Washington ワシントン(英)
概要
「*Wassa(人名:*Wāþsige「狩+勝利」の短縮名)一族の農場」を意味すると考えられている地名より。
詳細
Ralph de Wassingeton(1327年Sussex)1
Robert de Wasshington(1395年Lancashire)1
John Wasshyngton(1401年Lancashire)1
Laurence Wasshington(1567年Oxford)2

地名姓。チェシャー州に多い姓。米国初代大統領ジョージ・ワシントン(George Washington:1732.2.22Westmoreland(ヴァージニア州)~1799.12.14Mount Vernon(同州))の姓。 彼の父オーガスティン(Augustine W.)は1694年にウェストモーランドに生まれた3。オーガスティンの父 ローレンス(Lawrence W.)も同地で1659年9月に生まれた4。ローレンスの父ジョン(John W.)は1631年イング ランド東部エセックス州パーリィ(Purleigh)に生まれ、1656年にアメリカのヴァージニア植民地に移住した5

これよりも遡った先祖に関しては、家系サイトに詳しいので、それを参考にすると以下の通り6
Lawrence Washington(上掲ジョンの父)(1602年サルグレイヴ(Sulgrave:英サウス・ノーサンプトンシャー州)の生まれ)

Lawrence Washington(1565年サルグレイヴの生まれ。子と同姓同名)

Robert Washington(1540年サルグレイヴの生まれ)×姓名不詳の二番目の妻

Lawrence Washington(1510年Tewitfield(発音不明:ランカシャー州)の生まれ)×Amy Pargiter(1538年ノーサンプトンシャーで結婚)

7世代省略

William De Washington(1230年頃Washington(ダラム(Durham)州)の生まれ)×Margaret De Moreville

Walter Washington Sir(1212年生まれ。出生地不詳。第2次バロン戦争(1264-1267年)のルーイスの戦い(1264年)で戦死)× Joan De Ryal De Whitchester(1230年Washingtonで結婚)

William Washington(1180年生まれ。出生地不詳)×Alice de Lexington(1211年結婚)

William FitzPatric de Hertburn(1150年生まれ。出生地不詳)×二番目の妻Margaret of Huntingdon(1180年結婚)

上記の家系図には問題があり、他のサイトでは全く違う説も存在する。省略した世代も含めると、JohnやRobert、Williamといった中世 末期からイングランドで多用されてきた男子名で埋め尽くされている。これでは親子の同定は難しい筈で、こんなに先祖を遡れるのものか 疑いを持ってしまう。英Wikipediaの記述では、William FitzPatric de Hertburnをジョージ・ワシントンの先祖とする記事に対して、 「要出典」のタグが貼ってある。取り合えず、William FitzPatric de Hertburnという人物は重要な人物なので、英Wikipediaの記事を参考に みてみると・・。彼は、1183年に現在のタイン・アンド・ウィア(Tyne and Wear)都市州(1972年以前はダラム州に属す)内にあるワシントン (Washington)にやって来た。彼はダラム司教に年4ポンド払うことで、当地一帯の借用権を手に入れており、当地に自らの領主邸宅を建造し、 姓を領地名に因んでWashingtonに改姓したと言われている(当時の記録ではWilliam de Wessyngtonの綴りで現れる)7。 この館はワシントン旧邸(Washington Old Hall)の名で現存している。19世紀まで、普通に住居として用いられていた。

