概要
中低独riven「擦る」,*riven「溝を作る」+中低独stāl「鋼」よりなり、「鋼磨き」「鋼溝彫り」の意で、鍛冶屋を表わす。
詳細
hermannus ribestahel(1293年Rostock(メクレンブルク=フォアポンメルン州))1
Ludeke Ryvestal(1399年Goslar(ニーダーザクセン州))2
Petrus Ribestal(1401年Leipzig(ザクセン州))3=Petro Rybestral(1404年 |sic|)4
Hennige Rivestale(1454年Wernigerode(ザクセン=アンハルト州))2
Ludeke Rifestael(1498年Magdeburg(ザクセン=アンハルト州))2=Ludeke Rivenstall(1499年Magdeburg)
2
Ryvestael(1509年Mecklenburg:ファーストネーム記載無し)5
Benedictus Rivestal(1532年Koszalin(ポーランド、西ポモージェ県))6
Niclaus Rivenstael(1547年Braunschweig(ニーダーザクセン州):司祭)7
Asmus Ryfestal(1555年Goslar)2=Aßmus Riffstall(1588年Goslar)2
=Asmus Riefenstaell(1600年Goslar)2
Hans Rivenstal(1589年Quedlinburg(ザクセン=アンハルト州))8
Hans Riwetstaell ... Clawes Rivestaell ... Titke Riwestaell(1500年頃Ballin(メクレンブルク=フォアポンメルン州))9
Jürgen Riffenstahl(1673年、ニーダーザクセン州)10
職業姓。独北部。ドイツの映画監督、写真家ベルタ・ヘレーネ・アマーリエ "レニ"・リーフェンシュタール(Berta Helene Amalie "Leni"
Riefenstahl:1902.8.22 Berlin~2003.9.8 同地)の姓。中低独≪方言≫riefe,rive「小さな溝、窪み」11という名詞の
未確認の動詞、中低独*riven「溝を作る」の一人称・単数・現在形*riveに、目的語として中低独stāl「鋼」12(英steelと
同語源)が後置した成句に由来する渾名を起源としており、「鋼筋掘り」が原義で、「鍛冶屋」を表わしているとされる13。
この鋼に溝をつけるのはどの様な作業を現わすものか定かでないが、刀剣の刀身に施す樋(ヒ)・血槽(ケッソウ)(英rounded groove,独Hohlkehle)と
呼ばれる筋を施す行程の事を指しているかもしれない。樋は刀身の軽量化を目的として付けられる14。
これ以外にも、様々な「鋼の筋掘り」の理由は考えられるだろう。
一方、これとは違った解釈も存在する。クレーマン、バーロー、コールハイム、ウードルフが提唱する説で、第一要素は中低独riven「擦る」
15であり、現代ドイツ語で言う所の"(ich) reibe das Stahl"「(私は)鋼を磨く」、即ち「鋼磨き」の意で研磨の工程を
指すものだろうか、こちらも鍛冶屋を現わす姓だと言う。中低独riven「擦る」はリュッベンの中低独辞典にも掲載されており、文証されている
語だが、一つ問題点がある。実は中低独riven「擦る」の正規の綴りは中低独wriven「擦る、ぬぐう、磨く」16なの
である。中期オランダ語でもwriven「擦る」17で、語頭にw-を持ち、ゲルマン祖語形も*wreiѣan(辞書によっては
*wreiban等とも再建)が想定されている。ゲルマン祖語のrの直前に位置する語頭のwは、高地ドイツ語では歴史以前~歴史時代早期に脱落したが
(古高独rīban「擦る、塗りつける、磨り潰す、破壊する」→中高独rīben,現独reiben「擦る」)、低地ドイツ語やオランダ語、英語では残った。
これらの諸方言で、問題のw-が脱落する事は殆ど無い(正し、英語でも後に脱落、綴りに残る)。この様な素性を持つ単語から形成されているの
であれば、*Wrivesta(e)lの如くWr-という形を取る古い綴りが存在していなければならないが、不思議な事に一つとして見つからないのである。
