Wambach ワンバック(独:ヴァンバッハ)
概要
①「ワーゴ(Wago:人名、「大波」の意)の小川」を原義とするヘッセン州の地名Wambachより。
②「水無し川」(中高独wan「満ちていない」)を意味するドイツ語圏各地にある地名Wambachより。
詳細
Aldo de Wampach(1214年ルクセンブルク)1
Werenherus de Wanbach(1276年Sachsenhausen(Frankfurt a. M.))2
Thiderico de Waenbach(1291年Paderborn)3
Wigelo de Wanbach(1312年Frankfurt a. M.)4
Catharinae relictæ quondam Wigelonis de Wanenbach(1326年Aschaffenburg(ウンターフランケン))5
Jean de Wampach(1384年ルクセンブルク)6
Johannes Poel de Wambach(1479年Nassau)7

地名姓。米国の女子サッカー選手のアビー・ワンバック(Mary Abigail "Abby" Wambach:1980.6.2Rochester(ニュー・ヨーク州)~)の姓。父親は ピーター(Peter)といい、現在66歳。つまり、2011年8月現在から換算すると1944年か1945年の生まれである。父のミドル・ネームについては ExecutorともGともあり、どちらが正しいか不明8。先祖に関してはこれ以上遡れない為、正確な事は断言できないにしても、本来は ドイツ系の姓と思われる。同じ綴りの姓がドイツ西部に見られ、ヴァンバッハと日本語音表記できる。特にノルトライン=ヴェストファーレン州南西部、ラインラント= プファルツ州西部、ザールラント州、更にヘッセン州北部のカッセル(Kassel)郡とシュヴァルム=エーダー郡(Schwalm-Eder-Kreis)に 飛び地の如く集住している。同名のWambachという地名がドイツ語圏に数ヶ所あり、それらの地名に由来する姓であるが、Wambach地名の 由来には二つの異なった語源が存在する。

①男子名ワーゴ(Wago)の属格形+古高独bah,pah「小川」

●Wambach(独ヘッセン州/ダルムシュタット行政区域/ラインガウ=タウヌス郡(Rheingau-Taunus-Kreis)/シュラーゲンバート(Schlangenbad) 村)
Wagenbach(1195年頃)9, 10
Wanbach(1250年頃)9
Waynbach(1423年)9
Wambach(1520年頃)9
原義は「ワーゴ(Wago:人名)の小川」10。Wago11はワグブラント(Wagbrant) 11やワグヘリ(Wagheri)11という男子名の愛称・短縮名から 派生した男子名。男名は古高独wāg「大波、満ち潮、流れ、渦、深い海、荒海」12(>独≪古語≫Wag「大波、荒海」 :cf.独Woge「大波」)に由来。よって、第一要素の男名も訳して地名の原義を示すと、「潮(ウシオ)ちゃんの小川」といった程の意味になる。 この地名は、独姓ヴァーゲンバッハ(Wagenbach)と同源と見られる。Wagenbach姓もWagenbachという地名に由来する。ゴットシャルト本に、 Wagenbach姓をWag項13に掲載し、中高独wāc,wāge「海、池」に由来するとしている。「池川」の様な意味と見る 見解である。然し、第一要素に-en-の語尾が現れていることから、男名Wagoを経由して古高独wāg「大波」に遡ると見るのが、形の上で 無理が無い。

②古高独,中高独wan「満ちていない、空の」の与格形+古高独bah,pah「小川」

●Wambach(独バイエルン州/オーバーバイエルン行政区域/エルディング(Erding)郡/タウフキルヒェン(Taufkirchen)村) 14
Wampach(1315年)15
parrochia Wanpach(14世紀)15
Wampach(1482/1524/1602年)15
Obrnwampach(1482年)15
Chunrad der Wambekch von Mosen(1389年:人名)15
Wanpach(1579/1589年)15
Wambach(1752年)15
更にマイヒェルベック(Carolus Meichelbeck)によれば次の古い地名をエルディングのヴァンバッハに比定している 16(フェルステマンも同説に準拠しているが17、後述の別地名に同定する案も 出している)。
ad Wanihinpah(825年)17
ad Wanihinpach/in loco Wanihinpah(825年)16
マイヒェルベックが編集したフライジング(Freising)の古写本集のp.451の#1051条に、"ad Wanihinpah"の地名以外にDietrihesdorof |sic| の地名が見える17。この地名はダッハウ郡プファッフェンホーフェン(Pfaffenhofen an der Glonn) 村近郊のディータースドルフ(Dietersdorf)という小地名の古名だろう。Wanihinpa(c)hの語源だが、第一要素は恐らく古高独の男子名 ワーニコ(Wanicho)18の属格形に由来していると思われる(マルピコス説)。つまり、地名は「ワーニコ(Wanicho: 人名)の小川」の意。Wanichoは古高独wan「欠けている、空の、満ちていない」19、或いは古高独wān「意見、希望、 信念、推測、外観、感覚、想像、判断」19(>独Wahn「妄想」)、古高独wanī「欠乏」20を 第一要素に持つ男子名の愛称形と、フェルステマンは説いている21。ゴットシャルトは、これらの内 古高独wān「意見、希望」説をのみ採用している。意味の点からも人名に用いるに相応しいので、私もこの説に従う。問題は、Wanihinpa(c)h という地名が後の音韻変化を経てWambachという形になるかであるが、これには少々無理が有ると言わざるを得ない。 正則的な音発達を経ると、現代ドイツ語でヴェンケンバッハ(*Wenkenbach)という様な名前に至る筈である。従って、この古名をオーバー バイエルンのフライジング(Freising)郡の町モースブルク(Moosburg an der Isar)にある別の小地名ヴァンケンバッハ (Wankenbach)に比定する解釈がある22, 23。私も、Wanihinpa(c)hはWankenbachの古形ではないかと思う。

