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Sénna セナ(伊)
概要
①ロンバルディーア州コーモ県の地名Senna Comascoより。原義は「Sen(i)us(人名:←ケルト*senos「年をとった」)の地所」。
②ロンバルディーア州ローディ県の地名Senna Lodigianaより。地名はエトルリア語起源説が有るも、詳細不明。
③伊sèn(n)a「センナ(薬草の名)」に由来し、その様な植物の栽培農家か、或いは商人を現わす。
詳細
ブラジルのレーシング・ドライバー、アイルトン・セナ・ダ・シルバ(Ayrton Senna da Silva:1960.3.21 Santana(サンパウロ州)~1994.5.1 Imola (伊、エミーリア=ロマーニャ州))の姓。セナは母親のNeyde Senna da Silva1, 2の姓。Neydeの父はJoão Sennaというが 2、名前以外の情報が無く詳細不明。この綴りの姓はイタリア語しか存在しないので、イタリア系移民だと思われる。当姓のイタリアでの 分布は、北部(ロンバルディーア州ミラノ県、パヴィーア県、ローディ県)に多く見られる(①、②参照)。南部にも分布地があり、シチリアのカターニャ県とナポリにも 存する(北部からの移住によってもたらされた副次的な起源をもつものではないと考えられており3、③を参照の事)。

Rogerium de Zenate(1242年Bergamo(ロンバルディーア州ベルガモ県))4
Palmerius de Zenate(1251年Bergamo)5
Clarinus de Zenate(1215年Bergamo)5
Battista Senna detto il Morino(1615年Calcio(ロンバルディーア州ベルガモ県))3

①地名姓。伊北部。ロンバルディーア州コーモ県の地名センナ・コマスコ(Senna Comasco)に由来する。地名の変遷は以下の通り。

In territorio de Zenate(1093年)6
et teritorio de Senate districtus Pergami vestri(1400年)7
Alsenate(1570年)8
Alsenate(1608年)9

他にも年代不詳だが、
id eat Senna vicoa prope Intimianum, vulgo dicta al Senaa in instrumento.10
という記録が有る。

また、19世紀中葉にこの地名は地元民からAl SenaaSenaaSenato等と呼ばれていたとのモンティ(Maurizio Monti)の証言が有る 8


上掲の姓の古形でも挙げた様に、地名の最初期の綴りは専らZenateであった。1570年等のAlsenateの形は、Al-が文綴された他の記録から解るように、 前置詞a「~へ」(←ラad)と定冠詞ilが合体したalが、語頭に膠着したものである。年代不詳の記録とモンティの記録は完全に一致した内容を示しており、 俗語ではSenaaと呼ばれていた事が解る。これは、本来語末部分の母音間に存在した-t-が弱化して失われた結果、 -aaという二音節が生じた事を表している。この現象はケルト=イタリック方言に属するロンバルディーア方言の傾向に、正に一致している。 ケルト=イタリック方言は基層言語のケルト語の影響を受けており、同じ背景を持つフランス語やスペイン語と同様、母音間の無声破裂音が 有声音化→摩擦音化、更には消失する事が度々あるからである11(この現象はlenitionと呼ばれる)。ロンバルディーアにはケルト語起源の -ate接尾辞を持つ地名が沢山存在するが、同じ音変化を蒙っているものが非常に多い。例えば、同じコーモ県のコムーネであるカズナーテ・コン・ベルナーテ (Casnate con Bernate)は地元ではカシュナア(/kaʃˈnaa/)、ベルナア(/bɛrˈnaa/)と発音する。この様な例は枚挙に暇が無い。

又、現名では-nn-とnの二重子音の扱いとして綴られるのは、本来は非語源的なものだと判断される。これは、ケルト=イタリック方言では二重子音(強い子音)が 弱化して単子音化する為11(上記の子音弱化と同じ現象である)、元々単子音のnに 由来するにも関わらず方言の形と取られ、誤った復元形-nn-を綴りに採用するに至った為だと考えられる。 殆どの場合、-ate地名の公式名は方言音ではなく、比較的古い形が採用されているが、センナ・コマスコは例外的に言語学的に最も発達した形、 つまり方言音形が公的に採用されたものである事になる。これは恐らく、後述の別語源の地名センナ・ロディジャーナや薬草のセンナ(伊sèn(n)a)の名に 影響を受けた為だろう。

ケルト語起源の-ate地名は人名を基にして形成される12。当地名の場合、ゴール人・大陸ケルト人の個人名Sen(i)us 13を起源としていよう。ケルト*senos「年をとった」(アイルランドsean「年をとった」,ウェールズ,ブルトンhen「年をとった、 古い」(英senior「年長の」と同根))から作られた名前である。

他の説に、エトルリア語起源の存在が確認されていない古い個人名*Semnaに由来するとの見解もあるが14, 15、疑わしい。理由としては、 第一に、上掲の考察の通り現名の-nn-は単子音の-n-を起源としていると考えられる為、-mn-→-nn-という同化のシナリオを想定するのは無理が有る。 第二に、ケルト系の-ate地名の類型に属する地名であることが明白であり、わざわざエトルリア語で解釈するメリットが無い。第三に、コーモ県は エトルリア人の居住地域ではない。エトルリア人の居住地域の北限はマントヴァやクレモナ等、ポー川下流域沿岸であった(紀元前750年頃まで)。コーモ一帯は そこからは離れすぎているのである。センナ・コマスコの名が11世紀以降の比較的後期の地名である事も、これらを裏付けている。

