概要
仏北部の地名Tocqueville(「Tóki(人名)の田舎屋敷・農場」の意)より。TókiはÞórketill(古ノルド語で「ソール神+薬缶」の意)という男名から。
詳細
Robertus de Touquevilla(1172年Cérences(マンシュ県))1
Claremboldus pater Ricardi de Tochevilla(1191年Le Tréport(セーヌ=マリティム県))2
Johanne de Toquevilla(1262年Fécamp(セーヌ=マリティム県))3
地名姓。フランスの政治思想家、政治家アレクシ=シャルル=アンリ・クレレル・ド・トクヴィル( Alexis-Charles-Henri Clérel de
Tocqueville:1805.7.29 Paris~1859.4.16 Cannes(アルプ=マリティム県))の称号でもある。父親のエルヴェ(Hervé-Louis-François-Bonaventure
Clérel, comte de Tocqueville:1772~1856)の家系はいわゆる帯剣貴族(noblesse d'épée:古くから続く世襲的貴族家系)であった。かなり
古い家系で、遡ると先祖の一人にノルマン・コンクエスト(1066年)でウィリアム征服王を補佐した人物がいる。17世紀までには、ノルマンディー
西部に広大な土地を保有する大地主になっていた。英仏海峡からほど近い場所にも幾つか土地を持っており、その一つがトクヴィル(Tocquevill(マンシュ県の))
村に近かった為、この地名を家名に入れた。母親は法服貴族(noblesse de robe:裕福な第三身分の者が売官により貴族身分となったもの)の
家柄である4。父方の祖父はベルナール(Bernard Bonaventure de Tocqueville:1749~1785)というが、曾祖父
(ベルナールの父)はルイ・アレクサンドル・ド・ダマ(Louis Alexander de Damas:?~1763)といい、苗字が変わっている。その前の世代も
de Damas姓である5。保有する土地の場所によって地名称号を変えていた可能性がある。本姓はクレルル(Clérel)
6。Tocquevilleは一般人の苗字としても普通で、1891~1915年の統計では、フランス全国で121件確認され、
うち101件が英仏海峡に面するセーヌ=マリティム県の登録である。姓は以下の同名の5地名に由来する。
●仏バス=ノルマンディー地方マンシュ県シェルブール=オクトヴィル(Cherbourg-Octeville)郡サン=ピエール=エグリス
(Saint-Pierre-Église)小郡トクヴィル(Tocqueville)村
Tokevilla(1165年頃)7, 8
Thoquevilla(年代未記入)7
Toquevilla(1180年頃)7, 8
●仏オート=ノルマンディー地方ウール県ベルネー(Bernay)郡キユブーフ=シュル=セーヌ(Quillebeuf-sur-Seine)小郡トクヴィル(Tocqueville)村
Tochevilla(1180年)8
et terra de Thochevilla(12世紀)9
Toquevilla(1266年)10
Tocqueville(1290年)10
Touqueville(1631年)11
Tocqueville-en-Roumois(1828年)11
●仏オート=ノルマンディー地方セーヌ=マリティム県ディェップ(Dieppe)郡バクヴィル=アン=コー(Bacqueville-en-Caux)小郡トクヴィル=アン=コー
(Tocqueville-en-Caux)村
Toca villa(1044~66年)8
●仏オート=ノルマンディー地方セーヌ=マリティム県ル・アーヴル(Le Havre)郡ゴドルヴィル(Goderville)小郡トクヴィル=レ=ミュール
(Tocqueville-les-Murs)村
Toca villa(1067~79年)8
●仏オート=ノルマンディー地方セーヌ=マリティム県ディェップ(Dieppe)郡ウー(Eu)小郡トクヴィル=シュル=ウー(Tocqueville-sur-Eu)村
Toche villa(1059年)8
いずれも同語源で、ノルマン人の男子名トーキ(Tóki)12と古仏ville「田舎の地主邸宅、農場、町」
13より構成され、「Tókiの田舎屋敷・農場」の意7, 8, 14。男名Tókiは古デンマーク語の
人名で、ルーン碑文ではtoki、tukiの形で18件記録があり、古ノルド語の男名ソールケ(ティ)ル(Þórke(ti)ll)12の
