichte "Urkundenbuch der stadt Lübeck. vol.4"(1873)p.704 他にHelmolt van PlesseやVicke Moltekeといった、後のフォン・プレッセ(von Plesse)家やフォン・モルトケ(von Moltke)家といった プロイセン貴族の先祖達の面々と列挙されているので、この三人もフォン・ツェペリン家の先祖だろうと思われる。
7 脚注1の文献p.121-123
8 Der Verein für meklenburgische Geschichte und Alterthumskunde "Meklenburgisches Urkundenbuch. vol.1(786-1250)"(1863)p.556
9 Der Verein für meklenburgische Geschichte und Alterthumskunde "Meklenburgisches Urkundenbuch. vol.5(1301-1312)"(1869)p.353
10 Der Verein für meklenburgische Geschichte und Alterthumskunde "Meklenburgisches Urkundenbuch. vol.8(1329-1336)"(1873)p.405
11 ibid. p.454
12 http://en.wiktionary.org/wiki/czapla
13 Paul Rost "Die Sprachreste der Draväno-Polaben im Hannöverschen."(1906)p.345 ONCもこの説を踏襲
14 Heinrich Mitteis "Die Rechtsgeschichte und das Problem der historischen Kontinuität."(1947)p.25
15 OSG vol.7(1973)p.18-19、Schlimpert(1978)p.30 尚、Schlimpertはこの個人名・渾名・姓の古い用例として、 "Zeppilと呼ばれているErich"(1289年)と、Hempil Czippil(1361年Schwednitz(ザクセン州Nordsachsen郡Mügeln村))の人名を 挙げている。前者の記録は当時の文献上の綴りはEricus dictus Zeppil(1289年Merseburg(ザクセン=アンハルト州))(Paul Fridolin Kehr "Urkundenbuch des Hochstifts Merseburg."(1899)p.426)で、両方とも現在のドイツ領内での記録である。この為、特にZeppilはドイツ語起源の現独の姓 ツェプフェル(Zäpfel, Zepfel:独Zapf「栓」と関連)の中部ドイツ語方言形と見做す意見もある("Zeitschrift für Ostforschung. vol.15"(1966)p.137)。 どちらも有り得る為、どちらが正しいとも言えない。
16 http://browse.dict.cc/tschechisch-deutsch/%C4%8Depel.html
17 前掲書OSG vol.7に"Schaufelchen(ママ), z. B. zum Hanfreinigen (Metallblättchen)"、Schlimpertに"eisernes Schäufelchen (zum Reinigen des Hanfes)"との語義説明。恐らく、機織なんかに使う小型道具の名前と思われる。研究社の露和辞典には未録の語。
18 Vasmer(1964-1973)vol.4 p.333
19 Tupikov(2005)p.447 この個人名は、現在のロシア人の姓チピリョーフ(Чепелёв)に名残を留めている。
20 Rospond(1967)p.163
21 http://tlumacz.interia.pl/angielski/szukaj/?utf8=1&q=czepi%C4%87&jezyk=an%7C1%7C2
22 動詞過去形起源の渾名に由来するスラヴ姓として、ロシア姓ヴォロシーロフ (Vorošílov(Вороши́лов))や、チェコ姓のナヴラチロワ(Navrátilová)(女性形)、ポーランド姓のドマガワ(Domagała)、ビガルケ (Bigalke)等がある。
23 Blaschke et Baudisch(2006)vol.2 p.850
24 OSG vol.7(1973)p.95
25 Gottschald(1982)p.544
26 DWB vol.32 p.1129
27 Vasmer(1964-1973)vol.4 p.289、p.315、Černych(1993)vol.2 p.361
28 Černych(1993)vol.2 p.379、Pokorny(1959)p.930

更新履歴:
2011年12月25日  初稿アップ
PIE語根Zeppe-l-in: 1.*kap-「摑む」、或いは *(s)kep-²「覆う」; 2.*-lo-指小接尾辞; 3.*-no- 形容詞・名詞形成接尾辞

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