●Wambach(独バイエルン州/ニーダーバイエルン行政区域/ケルハイム(Kelheim)郡/マインブルク(Mainburg)町)
Waenenpach curia(1280年)24

●Wambach(独バーデン=ヴュルテンベルク州/フライブルク行政区域/レラハ(Lörrach)郡/クライネス・ヴィゼンタール(Kleines Wiesental) 村)
この地名は古い記録が確認できない。

●Wambach(墺オーバー・エーステライヒ州/リンツ(Linz)市/エーベルスベルク(Ebelsberg)区)
ecclesia juxta Waeninpach(1071年)25, 26
Waninpahc(1071年)25
Waennpach(1164年)26
Uvaeninpach(1162年)25
Wanepach(1219年)25
Wenpach(1315年)25
Waenpach(1378年)25
この地名の隣に同名の小川が流れている。

●Wambach(独ヘッセン州/ダルムシュタット行政区域/ホーホタウヌス郡(Hochtaunuskreis)/ノイ・アンスパッハ(Neu-Anspach)町)廃村
Wyenenbach(1405年)27

●Wambach(独ヘッセン州/ギーセン行政区域/マールブルク=ビーデンコップフ(Marburg-Biedenkopf)郡/ヴォーラタール(Wohratal)村)
Wanenbach(789年:ロルシュ古写本集)27
de Waenbach(1240年頃)27
Wampbach(1300年)27
Nydern Wambach(1335年)27
Wantbach(1358年)27

●Wambach(墺オーバー・エーステライヒ州/グムンデン(Gmunden)郡/バート・イシュル(Bad Ischl)町/ミッターヴァイセンバッハ (Mitterweißenbach))
Wämpach(1605年)28

ロイトナー(Richard Reutner)やヴィーズィンガー(Peter Wiesinger)等によれば、最後のバート・イシュルにあるヴァンバッハ地名の 語源に関して、古高独"za [demo] wanin pahhe"、中高独"ze [dem] wän(en) pach(e)"「水が殆ど無い川、水無し川」に由来すると指摘して いるが28、②の他の地名全てに適用できる解釈である。第一要素を古高独wan「欠けている、空(カラ)の、 満ちていない」19,中高独wan「満ちていない、空の」29に由来する。第一要素の 語根母音がウムラウトを受けている古形は、かつて与格語尾の古高独-in,中高独-enが第一要素に後続していた名残。

又、以下の地名に由来する可能性もある。
●Wambeke(ベルギー/西フランドル(West-Vlaanderen))
Wamback/Wambace(895年)30
Wambach/Wambacem/Wambecca/Wambecka(961年)30
Wambeca(1136年)30
上記古形を挙げるベルギー考古学会年報によれば、地名の第一要素は古高独の男子名ワノ(Wano)*7に由来すると主張している 30。だが、人名由来ならば前半要素に属格語尾-enが後置する筈だが、それが見られない。初出は9世紀という かなり古い記録であるにも関わらず、既に属格語尾が磨耗して失われたとは考えがたい。やはり、「水なし川」と解すべき地名である。