英、独の両WikipediaのWashington(名前)項8ではタイン・アンド・ウィアのワシントン地名の初出を Wasindone(1096年)としている。この情報は、『information BRITAIN』という英語サイトの記事がソースであるらしい 9。然し、この古形は辞書や年代記など、どの様な文献にも一切記載の無い形なので、信用してよいものか 疑問が残る。文献が指摘している他の古形の数は極めてわずかである。ジョンストン(James Brown Johnston)の英国地名辞典は次の通り。
Wassyngtone(1183年)10
Wessinton(1197年)10
ONCは以下の形を挙げる。
Wassyngatona(1183年)11
既出の英WikipediaのWilliam de Wessyngtonの形も1183年の記録で、この年に3つの違った形が存在したことになる。実際に これら全ての形が記録されているのか、引用先のどれかが誤謬しているのか、どちらなのか真相は不明(ネット・書籍共に一次史料を 見つけられないので判断のしようが無い)。『English Placename Society』(略EPNS)の様な、権威のある地名辞典にも記載されていない。 兎に角、当地名の確実な最初の記録はWilliam FitzPatric de Hertburnという人物の改姓後の姓であるらしい。

一方、英国南部ウェスト・サセックス州ホーシャム(Horsham)州自治区ワシントン行政教区のワシントン村という同名の地名がある。 地名の変遷は以下の通りで、10世紀中葉から記録が有る歴史のある名である。
Wessingatun(946-955年)12
Wassingatune/Wasingatun(947年)12
æt Wasingatune(963年)12
Wassengatun in Sudsexon(973年)12
Wassingetone(1073年)12
Wassingatune(1080年頃)12
Wasingetune(1086年:DB)12
Wassingeton(1235年)12
Wassington(1261年)12
Wessyngton/Wyssyngton(1279年)12
Wassyndon(1324年)12
Wessyngton/Wessyndon(1378年)12
Washington(1397年)12
Wasshington(1641年)12

タイン・アンド・ウィアとウェスト・サセックスの両ワシントンは同じ起源を持つ地名である。然し、その詳しい語源に関しては未だ 論争中で、正確なことは不明。我が国で一番人口に膾炙している説明は、「ワッサ(*Wassa)一族の農場(古英tūn)」を原義とする もの13。古形の第一要素Wassinga-の語尾-ingaは、ある氏族に所属する意味を示す接尾辞-ingの複数属格形である。この接尾辞を 取り払ったWass-という根幹部分は一音節しかない短い語であるため、もし人名に由来しているのであれば何等かの短縮名だと判断できる。 古期英語の短縮名タイプの男名は語尾に-aを取るので、機械的に*Wassaという名前が再建できる。古名のWessingatun(第一音節の-e-は、 後続の前舌母音-i-によるウムラウトと考える事が出来る)、Wassingatuneの原義を 「*Wassa一族の農場」とする解釈は文法的には全く問題が無く、完璧だといえる。然し、*Wassaという男子名は歴史上記録が無く( サール(Searle)やファイリッツェン(von Feilitzen)の古期英語の個人名辞典にも未録)、且つこの語に似た古期英語の単語も見出す 事が出来ない。

そこで、次のような試案が提出されている。以下に列挙する。
●地名の祖形をフウェスィンガトゥーン(*Hwæsingatūn)とする説7
原義は「フウェサ(Hwæsa)一族の農場」7。英Wikipediaは人名Hwæsaの原義を古英で「小麦の束(wheat sheaf)」で あるとし、スウェーデンの王家の名ヴァーサ(Vasa)14と同語源としている。独Wikipediaは人名Hwæsaの 原義を「白い羊(weißes Schaf)」としているが、"wheat sheaf"を"white sheep" 「白い羊」と誤解したものだろう。確かにヴァーサ家の名前を「束」の意と解釈する説が横行しているが、証拠が無く語源不明とするべきで、 これをもって古英の人名Hwæsaの原義を「小麦の束」とする補強材料にはなり得ない。英wheat「小麦」の語源となった古英hwǣteは、 第二音節の子音-t-の音が問題となり、対象から外せざるを得ない。 所で、Wikipediaには古期英語版も存在するが、面白いことに米国の首都ワシントンD.C.を"Hwæsingatūn, D.C."の語形で立項している 15(これを読む人がいるのだろうか、という突っ込みは置いておくにしても、古期英語の教材には使える かもしれない)。

