Thomas Toinby(1731年Lincolnshire)
1
William Toynbee(1767年Stepney(ロンドン市内))
2
地名姓。イギリスの歴史学者アーノルド・J・トインビー(Arnold Joseph Toynbee:1889.4.14 London~1975.10.22 York(ヨークシャー))の姓。
1881の統計では現在のリンカーンシャー州北部、特にリンカーン(Lincoln)市に分布が集中していた。異形が多く、他にToinbee、Toinby、Toynbe、
Toynbie、Toynby、Toynbye、Toyneby姓がある。これらの姓は古い記録がなく、語源も明らかでない。ONCやReaneyといった苗字本にも未掲載。
『Surname Database』というサイトによれば、ウェールズのペンブルックシャーに存するテンビー(Tenby)という町の名に由来すると信じられていると
の記載が有るが
2、分布と語形に隔たりが有り過ぎる為、俄かには信じがたい。一応Tenby市の地名の変遷を以下に
挙げておく。
Tinbegh(1248-1249年)
3
Tyneby(1325年)
3
Tynby(1350年)
3
地名のウェールズ語名はDinbych-y-pysgodといい、その最初の要素が英語化してTenbyとなった。地名はウェールズdin「要塞化された丘、野営地、砦」
4とウェールズbych「小さい」
5より形成されると説明されている
6。
yは定冠詞、ウェールズpysgodは「魚」の意(ラpiscis「魚」の借用)。漁港として重要な拠点であった為、この修飾語句が付いている。
上述の様に、Tenbyの地名がToyn-の様な形を呈した記録が無く、姓の分布地ともかけ離れている為、この地名に関係する姓とは考えにくい。
一方、ハリソンはリンカーンシャーの何処かに存在した廃村の名か消失地名に因むものと唱えている。また、彼はリンカーンシャー州中部イースト
・リンゼー(East Lindsey)管区のハイ・トイントン(High Toynton)とロウ・トイントン(Low Toynton)市町村の名との関係も示唆している。
この地名に由来するToyntonという姓もリンカーンシャーに集住している。
ハイ・トイントンとロウ・トイントンの地名の変遷は以下の通り。
Tedintune/
Todintune/
Tedlintune(1086年:DB)
7, 8, 9, 10
Tidinton(1166年)
7
Teinton/
Teintune(1199年/1230年)
7
Tynton/
Toynton(1254年)
7
語源は古英の男名Tēodaに所属関係を示す接尾辞-ingと古英tūn「農場」から構成され、「Tēoda一族の農場」の意
10。
初出は『ドゥームズデイ・ブック』に三見するが、綴りは全て異なる。
リンカーンシャーにはもう一つ同名のToynton地名が有る。リンカーンシャー州中部イースト・リンゼー(East Lindsey)管区内のトイントン・オール・
セインツ(Toynton All Saints)とトイントン・セイント・ピーター(Toynton St Peter)の両自治体である。古形は以下の通り。
Totintun(e)(1086年:DB)
7, 8, 10
Totingtuna/
Totintona(12世紀)
7
Thoynton(年)
7
語源は古英の男名Totaに所属関係を示す接尾辞-ingと古英tūn「農場」から構成され、「Tota一族の農場」の意
7, 10。
他にも、第一要素は古英*tōt「見晴らしの良い丘(look-out hill)」とする説もある
10。
実はこれらの両地名の近くにタンビー(Tumby)という地名が有る。同じくイースト・リンゼー(East Lindsey)管区内に存する小地名である。
地名の変遷は以下の通り。
Tunbi(1086年:DB)
11, 12, 13
Tumbi(1115年/1194年)
11, 12
Tumb'(1212年)
11, 12
Tumby(1252年)
11
Tuneby(1272年)
11
ミルズ(David Mills)は地名の語源は、古スカンジナビア語(=古ノルド語)の人名Tumiとbýr「農場、村」
14よりなり「Tumiの
農場」とする説と、逆に第一要素は古スカンジナビア語のtún「垣根、囲い地」
15(英town「町」,独Zaun「垣根」と同語源)で、
「囲われた農場」とする説を挙げる。前者の人名起源説の初出は20世紀初頭で、ミルズ以外にも二つの文献で確認される
16, 17。然し、古ノルド語の人名Tumiの属格形はTumaなので、祖形が*Tumabyと想定され、初出形とはあまり似ていない。
