Vivaldi ヴィヴァルディ(伊)
概要
①古いドイツ男名Wigold(ゲルマン*wīgaz「戦い」+ゲルマン*waldiz,*waldam「権力、支配」)のイタリア語借用形Vivaldoに由来。但し、議論の余地あり。
②ラ,伊vivere「生きる、生きている」の語根+古高独walt「支配」より形成される古いイタリア二要素複合男名Vivaldoに由来。
詳細
Nassi de Biualdo(1247年Zadar(イタリア語名Zara:現クロアチア、ザダル郡))1
Philipus de Viualdis(1340年)2
Petro de Viualdis(1344年Genova(リグーリア州))3
Luchinus Viualdus(1395年Genova)4
egregios barnabam de viualdis(1449年Genova)5
Galeotus de viualdis ... Saluagius de viualdis ... Leonardus de viualdis(1459年リグリア州)6

父称姓。イタリアの作曲家、ヴァイオリニストのアントニオ・ルーチョ・ヴィヴァルディ(Antonio Lucio Vivaldi:1678.3.4 Venezia(ヴェーネト州)~1741.7.28 Wien) の姓。イタリア北部に分布が偏り、特にリグーリア州、トスカーナ州に多い。古くからよく用いられていた男子名ヴィヴァルド(Vivaldo)の複数形に由来する。 人名は既に12世紀のジェノヴァでラテン語形Vivaldusの用例がある7

以下に古い男名の使用例を挙げておく。
Biualdo(1171年Split(イタリア語名Spalato:現クロアチア、スプリト=ダルマチア郡))1
Vivaldus de Sauri(1192年Sori(リグーリア州))8
Vivaldus de Daugnano(1210年Trento(トレンティーノ=アルト・アディジェ州))9
uiualdus de suxilia notarius(1246年)10
Uiualdus de Stephano(1247年Zadar(イタリア語名Zara:現クロアチア、ザダル郡))1
Vivaldus de Bona Morte(1250年Messina(シチリア州))11
Biualdus Duimi(1260年Split)1
ser Vivaldi de Dolçedo(1269年Peri(ベーネト州Dolcè))12
Vivaldus de Piexa(1311年Asti(ピエモンテ州))13

この男名を持つ有名人に13~14世紀に活躍した福者ヴィヴァルド(Vivaldo)がいる。彼は本名をヴィヴァルド・ストリッキ(Vivaldo Stricchi)といい、1260年トスカーナ州 中部のシエーナ県のコムーネ、サン・ジミニャーノ(San Gimignano)に生まれ、司祭を務めた人物であった。彼については、あまり詳しい事が解っていないが、 サン・ジミニャーノのチェッローレ(Cellole)に存在したハンセン氏病患者の施設で患者の看病に当たった事が知られている。 後、トスカーナ州フィレンツェ県のコムーネ、モンタヨーネ(Montaione)のカンポレーナ(Camporena)の森で隠遁生活し、そこで亡くなった。 トスカーナ州でVivaldi姓が非常に多いのも、恐らく彼にあやかって地本で新生児にVivaldoの名前を命名するのが流行ったからではないかと思われる。

この男子名の語源として二つの説が提唱されている。音韻的な理由で②に由来する蓋然性が高い。

①ドイツ人男子名ウィーゴルド(Wigold)14に由来する。この名はゲルマン*wīgam,*wīgaz「戦い」(古低地フランク,古高独wīg「戦い」) 15+ゲルマン*waldiz,*waldam「権力、支配」(古低地フランク*wald,古高独walt「支配」)15より構成される 二要素複合名である。然しこの説には、二番目の子音-g-の消失が説明困難という欠点がある。語頭子音に関しては、 ゲルマンwを古いイタリア語ではw, v, guのいずれかで転写しており、問題点はないと思う。然し、一般的には以下に挙げる例の様にgu転写が現代イタリア語に 残っている語彙では多いようである。以下に例を挙げる(フランス語を経由して借用された物も含む)。

一般語
伊guanto「グローブ」←古仏guant←フランク*want「グローブ」
伊guerra「戦い」←古伊guerra←フランク*werra「抗争」
伊guisa「方法」←ゲルマン*wīsaz「賢い」(英wize)