短縮形が起源である12, 14。語源は、古ノルドÞórr「(戦神・雷神の)ソール」15と
古ノルドketill「薬缶」16(英kettleと同語源)より。或いはTókiはÞórbjǫrn12、
Þórbrandr12、Þórgeirr12、Þórgrímr12、Þórlákr
12、Þórólfr12といった第一要素に古ノルドÞórr「ソール神」を持つ男名の短縮形に
由来する場合もある(この場合の-kiは古高独の指小辞-koと同語源)。上掲の地名古形で11世紀のものに一部、第一要素がTocaの形で現われているが、
これはTókiの単数属格形に他ならない(例:n語幹男性名詞の古ノルドbogi≪単数主格≫「弓(は)」-boga≪単数属格≫「弓の」=英bow)。本来の
ゲルマン諸語のn語幹男性名詞は属格形で-n-の語尾が現れたが、古ノルド語では直前の語幹母音に吸収され-n-は消失した
17。
又、古ノルド語の無声歯摩擦音þ(一部の例外を除いて語頭のみに現れる)は、アイスランド語以外の後裔言語では全て中世に硬化し破裂音[t]に至った。語頭T-の形はそれが原因である。
同様に有声歯摩擦音ð(語中・語末に現れる)も硬化し、アイスランド語とフェロー語以外では全て対応する有声破裂音[d]に変化した。古ノルドÞórr「ソール」,Óðinn
「主神オージン」はスウェーデン,デンマークTor「トール」,Odin「オーディン」(ノルウェーTor,Oden)となっているのはこのため。今日、日本語で
用いられる一般的表記の「トール」と「オーディン」は、これらの後裔言語から恐らく文献を通じて借用された名称で、古ノルド語ではない。
[http://jeantosti.com/noms/t3.htm, ONC(2002)p.615]
1 Thomas Stapleton "Magni rotuli Scaccarii Normanniae sub regibus Angliae."(1844)p.ccxxxix
2 E. Beuoist Coquelin, C. Lormier "Histoire de l'Abbaye St. Michel du Tréport."(1879)p.339
3 "Annuaire administratif, statistique et historique du département de l'Eure."(1864)p.73
4 Alan S. Kahan "Alexis de Tocqueville."(2010)p.4
5 http://www.genefiend.org/data/ef_10908.html#0
6 http://fr.wikipedia.org/wiki/Famille_Cl%C3%A9rel_de_Tocqueville
7 François de Beaurepaire "Les noms des communes et anciennes paroisses de la Manche."(1986)p.224
8 Nègre(1996)p.1025
9 Jean Bigot "Bibliotheca Bigotiana manuscripta: catalogue des manuscrits rassemblés au XVIIᵉ siècle."(1877)p.50
10 Auguste Le Prevost "Dictionnaire des anciens noms de lieu du departement de l'Eure."(1839)p.268
11 Blosseville(1878)p.217
12 http://www.vikinganswerlady.com/ONMensNames.shtml
13 英語語源辞典p.1530、Godefroy(1880-1902)vol.8 p.239
14 ONC(2002)p.615
15 http://en.wiktionary.org/wiki/%C3%9E%C3%B3rr#Old_Norse
16 http://www.koeblergerhard.de/an/an_k.html
17 尚、古ノルド語では同じn語幹名詞(=弱変化名詞)でも女性名詞と中性名詞は複数属格形で-n-語尾が
化石的に残っている(例:女性名詞varta≪単数主格≫「疣」-≪複数属格≫vartna;中性名詞auga≪単数主格≫「目」-≪複数属格≫augna)。
更新履歴:
2014年12月20日 初稿アップ
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