文法と音韻、両面から諸手を挙げては支持出来ない。後者の説はミルズ以外に唱えている者を今の所確認していないが、初出形を問題無く説明出来、
優れた解釈である。
Toynbee系列の姓は古い記録が見付からない。私は、恐らく上記のタンビー地名に因む地名姓で、付近のより大きな集落であるトイントンの名に影響を
受けて語形が変化してしまったのではないかと考えている
18。トイントンの両地名はかつて第一音節のoとyの間に
歯茎破裂音が存在していた。これが摩耗・消失してToyntonとなったが、この変化が完了した時期以降にToynbee姓が現れているのも、その証左となる
だろう。確かな古い記録が無い為確言しかねるが、とりあえずTumby地名に由来し、原義は「囲われた農場」とする説を採用しておく。
[Harrison(1912-1918)p.232]
1 Eleanor Blanche Reynard Tempest "The Registers of Coleby, Lincolnshire: 1561-1812."(1903)p.96
2 http://www.surnamedb.com/Surname/Toynbee
3 Johnston(1916)p.469
4 Pughe vol.1(1832)p.459 この語は英語語源辞典p.392(down2項)にも見えるが、†マークが付いているので死語らしい。ここでは
ケルト祖語*dūnom「砦、囲い地」(英town「町、囲い地」,独Zaun「囲い地」はそのゲルマン祖語時代の借用語の後裔)に由来するとしている
(cf.ダンロップ(Dunlop))。然し母音も合わず、ūがiに転じる原因が明らかでない。ケルト祖語*dūnomの単数属格形*dūnīからiウムラウトを
生じた形が、主格形に影響を与えたというシナリオしか私には思い浮かばない。ケルト祖語*dindu-,*dinnu-「丘(hill)」を想定する説が有り
(但し、この形を想定する根拠が良く解らない)、私見ではこちらに由来している様にも思うがどうなのだろうか。
http://www.wales.ac.uk/Resources/Documents/Research/CelticLanguages/ProtoCelticEnglishWordlist.pdf
5 ウェールズbych「小さい」は文証されておらず、ウェールズ語の辞書にも見えない。(中世)ウェールズbychanという語はあるが、
これはケルト祖語*bikko-「小さい」に指小辞*-an-(cf.
ダルタニャン(Dartagnan))が接続して生じたブリトニック祖語*bIxanに由来している。
またウェールbach「小さい」の語もあるが、名詞の性に関係なくbachの形で不変。bychを「小さい」とする根拠が薄弱と思われる。
http://rootsofeurope.ku.dk/kalender/arkiv_2011/indo-european_matters_even_more/20111013-handout_anders_richardt_joergensen/
6 ONC(2002)p.1213
7 ハイデルベルク大学"Beiträge zur Namenforschung. vol.16 part.2"(1981)中のKlaus Dietz " Mittelenglisch oi
in heimischen Ortsnamen und Personennamen. Der Typus Croydon."p.320f.
8 David Mills "A Dictionary of British Place-Names."(2011)p.466
9 http://www.domesdaybook.co.uk/lincolnshire6.html
10 ONC(2002)p.1222
11 http://etheses.whiterose.ac.uk/617/1/uk_bl_ethos_505026.pdf
12 http://academia-celtica.niceboard.com/t1249-dinan
13 脚注8の文献p.469
14 http://www.koeblergerhard.de/an/an_b.html
15 http://www.koeblergerhard.de/an/an_t.html
16 "Lincolnshire Notes and Queries. vol.7"(1904)p.72
17 Gillian Fellows Jensen "Scandinavian personal Names in Lincolnshire and Yorkshire"(1968)p.293
18 これら三ヶ所の地名は互いに近くにあり、15㎞四方内に収まっている。
更新履歴:
2015年1月22日 初稿アップ