固有名詞
独Wilhelm(男名)=伊Guglielmo(男名)
独Walter(男名:古形Walthari)=伊Gualtiero(男名)
独Werner(男名:古形Warnhari)=伊Guarneri(姓)
独Welf(家名)=伊Guelfo(ゲルフ党員、教皇派)
中高独Wibering(地名:現在のWaiblingen)=伊Ghibellino(ギベリン派の人、反教皇派)

然し、中世イタリアの史料を見てみると実際には、w-を語頭に持つ同一のドイツ語固有名詞に対してv-、w-、gu-表記が混在しているのである。 以下にエミリア=ロマーニャ州リーミニ(Rimini)における12世紀末の古文書からこの不統一例を挙げておく(出典は古文書叢書 "Rimini dal principio dell' era volgare all' anno MCC. vol.2"(1856))。

Federicus Guiscardus(1197年)16Wisscardo(1198年)17
Widōi de marnellis. atq; Guidōi seniorelli accipiētib;(1198年)17
Vgolinus Guelfi(1197年)16dnō Vgolino Welf'(1199年)18

一番目の例は中世フランスで多用されていた男名でもあり、仏姓ジスカール(Giscard)の語源でもある。語源的にg-で始まるのが正しいので、Wisscardoは 他のゲルマン語名との類推によって過剰修正されたものだろう。二番目の例は現代イタリア男名グイード(Guido)の古形。一つの文章の中であるにも関わらず、同じ名前が 違う表記で現れている。この名は古高独の男名ウィド(Wido)の 借用(更にGuidoはドイツに逆輸入されて、現在も用いられている)で、仏男名ギ(Guy)に対応している。この名は当古文書に頻出。全て統計するべきだが、 ほぼ半々でV-&W-系とGu-系で表記が解れるているようだ。三番目は上掲のゲルフ党員の伊Guelfoに対応するゲルマン語起源の苗字である。同一人物が ページによって別の綴りで現れている。

以上の事から、古高地ドイツ語、或はその諸方言の一つであるランゴバルト語の[w]が中世イタリアで正確にはどの様な音価で受容されたか良く解らないが、 表記がV-&W-系とGu-系が当時併存していた事が解る。これは、丁度今の日本語で外国語の[v]音表記でバ行とヴァ行両表記が併存している事と 似た様な事象だろう。

従って、男名Wigold由来説におけるVivaldoの語頭子音の処理は問題が無いと判断できる。然し、先述した通り、第二子音-g-の消失が難問で、 本来であればWigoldo、Vigoldo、*Guigoldo等の形でイタリア語に借用されているはず。事実、この前者二つの形でイタリアの史料で見つかる。

e paſtore Vigoldo, che non guari dopo ceſsò di vivere(1088年、場所不明)19

他にも見つかるが、どうもいずれもドイツ人であるらしく生粋のイタリア人男名として保証できるような例が見つからない。

イタリア人による伊姓語源辞典では、このg音消失の音韻的矛盾を解消するために、ゲルマン語の*wiv-,*wiw-「戦い」 +*wald-「強力な、権力のある、指導者」より構成されると説明しているものが有る20。然し、ゲルマン*wiv-,*wiw-「戦い」は*wīg-以外有り得ず、g→wの変化も英語では ある環境下で良く見られるものの(cf.英follow, morrow, sorrow)、ドイツ語では見られない為(但し、私の知らない稀有な例が有るかもしれない)、支持しがたい。 これらの事例から判断すると、この説は説得力に欠けており、議論の余地がある。
[Francipane(2005)p.729,Minervini(2005)p.516,Parodi(2006)p.302,Rapelli(2007)p.736,ONC(2002)p.643]
②第一要素をラ,伊vivere「生きる、生きている」、第二要素を古高独walt「支配」の語頭子音が前半要素の末子音に吸着して失われた-alt、-oltが接続したものと する。即ち、原義は「生+支配、統治、権力」といったところである。この説はフランチパーネによれば民間語源らしいが21、音対応の上からも魅力的な説であり (全く何の音韻的問題も見出せない)、またラテン語とゲルマン語の要素を組み合わせた二要素複合名が、古くから西ロマンス諸語にしばしば 見られることからも、①に比べると遥かに自然で説得力が有る。然しどおいう訳か、この民間語源説を肯定的に採用しているものは、今の所私の知る限りでは Minervini本だけで、それによると、前出のゲルマン語男名由来説を挙げながらも、"然し、その[Vivaldoという男名の]多くはしかるべき時代に祝賀個人名として ラテン語vivere「生きる、生きている」から生じた"としている。