単純にR-から始まる形は上に挙げた様に、低地ドイツ語圏各地で豊富に見つかるのにである(上に掲載してない例も沢山あるが、全てR-から
始まっている)。
riefen「溝を付ける」に相当する語は、確かにリュッベンの中期低地ドイツ語辞典には掲載されていない。然し、現代ドイツ語の動詞riefen「溝を
付ける」と名詞Riefe「溝」は18世紀以降に低地ドイツ語から借用されたとされている18。高地ドイツ語よりも、
早い段階で低独に用例が有る様なのである(これを裏付ける情報は、今の所私は確認していない)。本語と語源的に関係が有る日本でも知られた
語は、ライフル銃のライフル(英rifle)で、これは直接的には仏rifler「掠奪する、引っ掻く」の借用で、銃弾の弾道を安定させる為に銃身の
内側に施された螺旋状の線を表した。仏rifler「掠奪する、引っ掻く」はフランク語からの借用と見られ、蘭≪死語≫rijffelen「削り取る」,
低独rifeln「溝を付ける」等と同語源である。英語語源辞典では低独rifeln「溝を付ける」は低独rive,riefe「溝」からの派生と書かれている
19。加えて、中期オランダ語にrīven「熊手で掻きならす、(歯などを)きしらせる(harken, raspen)」
20 (cf.古フリジア(h)rīvia「熊手で掻きならす」)という語(中英rīven「熊手で掻きならす」はオランダ語からの借用)、
更に中高独rifelen,riffeln「髪を櫛で梳く」,rif(f)el「熊手、鍬」21 という語も
有り、恐らく、高い確率で中世の低地ドイツ語圏に*rīven「引っ掻く」なる語が存在していたと想定される。
ナウマンの苗字本では両者を折衷し、本姓の前半要素は中低独riven「溝をつけて擦る(reiben (mit Rillen, Furchen versehen)」だとしている。
この解釈は、上記の中低独*riven「溝をつける」と中低独wriven「擦る」が混淆し、中低独riven「溝をつけて擦る」という語が生まれたと見なしている
のだろう。ネットの中期オランダ語語源辞典でも、中蘭rīven「熊手で掻きならす」と中蘭wriven「擦る」の両者は、語源的に別々の単語であるものの、
互いの語義・語形に影響しあったとある20 。これらの記述から、低地ドイツ語圏で中低独wriven「擦る」,
中高独rīben「擦る」と古い中低独*riven「溝を作る」が混淆しあった語彙が存在したと見るべきだろう。ナウマンが語義を「溝をつけて擦る」と
設定しているのは、ここら辺の事情を考慮に入れての事だと思う。時代を経て、中低独rivenは「溝を作る」の語義が廃れ、別語源の
混合相手の中低独wriven「擦る」の語義を獲得したと判断される。従って、本姓の原義が「鋼筋彫り」なのか、「鋼磨き」なのか、どちらが
より真実に近いのか、断定困難であることがわかる。
本当は中低独"(ik) rive dat stal"の様な成句が文献で見つかって、どの様な文脈で用いられているか解れば、自ずとどちらの説が
正しいか解るのだが(Google Book検索なら調べれば出てきそうな気がする・・・)、生憎その様な根気と能力は私には無い(動詞活用と綴りの
ヴァリアント等を組み合わせたら何十通りも調べなけらばならないし、見つけたら見つけたでその前後の中低独の文を訳さなくてはいけない
(寧ろ後者の方が私には難題だ)!!)。という事で、現時点ではどちらの説も"語形的・文法的"には十分有り得るという、煮え切らない結果と
なってしまった。苗字の語源追及は難しいという典型的な例だ。識者の間でも成句の用例が一つも出されていないので、文献記録が見つかって
いないのかもしれない。
因みにこれと殆ど同じ意味の苗字にライフアイゼン(Raiffeisen)があり、第二要素が独Eisen「鉄」になっているだけである。この様な苗字は
元々同職ギルド・ツンフト内で用いられた渾名が起源と見られている。年季奉公人が技を身につけてギルド内で頭角を現わしてきた時、
職人(Geselle)昇格試験を受ける。試験の合格を認定(Freisprechung, Gesellentaufe)された時、合格者に特別な名前を与える風習をもつツンフトが多かった。
この様な特別な名前を"磨き名(Schleifname)"といい、ツンフトの扱う物品を基に命名される22 。リーフェン
シュタール姓も、恐らくこの磨き名に由来するものだろう23 。
