Henricus dictus Vettel(1295年Hannover)1 Johanne Vetel(1378年Bremen)2 Nicolaus Vetel burgenses opidi Hamburgen=Nicolai Vetel=Nicolao Vetell(1432年Hamburge)3
=Nicolaum Vetel(1463年Hamburg)4 Johannes Vettel de Entzesdorff(1481年オーストリア(多分))5
ドイツのF1レーサー、ゼバスティアン・フェッテル(Sebastian Vettel:1987.7.3 Heppenheim(ヘッセン州Bergstraße郡)~)の姓。セバスティアン・ベッテルの
転写表記は誤り6。彼の出身地であるヘッセン州南端のベルクシュトラーセ郡と、南に隣接するバーデン=ヴュルテンベルク州北部の
ライン=ネッカル郡(Rhein-Neckar Kreis)に特有の姓。異綴のFettel姓も全く同じ分布を示し、両姓が同語源であることが判る。現在この地に
分布するVettel、Fettel姓の古い用例が確認できず、正確な語源は確かめようが無い。上掲の様にドイツ北部とオーストリアのものしか今の所
見つからなかった。一まず、語源説を4案提出する。この内、音韻上の理由で②説がF1レーサーのフェッテルの姓の語源として、最も的確である。
上掲古姓一覧に挙げたハノーファーの1295年の記録には、ラdictus「~と呼ばれている」という渾名特有の添加語が見えるので、恐らく
上掲の全ての低地ドイツ語圏の記録は③か④に由来するニックネーム姓と思われるが、現在のドイツには北部に殆どこの姓が分布していないので、
断絶している可能性が高い。①~④全て別々の印欧語根に遡り、全く語源上関係が無い。
①父称姓。ゴットシャルト(Max Gottschald)本にも記載あり。文献上の記録が無い古い男子名ファスィロ(*Fathilo)、ファティロ(*Fatilo)に由来する。
いずれも、ゲルマン祖語の*faþiz(i語幹男性名詞)「主人、指導者」7を第一要素に持つ男子名ファデリーコ(Faderiko)
8、ファデル(Fader)8、ファドゥルフ(Fadulf(1315年:仏、オルレアン))
9等の短縮名(古高独-iloは指小辞)。*Fatiloに更に指小辞-īnを後続させたファッティリーン(Fattilin)
8という男名が確認されている。ゲルマン*faþizはPIE*potis「主人」の後裔で露gospodín「主人、領主」,ギpósis「夫」,
ラpotis「能力の有る」(>英potential「可能な」),リトアニアpats「夫」,サンスクリットpati-「主人、夫」(cf.印姓パティル(Patil))と同語源であるが、
ゲルマン語派ではゴート語にしか対応がなく、しかもbrūþ-faþs「花婿」10(第一要素は英bride「花嫁」と同語源),hunda-faþs
「百人隊長」11(第一要素は英hundred「百」のhund-と同語源)等の複合語の要素に見えるだけである。
但し、もしフェッテル姓がこの要素・語構成に由来するならば、高地ドイツ語圏に所属するヘッセン州南部、バーデン=ヴュルテンベルク州北部では
*Fedel、*Feddelといった語形に至る筈(低地ドイツ語圏であれば、期待通りVettel,Fettelの形に発達する)。ちょっと、胡散臭い気がする。
北部の人間が南部に引っ越してきて広がった姓かも知れないが・・・。
[Gottschald(1982)p.177]
②ニックネーム姓。中高独vetel「老婆、婆」12(>独Vettel)に由来する。F1レーサーのフェッテルの姓の語源と考えられる。
何らかの点で老婆を髣髴とさせる特徴を持った人物の渾名が起源だろう。類例は露starúcha(стару́ха)「老婆」から形成された露姓スタルヒン
(Starúchin(Стару́хин))、セルボ=クロアティアbaba「おばあちゃん、老婆」から形成されたセルボ=クロアティア姓バビッチ(Babić)がある。
因みに英veteran「老練兵」や、その借用の日本語「ベテラン」は同語源である。
[http://www.mopo.de/motorsport/das-aelteste-geheimnis-vettel-mit-monaco-fuerst-albert-verwandt,5067058,10982494.html]
③ニックネーム姓。中低独vet(t)el「帯、紐、ズボンの紐(Band, Nestel, Senkel (der Hose))」13(=独Fessel「足枷(アシカセ)」
)に由来。
④ニックネーム姓。中低独vet(t)el「(馬の脚の)あくと(ひずめとけずめ毛との間)」13(=独Fessel「あくと」)に由来。
◆中高独vetel「老婆」←ラvetula「老婆」←vetulus「老人」(-ulusは指小辞)←vetus(語幹veter-)「古い、年をとった」(>英veteran「ベテラン」)←
PIE*wet-os-(s語幹中性名詞)「年」(ギétos「年」,サンスクリットvatsá-「子牛、年」)(+s語幹形成接尾辞)←*wet-「年」14。
◆中低独vet(t)el「帯、紐」←ゲルマン*fatilaz(a語幹男性名詞)「紐」(古英fetel「ガードル」,古高独feʐʐil「鎖、紐」,古ノルドfetill「包帯、革紐」)
(*-ila-は指小辞)←PIE*pod-(o階梯)←*ped-「摑む;容器」15。cf.ファスビンダー(Fassbinder)
◆中低独vet(t)el「(馬の脚の)あくと」←*fetel-(英fetlock「蹴爪毛、蹴爪毛突起」,蘭vetlok)←PIE*ped-el-(+指小辞)←*ped-「足」
16。
1 Carl-Hans Hauptmeyer, Jürgen Rund, Ulrike Begemann "Quellen zur Dorf- und Landwirtschaftsgeschichte: Der Raum
Hannover im Mittelalter und in der Neuzeit."(1992)p.90 2 Ernst Joachim von Westphalen "Monumenta inedita rerum Germanicarum praecipue Cimbricarum et Megapolensium."
(1740)sp.267 3 "Tijdschrift voor geschiedenis, oudheden en statistiek van Utrecht."(1846)p.17-18 4 Karl Koppmann "Kämmereirechnungen der stadt Hamburg: Bd. 1401-1470."(1873)p.174 5 Franz Gall "Die Matrikel der Universität Wien. vol.2 part.2"(1966)p.267 6 wikipediaの海外版ではロシア語版やギリシア語版、マラーティー語版、韓国語版、ヘブライ語版等では語頭子音を[f]の発音にあわせた転写を
している。中国語版は「维特尔、華迪爾、維迪爾、維泰爾、華泰爾」の転写を挙げているので、[v]と[f]の両方の解釈で揺れが有る。 7 Köbler idgW P項p.95f. 8 Förstemann(1966)sp.395 9 Société d'agriculture, sciences, belles-lettres et arts d'Orléans "Mémoires. vol.29"(1877)p.12 10 Köbler gotW B項p.29 11 Köbler gotW H項p.30 12 Lexer vol.3(1878)sp.331 13 Lübben(1888)p.478 14 英語語源辞典p.1527、Watkins(2000)p.101、Pokorny(1959)p.1175 15 Köbler idgW P項p.11、英語語源辞典p.496、Watkins(2000)p.62、Wahrig(1981)sp.1277 16 英語語源辞典p.495、Watkins(2000)p.62、Wahrig(1981)sp.1277
更新履歴:
2012年1月7日 初稿アップ