Royce ロイス(英)
概要
アングロ=ノルマンRo(t)hais,Ro(h)eseという女名に由来。語源はゲルマン*χrōþaz「誉れ」+*χaiðuz「性質」よりなり、「誉れ有る素質」の意。
詳細
Henry fil. Royse(1273年、場所未確認:原出典Hundred Rolls(13世紀イングランドとウェールズの一部の国勢調査))1
Radulph fil. Roysie(1273年、場所未確認:原出典Hundred Rolls)1
Thomas filius Rose(1279年、ケンブリッジシャー)2
Richard Roys(1327年、サフォーク)2

母称姓。ノーサンプトンシャーやケンブリッジシャー等、主にイングランド西部に多い。アングロ=ノルマンRothais3, Rohais4(いずれも1086年、DB),Rohese(12世紀中葉)5,Roese(ヘンリー 2世治世期(1154~1189年))1という女の名前に由来する。古仏Rohais6という女名が ノルマン・コンクエストにより英国にもたらされたもの。
古フランス語での女名用例:
Rohais, uxor ipſius Johannis(1100年Longpont(エーヌ県))6

フランスにおける更に古い用例では、Ruadheid、Ruodhaid、Hruodhaid、Chrot(h)ais、Rothais等の様々な語形でカロリング朝王族の子女名に3例見ゆ。 一人はカール・マルテル(686年~741年)の第二夫人で、710年頃に生れ755年以降に亡くなっている7。 また一人はピピン3世(在位:751年~768年)と正妻ベルトラダ(Bertrada)の間に生まれた女8で夭逝した。彼女は カール大帝の実の姉妹の一人である。また一人はカール大帝(在位:800年~814年)とその妾の一人との間に生まれた女で、814年までには死亡している 8, 9ファルムーティエ (Faremoutiers)女子修道院(セーヌ=エ=マルヌ県)の修道院長となったとする説もあるが10、姉妹のRuothild(840年 までに没)11と混同した誤りの様である。生母の妾の名は明らかでないが8, 9、Madelgardと する見解がある10(Ruothildの生母はMadelgard9, 11)。

この様にフランク語で用いられていた女名がノルマン人に借用されたのだった。語源はゲルマン*χrōþaz「誉れ」12と古低地 フランク*heid(名詞形成接尾辞(古低地フランクargheid「悪さ」の第二要素)、原義「性質」)13,ゲルマン*χaiðuz「現象、性質」 12より形成され、訳せば「誉れ有る素質」と言った意味になる。古高独Hrodohaid(is)14(女名)は 同語源の高地ドイツ語対応形。古フランス語では基層言語のケルト語の影響で母音間の歯茎破裂音-t-/-d-は摩擦音化した後更に弱化して/h/となった 後に消失した。従ってRothais→Roeseの変化は正則だが、語末の-s(e)(→-ce)の由来が良く分からない(同じ現象が英Alice(女名)にも見られる)。 単純に第二要素の*heidの語末子音-dの名残とも思えないが、確認出来ない。

この女名は中期英語ではRoys等とも綴られるようになり、語源的には無関係の英rose「薔薇」に由来する名前として再解釈され、混同されていった。 例えば、1257年サフォークの記録にHugh de Polestedなる男性の3人の娘の一人にRose(当時14、ないし15歳)なる人物がいるが、彼女の名は RoysともRoysiaとも綴られている15

ハリソンは又、別説として人名Roy(「王」の意)の属格形に由来するともしているが16Radulph fil. Roysie等の 古い形からは支持し難い。又、梅田修氏は著書で
"[イディッシュ語の]Royzeは「バラ」を意味する名前であり、ロールス=ロイス(Rolls-Royce)のRoyceもユダヤ系の姓である。"17 ([]内は引用者マルピコスによる)
としているが、疑問点の多い記述である。英国の自動車技師でロールス・ロイス社の創始者の一人であるフレデリック・ヘンリー・ロイス (Frederick Henry Royce:1863.3.27 Alwalton(ケンブリッジシャー州)~1933.4.22 West Wittering(ウェスト・サセックス州))は ユダヤ人ではない。恐らくこの説明は『Oxford Names Companion』の記事を参考にしたものと見られるが、同書の紛らわしい表記によって、 若しかしたら梅田氏がRoyce姓をイディッシュ語起源と見誤られてしまったのではないかと想像する(下掲写真、青の下線部分参照)。


[写真のように『Oxford Names Companion』のRose姓の項の異形欄(p.532)には、2の説(ゲルマン語女名Rothais起源)を 語源とする英語の姓としてRoyse姓とRoyce姓が挙げられている。然し、この後に3の説(イディッシュ語女名Royze起源)に 因む姓が列挙されており、この3の説に因むとする但書き(Of 3)がRoyceの表記の直後にある事から、あたかもRoyceがイディッシュ語起源 であるかのように見えてしまっっている(本書の表記仕様として仕方の無い事なのだが)。同書のp.535にもRoyce姓が見出しにあるが、Rose姓を参照としか書かれていないので、 前述の部分で誤解が生じたらそのままになってしまうだろう]

[Reaney(1995)p.383, Bardsley(1901)p.657, Harrison(1912-1918)vol.2 p.126, ONC(2002)p.532, 苅部(2011)p.238]
1 Bardsley(1901)p.657
2 Reaney(1995)p.383
3 K. S. B. Keats-Rohan、David E. Thornton "Domesday Names: An Index of Latin Personal and Place Names in Domesday Book."(1997)p.182
4 ibid. p.181
5 J. Ralph Lindgren "The Lindgren/Tryon Genealogy."(2008)p.321
6 Notre-Dame de Longpont "Le cartulaire du prieuré de Notre-Dame de Longpont de l'ordre de Cluny."(1880)p.120 (#85)
7 http://en.wikipedia.org/wiki/Charles_Martel#Family_and_children
8 Martina Hartmann "Die Königin im frühen Mittelalter."(2009)p.88
9 Matthias Becher "Karl der Große."(2014)p.32
10 Lister M. Matheson "Icons of the Middle Ages: Rulers, Writers, Rebels, and Saints. vol.1"(2011)p.149
11 Matthias Martin Tischler "Einharts "Vita Karoli": Studien zur Entstehung, Überlieferung und Rezeption. vol.2"(2001)p.1817
12 http://www.koeblergerhard.de/germ/germ_h.html00
13 http://www.koeblergerhard.de/anfrk/anfrk_h.html
14 Förstemann(1966)sp.731
15 "National Genealogical Society Quarterly. vol.37-40"(1949)p.116
16 Harrison(1912-1918)vol.2 p.126
17 梅田修『ヨーロッパ人名語源事典』(2000)pp.8f., p.207

更新履歴:
2015年5月27日  初稿アップ
PIE語根Ro-yce: 1.*kar-²「声高に讃える、絶賛する」; 2.*(s)kai-「明るい、輝いている」

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