殆ど我が国では知られていないが、先述の様に西ロマンス諸語ではラテン語+ゲルマン語ハイブリッド個人名は比較的良く見られるパターンであり、古スペイン Gundisalvus(擬ラテン語形)(ゲルマン*gunþiz「戦い」+ラsalvus「安全な」)(>西Gonzalo, González)、仏姓Bon(n)erand(ラbonus「良い」 +ゲルマン*χraѣ(a)naz「ワタリガラス」)、Clerbout(ラclārus「明瞭な、明るい」+ゲルマン*balþaz「強い、勇敢な」)、Justam(m)ond(ラjustus「正当な」+ゲルマン *mundō-「保護」)等の例が有る。これはゲルマン系のゴート人やフランク人がロマンス語話者に同化していく際、或は彼らがゲルマン語とラテン語を併用していた時期に 創出された名前だと考えられる。
[Francipane(2005)p.729,Minervini(2005)p.516]
◆伊vivere「生きる、生きている」←ラvivere「生きる、生きている」(仏vivre,オック,カタルーニャviure,西vivir,葡viver,シチリアvìviri,ルーマニアvia)← イタリック祖語*gʷīwō「生きている」←PIE*gʷeiə-「生きる」22
1 "Denkschriften der Kaiserlichen Akademie der Wissenschaften."(1902)p.64
2 École Sainte-Geneviève "Historiae patriae monumenta."(1838)p.327
3 George Martin Thomas "DIPLOMATARIUM VENETO-LEVANTINUM: SIVE ACTA ET DIPLOMA."(2012)p.285
4 Hieronymus Henninges "Theatrum genealogicum ostentans omnes omnium aetatum familias. vol.2"(1598)p.1036
5 "Atti delle Societa Ligure di Storia Patria. vol.7 part.2 sect.2"(1881)p.576
6 Società Ligure di Storia Patria "Atti della Società Ligure di Storia Patria. vol.6"(1870)p.960-961
7 Minervini(2005)p.516
8 http://www.storiapatriagenova.it/docs/biblioteca_digitale/NOTAI/NOTAI_00.pdf
9 "Codex Wangianus: Urkundenbuch des Hochstiftes Trient."(1852)p.470
10 Carlo Baudi di Vesme,Cornelio Desimoni,Vittorio Poggi "Historiae patriae Monumenta: edita iussu Regis Caroli Alberti. vol.9"(1857)p.34
11 Reinhold Röhricht "Beiträge zur Geschichte der Kreuzzüge. vol.1"(1874)p.383
12 Rapelli(2007)p.736
13 Petrus Berti "Acta Henrici VII: Romanorum imperatoris, et monumenta quaedam alia suorum temporum historiam illustrantia."(1877)p.148
14 Förstemann(1966)sp.1300
15 http://www.koeblergerhard.de/idg/idg_w.html
16 Luigi Tonini "Rimini dal principio dell' era volgare all' anno MCC ossia della storia civile e sacre riminese. vol.2"(1856)p.606
17 ibid. p.607
18 ibid. p.614
19 Filippo Angelico Becchetti "Della istoria ecclesiastica dell' eminentissimo cardinale Giuseppe Agostino Orsi. vol.9"(1877)p.274
20 Francipane(2005)p.729、Minervini(2005)p.516
21 Francipane本では「良く知られた」民間語源説と言っている。恐らく、古くからこの様な解釈が存在するのだろう。
22 http://en.wiktionary.org/wiki/vivo#Latin、Watkins(2000)p.33

執筆記録:
2014年1月31日  初稿アップ
PIE語根①Vi-vald-i: 1.*weik-5「戦う」; 2.*wal-「強い」; 3.*-i 強意・現在・複数を表す語尾
②Vi-v-ald-i: 1.*gʷeiə-¹「生きる」; 2.*-wo- 形容詞形成接尾辞; 3.*wal-「強い」; 4.*-i 強意・現在・複数を表す語尾

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