尚、一部のサイトやWikipedia独語版の当該項目ではセンナ・コマスコの地名初出を、
curti Sinna(820年)12
としているが、これは次に挙げるセンナ・ロディジャーナの古形で誤りである(しかもcurte Sinnaが正しい綴り)15, 16
[Rapelli(2007)p.639,Rossoni(2000)sem項]

Adami de Senna(1196年Lodi(ロンバルディーア州))3

②地名姓。伊北部。ロンバルディーア州ローディ県の地名センナ・ロディジャーナ(Senna Lodigiana)に由来する。地名の変遷は以下の通り。

in curte Sinna(820年)15, 16
Senna palatio regio(856年)15
Senna curte regia(911年)18
in curte Sinna(916年)17
in Senna(1034年)15
Archipresbyter de Senna. ... Rector hospitalis de Senna(1255年)19
ecclesie presentibus Guilielmo qui stat cum domino archipresbitero de Senna(1258年)20
Plebes de Senna(1261年)21

地名の初出は1243年8月29日説もあるが22、もっと古い地名である。820年と916年の記録は恐らく現出典が同じ史料で、採録者の年代 判定が異なるだけだと思われる(一次史料を確認した訳ではないので、そこん所は不明)。確認できた古形は全て現名と殆ど同綴であり、逆に語源の解明を 困難にしている(て言うか、何の手掛かりも、解決の糸口も与えてくれない!!)。

上掲、センナ・コマスコ項のエトルリア語の*Semnaに由来するとみる解釈は、語形的にはセンナ・ロディジャーナの地名に適用する事は可能であるが、 その変化の過程を立証する証拠は無い(-mn-を含む形は発見されていない)。 又、エトルリア語起源の-enna接尾辞によって形成された地名とみる解釈もある23。この接尾辞は個人名を地名化する機能があるとされる。 一応、センナ・ロディジャーナはエトルリア圏北限にギリギリ含まれているが、エトルリア語起源とする証拠が殆ど何も無く、推測や憶測の域を出ない。 あまりに単純な語形の為、ケルト語等の印欧語でも確たる根拠も無いまま説明出来てしまうのが厄介である。取りあえず私には判断のしようが無いので、 語源不明としておく。センナ・コマスコとは全く別起源の地名。尚、センナ・コマスコとセンナ・ロディジャーナは19世紀中葉までは両方ともSennaという 名であったが、1863年区別の明確化を理由に各々の所属県名に因んで、ComascoとLodigianaの限定詞を付加している。
[Rapelli(2007)p.639,Rossoni(2000)sem項]

③職業姓。伊sèn(n)a「センナ(ハブソウ・エビスグサ類のマメ科カワラケツメイ属の植物の総称)」に由来する。センナはその袋果が下剤に用いられる薬用植物。 アラビア語のsanā́'「センナ」の口語形senā́'の借用で、アラムsanyā「イバラの灌木」は同語源24。ナポリやシチリアのSenna姓は この薬草の名に因むとみられ、その様な植物の栽培農家か、或いは販売していた商人を現わす渾名が起源と見られる。
[Rossoni(2000)sem項]
1 http://www.senninha.org/foro/download/file.php?id=996&sid=4014206fb025705e91495d4e32cdbf8d&mode=view
2 http://es.wikipedia.org/wiki/Ayrton_Senna
3 Rossoni(2000)sem項
4 "Historiae Patriae, Monumenta. vol.16 Leges Mvnicipales. vol.2"(1876)p.2027
5 Patrizia Mainoni "Le radici della discordia: ricerche sulla fiscalità a Bergamo tra XIII e XV secolo."(1997)p.145
6 Giancarlo Andenna "Sanctimoniales Cluniacenses."(2004)p.122
7 Patrizia Mainoni, ‎Arveno Sala "I "Registri litterarum" di Bergamo (1363-1410): il carteggio dei signori di Bergamo."(2003)p.198
8 Maurizio Monti "Storia antica di Como."(1860)p.187
9 www.parrocchiaintimiano.org/chi-siamo.html
10 G. B. de Rossi, Ursula Lehmann "Inscriptiones Africae Proconsularis et Numidiae."(1960)p.xcviii
11 Patota(2002)p.180f.
12 www.movingitalia.it/sennacomasco/
13 http://etheses.whiterose.ac.uk/4448/1/Gavrielatos_Thesis.pdf
14 www.italiapedia.it/comune-di-senna-comasco_Storia-013-212
15 Olivieri(2001)p.505
16 "Nomi d'Italia."(2010)p.618
17 Lodovico Antonio Muratori, Giuseppe Catalani "Annali d'Italia, dal principio dell'era volgare fino all'anno MDCCL."(1752)p.57
18 Johann Friedrich Böhmer "Regesta chronologico-diplomatica Karolorum: Die Urkunden sämmtlicher Karolinger."(1833)p.127
19 Cesare Vignati "Codice diplomatico laudense. vol.2"(1885)p.350
20 ibid. p.351
21 ibid. p.353
22 Maria Pia Arberzoni, Annamaria Ambrosioni et al. "Sulle tracce degli Umiliati."(1997)p.424
23 http://xoomer.virgilio.it/alverga/Toponomastica/topo_1a.html
24 http://www.yourdictionary.com/senna

執筆記録:
2014年5月30日  初稿アップ
2014年6月8日   地名・姓の古形が再調査で詳しい事が判明した為、ほぼ全面的に記事を改定した。
PIE語根①Senn-a:1.*sen- 「年をとった」;2.未調査

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