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Tasman タスマン(蘭)
概要
蘭tas「鞄、袋」と命名された船の所有者である事を示す渾名に由来する。或は「鞄職人」の意。
詳細
Johann Tasscheman, civis Monasteriensis(1446年Münster(独ノルトライン=ヴェストファーレン州))1
Bernardus Tascheman de Bekem(1476年Rostock(独メクレンブルク=フォアポンメルン州))2
Bernardus Taskeman (1477年Rostock)3
Nicolaus Tascheman(1498年Flensburg(独シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州))4
Jan Tasman - schip Blauwe Tas(1700年頃Hoorn(北ホラント州))5
Wigger Tasman(1804年Hoorn)6

ニックネーム姓、職業姓。オランダの探検家アーベル・ヤンソーン・タスマン(Abel Janszoon Tasman:1603 Lutjegast(フローニンゲン州)~1659.10.10 Jakarta(インドネシア))の姓。 タスマニア島の名祖(ナオヤ)である。極めて珍しい姓で(ソースが不明だが2007年現在、オランダ内に7件7)、オランダ国内では散在した 分布を持つ。又、過去には現在のドイツ領の北部でも見られた姓である(上掲の姓古形一覧参照)。現在のドイツには全く見られない。尚、上掲の姓古形一覧に挙げた 1446年のJohann Tasschemanという人物の姓は、TassetemanやTassechemanといった綴りでも記録されているらしい8

彼の姓に関しては、タスマニア島の町ホバート(Hobart)出身のオーストラリアの事務弁護士、歴史家ジェームズ・バックハウス・ウォーカー(James Backhouse Walker: 1841~1899)が著したタスマンの伝記『アーベル・ヤンソーン・タスマン:その一生と探検(Abel Janszoon Tasman: His Life and Voyages )』(1896)に詳しい事が載っている。オーストラリアの古い文学・古書を公開している『グーテンベルク・オーストラリア計画』 (Project Gutenberg Australia)というサイトに全文が掲載されているので、以下に問題の個所の抄訳を掲載する。

"タスマンの家族に関する情報は知られていないが、低社会層の家系だったとみられている。アーベルが今日世界的に有名であるこの苗字をどの様な経緯で名乗る ようになったかは論争の的になっている。この世紀[17世紀]の始まりまでは、[彼の生まれ故郷である]Luytjegast[ママ]一帯では存在が確認されていない 姓であった。子は自身のクリスチャンネームに自分の父親のクリスチャンネームを添える。即ち、Johnの息子Abelという意味で、Abel Janszoonとなった。 古い記録では、しばしばこの名にTasmanを添えて呼ばれていた。渾名はしばしばその人物の何らかの特徴(some personal peculiarity)や職業(trade)、 標識(sign)、船(ship)から名付けられる事が有る9。アーベルとその父の両者は、彼らの家族が所有していた"Tasch"(「鞄、網」の意)と いう名の(小)舟(boat, vessel)に因んで、Tasman或はTaschmanを名乗る様になったと推測される。"(p.7)10

更にこの伝記の同じページにある脚注に次の様にある。
"ホールン(Hoorn)11文書館所蔵の古文書にTaschという名の船に関する記録が有る。その船の船長はCornelis Gerritszoon Taschman と言った。"10

ウォーカーの指摘によれば、海岸に居住するオランダ人は自身の所有する船の名に因んだ渾名を添えるケースがあり、探検家タスマンの姓もそのパターンに 属すものと彼は解釈している。正直、船舶名が苗字に成るというケースは今回私は初めて知ったので、ちょっと驚いている(家の名が苗字になる事は 良く見られるのだが)。実に面白い。実際、ホールンでその様な記録が有るとなると、この説は一層信憑性が増してくる(出来れば、記録年代も付記して欲しかったが)。

更に姓の古形一覧に記した1700年の例も、「青いTas」という名の船舶名と共にTasman姓の人物が併記されている。また、1700年スヘリンクホウト(Schellinkhout (北ホラント州))で、「黒Tas、赤Tas、青Tas、緑Tas」(de Swarte Tas, de Roode Tas, de Blauwe Tas, de Groene Tas)の四隻の船舶名の記録が残っている 5。以上の事から、船舶名に因んだ姓とするのが最有力である。

