Pugačëv プガチョフ(露)
概要
露pugáč,ウクライナpúhač「ワシミミズク」に由来。或いは、「脅かす者」「かかし」の意味で名付けられた渾名に由来する可能性あり。
詳細
Larko Pugačev (Ларко Пугачев)(1648年Čugujiv(ウクライナ、ハリコフ州):銃兵)1
Sapron Pugočov (Сапрон Пугочов)(1673年頃Velíkie Lúki(プスコフ州))2

ニックネーム姓。ロシアのコサック指導者でプガチョフの乱の首謀者であるエメリヤン・イヴァノヴィッチ・プガチョフ(イミリヤーン・ イヴァーナヴィチ・プガチョーフ)(Emel'ján Ivánovič Pugačëv(Емелья́н Ива́нович Пугачёв):1742 Kotélnikovo地区 (ヴォルゴグラード州)~1775.1.21 Moskvá)の姓。

露pugáč(пуга́ч)「ワシミミズク(学名Bubo bubo(シノニム:Bubo maximus))」3,ウクライナpúhač(пу́гач) 「ワシミミズク」4を語源とする渾名・個人名Pugáčに由来する。この鳥の鳴き声は不気味で、大きな耳の様な飾り羽が 頭部にあり、森の精霊とも見なされた。本語は露pugát'(пуга́ть)「脅かす」3という動詞の語幹pug-a-に 動作主派生名詞形成接尾辞-č(←スラヴ*-čĭ)が接続して派生したとされ、文字通り「脅かす者」が原義とされる。同様の派生形式に露kovát'「(金属を)鍛える」→ 露kováč≪古語・方言≫「鍛冶屋」がある。従って鳥名の語義が古いものでなければ、原義「脅かす者」に因む渾名起源の可能性も十分有り得、元々は 周囲の人々に恐怖心を抱かせた人物を表した名であったとも考えられる5。但し、露pugát'「脅かす」が辞書に現れるのは 1762年、露pugáčの「ワシミミズク」の語義が辞書に現れるのは1793年と、かなり遅い。この為、露pugáč「ワシミミズク」は 露pug(пуг)「長い鞭」からの派生語とする別説も存在する6。又、トヴェリ方言pugáčは「(畑の)かかし」の意味もあるが 5, 7、この語義も、害鳥を「脅かす」の意味から生じたもので、同語源である。この「かかし」の意味での渾名を 起源としている可能性もある。渾名・個人名としての実例は以下の通り。

Andrej Pugoč (Андрей Пугоч)(1560年Mahilëŭ(ベラルーシ、マヒリョウ州):代書人)8
Vasko Pugač (Васко Пугач)(1565年Kóvel'(ウクライナ、ヴォルィーニ州):大土地所有者)1
Klimko Pugač (Климко Пугач)(1565年Xmel'níc'kyj(ウクライナ、フメリヌィーツィクィイ州):農民)1

古い用例が主にウクライナに集中しており、同国発祥が多い姓のようである。ウクライナでは名詞púhač「ワシミミズク」がそのまま姓となった プーハチPúhač(Пу́гач)もある。アクセント位置がロシア語と違うのは、ポーランド語の影響による。ポーランド語では語末から 二番目の母音にアクセントが固定されるため。又、プハチェンコ(Puhačenko(Пугаченко))というウクライナ姓も有り、 これがロシア語化したプガチェノク(Pugačenok(Пугаченок))姓、プガチェンコフ(Pugačenkov(Пугаченков))姓もある。 ロシア西部プスコフ州の町ヴェリーキエ・ルーキ(Velíkie Lúki)における17世紀後半の記録では、プガチョフ姓をPugočev(Пугочев)、 Pugočov(Пугочов)と綴っている記録も見られる9
[Fedosjuk(2004)p.163, Ganžina(2001)p.390f., Vedina(2008)p.362, ONC(2002)p.507, Gruško et Medvedev(2000)p.345f., Tupikov(2005)p.325, Red'ko(1966)p.98]
◆露pugáč「ワシミミズク」(露≪アルハンゲリスク方言≫pugúč,≪ヴォロネジ方言≫púgač)←露pugát'「脅かす」(変形)←露pužat'「脅かす」 (←スラヴ*pǫdjati)(反復相)←古露puditĭ(一人称単数pužu)「駆り立てる、(?)脅かす」←スラヴ*pǫditĭ(一人称単数*pǫdjǫ) (露≪ヴャートカ方言≫púdit'「脅かす、駆り立てる」,ベラルーシpúdzic'「脅かす」,ポーランドpędzić「駆り立てる」,古教会スラヴpęditi)←?。 語源不明6

ポーランドpuchacz「ワシミミズク」はウクライナ語からの借用。露pugát'「脅かす」派生説が有力で、チェルヌィフやONCに見える。この動詞は 先述の通り文献上の初出年が遅く、露≪方言≫pužat'(пужать)「脅かす」(派生語:ispužat'(sja)「驚愕する」)の出現の方が先行している事が 知られている。露pužat'は17世紀のモスクワの役人言葉では既に常用されており、『戦闘隊形に関する書(Книга о ратном строе)』(1647年)第158葉、『法典(Уложение)』(1649年)第151葉、第326葉等に見えるとのこと。これらの状況証拠から、露pugát'は 露pužat'から派生した、かなり後起の動詞と考えられている。ž→gの変化は、露bežat'「走る」→露begat'「走り回る」にも見られる様な 音交替に対する、不規則な均一化によって生じたものと説明される6。又、露≪方言≫puga「棒」(cf.ポーランドpęga 「鞭、鞭による傷跡」)との関係も想定されているが、疑わしい。リトアニア語にbū́gti, bū́gstu「驚く」,baugìnti「脅かす」,baugùs「臆病な」という、 いかにも関係の有りそうな語群も有るが10、借用関係にあるのか、生来的な対応関係にあるのか、どちらなのか はっきりしない。

また、ファスマーは露pugáč「ワシミミズク」は擬音語に由来するとみている(cf.ウクライナpúgu「ワシミミズクの鳴き声」,独≪方言≫ Puhu,Buhu,Huhu,Hubo「フクロウ」)。他にも、ミクロシッチ(Franc Miklošič,)等が唱えるトルコbugu「フクロウ」借用説も有るが、ファスマーは 受け入れがたいとしている10。いずれにしても、これらの語(pugát', pužat', pugáč, puga等)の語源的遡及は 今後の研究が待たれる。
1 Ganžina(2001)p.391
2 А. В. Юрасов "Таможенные книги города Великие Луки: 1669-1676 гг."(1999)p.179
3 研究社露和辞典p.1844
4 http://en.wiktionary.org/wiki/%D0%BF%D1%83%D0%B3%D0%B0%D1%87
5 Vedina(2008)p.362
6 Černych(1993)vol.2 p.80
7 http://dic.academic.ru/dic.nsf/lastnames/9946
8 Tupikov(2005)p.325
9 脚注2の文献p.265
10 Vasmer(1950-1958) vol.3 p.400

更新履歴:
2015年3月9日  初稿アップ
PIE語根Pug-a-č-ëv: 1.語源不明; 2.*-ā-³ 動詞形成接尾辞; 3.未調査; 4.*-wo- 形容詞形成接尾辞

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