●古英wæsċ「洗濯、沐浴」16,wæsċan,wasċan,wacsan,waxan「洗濯する、沐浴する」17 (>英wash)+古英dūn「丘」由来説7
「洗濯丘(washing hill)」を原義とする。この解釈は、タイン・アンド・ウィアのワシントンに施されているもので、初出形を Wasindone(1096年)と設定したもの。前出の領主宅ワシントン旧邸とウィア川(River Wear)の位置が接近していたから、 この名を得たのではないかとされる7。意味が良く判らないが、丘の麓のウィア川河畔で洗濯をしたという事が 名前の由来になっていると言いたいのだろうか。或いは、"washing hill"のwashingとはwash「波が打ち寄せる」の意で説明しているかも しれない。この語義は英語語源辞典によれば1200年頃が初出だそうだ。川の浸食を受けて丘に絶壁があり、それに因むと考えているのだろう。また、 古英dūnの語義の範疇は、かなり起伏がゆるい丘を対称にしかしていないので、タイン・アンド・ウィアのワシントンの名前の起源と なった丘には適合しないと英wikipediaでは説明している7。また前述の通り、Wasindoneという初出形の存在自体が疑わしい点、 地名古形の第一要素内の-s(s)-がwæsċan,wasċan,wacsan,waxanの-š-(英語のshの音)や-ks-と音が合わない点からも、支持できない。 また、19世紀中葉のかなり古い本だが、アーサーの英国苗字辞典には古形Wessyngtonから語源遡及をし、weis「海や川に浸食された土地 、入り江(a wash, a creek)」とing「牧場、低地(a meadow or low ground)」とton,don「丘、町」の合成語とする説を提唱しているが 18、今日は受け入れられていない。これらweisとingという単語は実在が確認できない。殆ど言葉遊びの類で、 当時の固有名詞学のレベルが判る。

●第一要素を古英wāse「ぬかるみ、湿地」19由来説12
誰が最初に言いだした説かは不明だが、EPNSはこの説を否定している。それによると、サセックスのワシントンは丘陵状の草原地帯の丘の突出部(a spur of the downs)に位置し、 その丘の谷の土壌は大粒の砂で構成されている。これでは、確かに「湿地」が誕生する筈も無い。

●第一要素の人名Wassaを古期英語の男子名ワーズスィイェ(*Wāðsige)の短縮名とする説20
ONCに見える説で、これは中々面白い解釈である。但し、ONCが上げる*Wāðsigeという男名は記録に無く、又、語形も正しくはワーススィイェ (*Wāþsige)と再建すべきである。名は、古英wāþ「旅、追跡、狩り(Reise, Verfolgung, Jagd)」21と 古英siġe「勝利、大勝利、成功」22より構成されている名前である。英語では、古英wāþを要素に持つ人名は 無いようだが、古高独には存在する。例えば、ウェイドヘリ(Weidheri)23、ウェイトラム(Weitram) 23、ウェイドマン(Weidman)23。古期英語にも 記録に残らなかっただけで、実在した可能性は十分にある。二要素複合名*Wāþsigeの短縮名としては*Wāsa、或いは*Wāþsaが 生み出されると思われる(ゲルマン人の短縮名の作り方からすると、前者が創出される可能性が高い)。後者からは、子音クラスター -þs-が同化作用を受けて-ss-となり、更に第一音節が閉音節の為に母音が短母音化して*Wassaという形に至ると想定したい。が、如何せん -þs-→-ss-の音変化の例を他に英語で確認できていないのが難点である。