Riefenstahl姓は異形が非常に多い。リーフェンシュタール(Rief(f)enstahl)、リーフシュタール(Riefstahl:メクレンブルク=フォアポンメルン州や
ベルリンに多い)、リーベンシュタール(Riebenstahl:ザクセン=アンハルト州Harz郡に多し)、リーヴェシュタール(Riewestahl:北部に散在)
は祖形を良く残している。-f-の形は中世の綴り-v-をそのまま新しい綴字法に改めたものだろう。-w-[v]は中低独の発音をそのまま
反映し、-b-は-v-の異音から生じたものだろう。ライフェンシュタール(Reifenstahl:ドイツ各地に散在)、(Reiffenstahl:シュレスヴィヒ=
ホルシュタイン)は最初の母音iが長音化した後、その母音だけ高地ドイツ語化させた形だろう。(Reibestahl:オスナブリュック郡)は
第一要素を独reiben「擦る」に意図的に置換したか誤って入れ替わったものだろう。リューベンシュタール(Rübenstahl:ルール地帯、
ヘッセン州東部)、リューベシュタール(Rübestahl:中部に散在)はどちらも中部ドイツに多く、その方言の影響を受けたもので、
次のように説明される。即ち、中部ドイツ語圏は非円唇音化によりü[ʏ]がi[ɪ]と発音されるため、本来のiが方言によるものと誤解され
üに過剰修正されたものだろう23 。
[Gottschald(1982)p.409,Zoder vol.2(1968)p.404,Kohlheim(2000)p.541,Bahlow(2002)p.413,Naumann(2007)p.227,Kleemann(1891)p.161,
Petersen(1944)p.45]
◆中低独riven「擦る」(中低独wrīven「擦る」の影響による)←*riven「溝を作る、引っ掻く」←古ザクセン*rivan←ゲルマン*reifan,*rīfan「引き裂く」
(古英rifian「皺を寄せる」,古フリジアrīva「引き裂く」,中蘭rīven「熊手で掻きならす」,古ノルドrīfa「引き裂く」)←PIE*reip-(ギereípein
「引っ繰り返る」,ラrīpa「岸」)(拡張形)←*rei-「引っ掻く、引き裂く、切る」24 。
他にもゲルマン*χreiѣan,*χrīѣan「摑む、掻く」(古英*hrīfnian「剥ぎ取る」,古フリジア(h)rīvia「熊手で掻きならす」,古ノルドhrifa「摑む」)
25 という似た語があり、フリジア語で混淆が認められる。
◆中低独wrīven「擦る」←古ザクセン*wrīvan「擦る」←ゲルマン*wreiѣan,*wrīѣan「擦る」(中蘭wriven「擦る、ぬぐう」,古高独rīban「擦る、
こすり落とす、刷り込む」)←PIE*wreip-「ひねる、擦る」(拡張形)←*wer-「曲げる」17 。
◆中低独stāl「鋼」←古ザクセン*stahal←ゲルマン*staχ(a)lam,*staχ(a)l(i)jam(a語幹中性名詞)「鋼(原義:「しっかり立つもの」)」(古英stēli,
stǣli,stȳle,stíele「鋼」(>英steel),西フリジアstiel「鋼」,中蘭stāl「鋼」(>蘭staal),古高独stahal,stāl「鋼、鉄」(>独Stahl),
古ノルドstál「鋼」)←PIE*stək-lo-(ゼロ階梯+指小辞)←*stāk-「立つ、置く」(ウンブリアstakaz「真っ直ぐな、直立した」,リトアニアstokà「不足」,
サンスクリットstákati≪3単現≫「抵抗する」,アヴェスタstaxra-「強い、ぴったり合った、しっかりした」)(拡張形)←*stā-「立つ」
26 。
英語とフリジア語のみ形容詞形成接尾辞による拡張形*staχ(a)l(i)jam由来で(この為、語根母音がiウムラウトを起こしている)、それ以外のゲルマン諸語形は
*staχ(a)lam由来。
1 Helene Brockmüller "Die Rostocker Personennamen bis 1304."(1933)p.118
2 Zoder vol.2(1968)p.404
3 "Urkundenbuch der Stadt Leipzig: Im Auftrage der Kn̐̈igliche sächsischen Staatsregierung. vol.3"(1894)p.150