また結局同語源になるが、中蘭tassce,tessce,tas(s)che「袋、鞄、財布(zak, tas, geldbeurs)」12, 13+中蘭man「人」 14から形成された「鞄職人」を意味する姓である可能性も十分有り得る。同様の構造のオランダ姓としては、他にBaggerman「浚渫(シュンセツ) 作業員」(<蘭bagger「堆積物」)、Haringman「鰊(ニシン)漁師」(<蘭haring「鰊」)、Tangeman「鍛冶屋」(<蘭tang「矢床(ヤットコ)」)等が挙げられ、職業に関連する事物にmanを 接続して職業姓が派生するのは一般的であった。

Tasman姓の語源としては他にドイツ姓テスマン(Tessmann)のオランダ語形に由来するという説が海外の赤ちゃん命名サイトに見られるが 15、極めて疑わしい。独姓Tessmannはスラヴ*těšiti(語根*tech-)「慰める」16を第一要素に持つ男名の 短縮名に因むとされている17。スラヴ語起源の名がオランダ語に入っている例は殆ど無く、また姓の古形と合致していない為、 中蘭tassce「鞄」由来説に比べ根拠に乏しく、上掲説を覆すような力は無い。
◆蘭tas「鞄、袋」←中蘭tassce,tessce「袋、鞄、財布」←古蘭*taska←フランク*taska「鞄、袋」←ゲルマン*taskōn(n語幹女性名詞)「鞄、袋、小袋」(古ザクセンdasga,taska, daska「鞄、袋」,古高独zaska,taska「鞄、袋」(>チェコtaška「鞄、袋」),古ノルドtaska「鞄、袋」,後ラtasca「鞄、袋」(>伊tasca「ポケット」))←? 18。語源不明。PIE*das-「ほつれさせる、消耗させる」由来説、PIE*dhē-「置く」由来説などが有る。
1 http://www.lwl.org/westfaelische-geschichte/portal/Internet/urkunden_datenbank/suche/regest_detail.php?regest=90484&url_zaehler_blaettern=&url_history_back=6
2 Adolf Hofmeister, Ernst Schaefer "Die Matrikel der Universitaet Rostock: Mich. 1419-Mich. 1499."(1976)p.
3 ibid. p.205
4 H. C. P. Sejdelin "Diplomatarium Flensborgense: Samling af Aktstykker til Staden Flensborgs Historie indtil Aaret 1559. vol.1"(1865)p.104
5 http://www.meertens.knaw.nl/nfb/detail_naam.php?gba_naam=Tasman&nfd_naam=Tasman&info=documentatie&operator=eq&taal=
6 Černych(1993)vol.2 p.243 第二子音の違いは、語根母音の階梯の違いによって生じたruki-ruleに由来する。
7 http://www.meertens.knaw.nl/nfb/detail_naam.php?info=kaart2007&t=abs&zw=cs&gba_naam=Tasman&nfd_naam=Tasman&operator=eq&taal=#kaartweergave
8 "Repertorium Germanicum."(1993)p.358
9 原文:A nickname was often acquired, derived from some personal peculiarity, from a trade, a sign, or a ship.
10 http://gutenberg.net.au/ebooks06/0600531h.html
11 オランダ北部の北ホラント州にある港湾都市で、アイセル湖に面している。
12 De Vries(1987)p.724
13 http://en.wiktionary.org/wiki/tas#Dutch
14 脚注12の文献p.426
15 http://www.babynamewizard.com/baby-name/boy/tasman
16 Černych(1993)vol.2 p.243 第二子音の違いは、語根母音の階梯の違いによって生じたruki-ruleに由来する。
17 ドイツ北部のブラウンシュヴァイク(Braunschweig)にある聖ブラジウス大聖堂(Dom St. Blasii)の死亡記録に1400年頃、Tesemannus apotecarius という人名が見えるので(Zoder vol.2(1968)p.717)、この姓が個人名に由来しているのは疑いない。然しこの名は他にも男名マテーウス(Matthäus)や古高独の男名Taso (Förstemann(1966)sp.1142)に由来している場合も有り得る。
18 http://en.wiktionary.org/wiki/tas#Dutch

執筆記録:
2014年1月28日  初稿アップ
PIE語根①:1.語源不明;2.(?)*man-1「人」又は(?)*men-1 「考える」

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