尚、バーローはWambach地名の古形をWanebachとし、「ぬかるんだ水(swamp water)」の意だと主張している。そして、Banebach(→Bambach)、 Hanebach(→Hambach)、Manebach(→Mambach)も全て同じ意味の地名だと付言している。バーローは、自分の姓Bahlowがスラヴ=バルト語で「湿地」を 意味する単語に由来している為か(cf.露≪方言≫bil「湿地」,リトアニアbalà「湿地」31)、「湿地」説に特別な思いを持っていたらしく、 明確な語源説明ができない地名は何でもかんでも「湿地」の意味で解釈する事に固執し続けた。その為、ドイツ語の語彙や文法、音韻変化、 方言などのツールを駆使すればより適切な説明が施せられる地名でも、誤った解釈をしてしまってるケースが数え切れないほどある。 このWambachの解釈も、何の根拠も無いことで信用する事は出来ない。
[Kohlheim(2000)p.695,Bahlow(2002)p.534]
◆古高独wāg「大波、渦、荒海」(中高独wāc)←ゲルマン*wēgaz,*wǣgaz(a語幹男性名詞)「大波、嵐」(古英wēg,wǣg「運動、大波、満ち潮、海」 ,古フリジアwēge「水」,古ノルドvāgr「海、湾、液体」,ゴートwēgs「震動、嵐、波が打ち寄せる事」)←PIE*wēgh-o-s(延長階梯+語幹形成母音 +単数主格語尾)←*wegh-「動く、運ぶ、馬車を御す」(ラvehere「運ぶ」)32
1 Jean Bertholet,P. A. Kilian "Histoire ecclésiastique et civile du duché de Luxembourg et comté de Chiny. vol.4"(1742)p.46
2 Johann Friedrich Böhmer "Codex diplomaticus moenofrancofurtanus. vol.1"(1836)p.177
3 Hermann Hoogeweg,Heinrich August Erhard,Robert Krumbholtz "Westfälisches Urkunden-Buch: Die Urkunden des Bisthums Paderborn vom J. 1201 - 1300. vol.3"(1890)p.980(#2134)
4 Hugo Loersch, Richard Schröder "Urkunden zur Geschichte des deutschen Privatrechtes: Für den Gebrauch bei Vorlesungen und Übungen."(1874)p.107
5 Stephan alex Würdtwein "Commentatio septima de archidiaconatu ecclesiae collegiatae ad S. Bartholomæum Francofurti."(1771)p.705   恐らくこの女性の名に見える父親の名前は、前述のフランクフルトの人物Wigelo de Wanbachと 同一人物と思われる。
6 Institut Grand-Ducal (Luxembourg) Section Historique "Publications de la Section Historique de l'Institut G.-D. de Luxembourg. vol.25"(1870)p.10
7 Nassauische Altertumskunde und Geschichtsforschung "Annalen des Vereins für Nassauische Alterthumskunde und Geschichtsforschung. vol.33"(1903)p.92
8 http://www.tvguide.com/celebrities/abby-wambach/bio/293733、http://radaris.com/p/P/Wambach/、http://www.peoplefinders.com/ search/searchpreview.aspx?utm_source=123people&utm_campaign=pubrec&utm_content=name&fn=mary&ln=wambach
上記に挙げたURL中の真ん中のサイトでは、そのリンク先の資料に"Peter G Wambach Jr."とあり、ピーターの父親(アビーの祖父)自身も 同じ名前であった可能性がある。
9 Sponheimer(1932)p.254
10 Bach(1927)p.71
11 Förstemann(1966)sp.1221-1223
12 Köbler ahdW. W項p.3-4
13 Gottschald(1982)p.512
14 当地から分家したオーバーヴァンバッハ(Oberwambach)の地名も含んで古形を列挙した。
15 HOB OBa vol.3(1989)p.203
16 Carolus Meichelbeck "Historiæ frisingensis. vol.1"(1724)p.231(#437)
17 ibid. p.451(#1051)
18 Förstemann(1966)sp.1250
19 Köbler ahdW. W項p.70
20 Köbler ahdW. W項p.21
21 Förstemann(1966)sp.1249
22 ibid. p.1474
23 Ernst Anton Quitzmann "Die heidnische Religion der Baiwaren: erster faktischer Beweis für die Abstammung dieses Volkes."(1860)p.14
24 Monumenta Boica vol.9 part.1(1852)p.141
25 Schwarz(1926)p.29
26 Monumenta Boica vol.28(1763)p.383
27 Landesgeschichtliches Informationssystem Hessen (LAGIS)
28 OLOÖ vol.6(1999)p.53
29 Lexer vol.3(1878)sp.667
30 Academie d'archéologie de Belgique "Annales de l'Academie d'archeologie de Belgique. vol.39" (1883)p.326-327
31 Pokorny(1959)p.118-120
32 Pokorny(1959)p.1118-1120、Buck(1949)p.40、Köbler idgW W項p.20

執筆記録:
2011年9月2日  初稿アップ
PIE語根Wa-m-bach: ①1.*wegh-「行く、車輛で運搬する」; 2.*-en- 名詞・形容詞形成接尾辞; 3.*bhegw-「逃げる」
②1.*eu(ə)-「欠如、空;去る、捨て去る、尽きる」; 2.*-(e)no- 形容詞・名詞形成接尾辞; 3.*bhegw-「逃げる」

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