4 ibid. p.153
5 Paul Steinmann "Bauer und Ritter in Mecklenburg: Wandlungen der gutsherrlich-bäuerlichen Verhältnisse im
Westen und Osten Mecklenburgs vom 12./13. Jahrhundert bis zur Bodenreform 1945."(1960)p.135
6 Johann Ernst Benno "Die geschichte der stadt Coeslin von ihrer gründung bis auf gegenwärtige
Zeit."(1840)p.49
7 Johann Michael Fritz "Das evangelische Abendmahlsgerät in Deutschland: vom Mittelalter bis zum
Ende des alten Reiches."(2004)p.362
8 Eduard Jacobs "Zeitschrift des Harz-vereins für Geschichte und Altertumskunde. vol.39-41"(1905)p.81
9 Franz Engel "Die mecklenburgischen Kaiserbederegister von 1496."(1968)p.276
10 Wolfgang Scheffler "Goldschmiede Niedersachsens: Daten - Werke - Zeichen. Halbbd. 1"(1965)p.86
11 Zoder vol.2(1968)p.404、DWB vol.8 p.921、英語語源辞典p.1188
12 Lübben(1888)p.373
13 Gottschald(1982)p.409、Zoder vol.2(1968)p.404、Petersen(1944)p.45
14 英Wikipediaの樋を付ける為の道具の項(http://en.wikipedia.org/wiki/Fuller_(weapon))によると、樋を設けた刀身は設けてないものよりも、
20~35%も軽量化できるとの事である。これは格段に武器を使う人物の負担を軽減でき、武器の扱いを容易くしたであろう。必須の工程で
あったと思われる。
15 脚注12の文献p.304
16 脚注12の文献p.597
17 http://www.koeblergerhard.de/germ/germ_w.html
18 http://de.wiktionary.org/wiki/Riefe
19 英語語源辞典p.1188
20 http://gtb.inl.nl/iWDB/search?actie=article&wdb=MNW&id=46638
21 Lexer vol.2(1876)sp.428
22 Wilfried Seibicke "Die Personennamen im Deutschen: Eine Einführung."(2008)p.192
23 http://www.noz.de/lokales/osnabrueck/artikel/245145/reibestahl-schleifname-fur-einen-schmiedegesellenBR>
24 Pokorny(1959)p.857、Watkins(2000)p.70、http://www.koeblergerhard.de/germ/germ_r.html
25 http://www.koeblergerhard.de/germ/germ_h.html
26 英語語源辞典p.1346、Pokorny(1959)p.1011、http://www.koeblergerhard.de/germ/germ_s.html、Watkins(2000)p.84f.、
http://en.wiktionary.org/wiki/steel#cite_note-1
更新履歴:
2014年12月26日 初稿アップ
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