私も独自に、祖形を*Hwæssingatūnとし「フウェッサ(*Hwæssa)一族の農場」を原義とする説を立ててみた。*Hwæssaは古英hwæss「鋭い(spitz, scharf)」24から作られた男子名である。全く同語源の男名が古高地ドイツ語にも存在する(ワソ(Waso) 25(←古高独(h)was「鋭い、厳しい」))。 然し、この解釈は重大な欠陥が有る。語頭重子音Hw-はドイツ語とは違い英語では残ったからである。例えば、英whatやwhite、wheel等 、この複合子音は現在の発音・綴りに連綿と生き残り続けている。にもかかわらず、上掲の古形全てに重子音Hw-が存在した記録も名残も 一切見られない。本質的にこの解釈が間違っていることを物語っている。同様の理由から、前出のHwæsa「小麦の束」由来説も除外される 。取り敢えず、未文証の男名*Wassaに由来するとみる説を私も採用する。人名*Wassaの語源は定かではないが、ONCの提案する 複合名*Wāþsigeの短縮名説が今の所最も妥当だと思う。
[Reaney(1995)p.477,Bardsley(1901)p.795,Arthur(1857)p.261,ONC(2002)p.653]
1 Reaney(1995)p.477
2 Bardsley(1901)p.795
3 http://en.wikipedia.org/wiki/Augustine_Washington
4 http://en.wikipedia.org/wiki/Lawrence_Washington_(1659%E2%80%931698)
5 http://en.wikipedia.org/wiki/John_Washington
6 http://freepages.genealogy.rootsweb.ancestry.com/~jatree/Your%20Ancestor's%20Tree/people/ p00000a0.htm#I6183 等を参照した。
7 http://en.wikipedia.org/wiki/Washington,_Tyne_and_Wear、http://en.wikipedia.org/wiki/Washington_Old_Hall
8 http://en.wikipedia.org/wiki/Washington_(name)、http://de.wikipedia.org/wiki/Washington_(Name)
9 http://www.information-britain.co.uk/county84/townguideWashington/
10 Johnston(1916)p.496
11 ONC(2002)p.1235
12 EPNS vol.6(1929)p.240-241
13 英語語源辞典p.1547、苅部(2011)p.284、辻原(2005)p.21、木村正史『アメリカ地名語源辞典』、ONC(2002)p.1235、 EPNS vol.6(1929)p.240-241等多数
14 三十年戦争で活躍したスウェーデン王グスタフ・アドルフを排出した家系。仏wikipediaのヴァーサ王家項 (http://fr.wikipedia.org/wiki/Dynastie_Vasa)に、家名は古スウェーデンvase「束(gerbe, botte)」に由来するとある。スウェーデン Wikipediaにも同様の説明があるが(http://sv.wikipedia.org/wiki/Vasa%C3%A4tten)、もっと詳しい説明がある。それによれば、 家名Vasaの初出は1500年代後期で、氏族の武器(släktvapen)の絵が穂束(vase(スウェーデンkärve))と解釈され、それを家名に採用したものだという。 一方、シャルパンティエ(Charpentier)のスウェーデン語語源辞典(1922年)は別の説を採っており、サンスクリットVyāsa「編者」と同語源とする かなり奇抜な説を主張している。然し、(古)スウェーデンvase「束」という単語が実在したという確認が取れず、ゲルマン語派内に同源と思しき 単語も見つからない為、語源は不明とするべきだろう。シャルパンティエの様なトンデモ説が出る様に、この名の語源遡及は 容易ではないようだ。
15 http://ang.wikipedia.org/wiki/Hw%C3%A6singat%C5%ABn,_D.C.
16 Köbler aeW W項p.9
17 Köbler aeW W項p.16-17
18 Arthur(1857)p.261
19 Köbler aeW W項p.17
20 ONC(2002)p.653
21 Köbler aeW W項p.17、Buck(1949)p.191
22 Köbler aeW S項p.55、Buck(1949)p.1406
23 Förstemann(1966)sp.1227
24 Köbler aeW H項p.76
25 Förstemann(1966)sp.1271

更新履歴:
2011年9月2日  初稿アップ
PIE語根Wa-sh-ing-to-n: 1.(?)*wei-²「追い掛ける」; 2.(?)*segh-「持つ」; 3.*-ko- 形容詞・名詞形成接尾辞; 4.*dheu(ə)-²「閉じる、一周する」; 5.*-no- 分詞・名詞形成接尾辞

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