概要
オックpompir「ぶつける」の動作主派生名詞pompidor(現在は「階段の踊り場」の意)に由来し、「狭い平地、上下の坂道の間に在る平地」を意味する
同名の地名に因む。
詳細
Marguerite de Pompidou(1523年Polignac(オート=ロワール県))1
Fleur du Pompidou(1690年Cévennes(ロゼール県))2
地名姓。フランスの政治家ジョルジュ・ジャン・レモン・ポンピドゥ(ー)(Georges Jean Raymond Pompidou:1911.7.5 Montboudif(カンタル県)~
1974.4.2 Paris)の姓。彼の故郷の南フランスのカンタル県と、その西隣に続くロット県とドルドーニュ県に集住する姓である。現在は
パリにも見られるが、元より移住の結果による。数ヶ所存する同名の地名に由来する。以下に地名の古形と共に列挙する。
●仏南部オーヴェルニュ地方カンタル県オーリヤック(Aurillac)郡ラロクブル(Laroquebrou)小郡グレナ(Glénat)村の小地名
Pompidor(1324年)3, 4
Lau Ponpidor(1444年)3
Lou Ponpidor(1600年)3
この地が、政治家ジョルジュ・ポンピドゥーの家系の発祥地。他にも、古文書叢書で、
Die prima antequam Merchaders veniret Pompedoro ...
juxta nemus castrumque de Pompedor(1183年)5
の記録を見つけているが、カンタル県グレナ村のポンピドゥの事か。この記録の同じ段落にIordana Vicecomitiſſa de Combernと
Fulcherius de Reyruſſa、Bertronno de Chaneyrasという人名が見える。彼等の地名姓を見ると、Combernはリムーザン地方
コレーズ県の地名コンボルン(Comborn)6、Reyruſſaはカンタル県の地名ペリュス(Peyrusse)7
と比定されるので、恐らく、カンタル県のポンピドゥの古形ではないかと思われる。Chaneyrasは喪失地名とみられる(現存地名に、語形上これに
類するものが無い)。
●仏南部ミディ=ピレネー地方ロット県カオール(Cahors)郡ピュイ=レヴェーク(Puy-l'Évêque)小郡ソテュラク(Soturac)村の小地名
この地は嘗て川岸にあり、その最古の集落は平たいスレート上岩板(dalles plates)の上に建っていた。その平たい地形に因んで名付けられた
8。後述するように、Pompidouという諸地名は「(比較的狭い)平地」に名付けられる。
●仏南部ミディ=ピレネー地方アヴェロン県ミヨー郡ミヨー小郡ミヨー(Millau)市の小地名
●仏南部ラングドック=ルシヨン地方ロゼール県フロラク(Florac)郡バール=デ=セヴェンヌ(Barre-des-Cévennes)小郡ル・ポンピドゥ(Le Pompidou
)村の名
mansum de Pompidor(1266年)4
de Pompitorio(1292年)4
Pompidour(1823年)9
1292年の綴りの語末-torioはラテン語の語源を意識してd→tに復古、ラテン語の地名の語尾によく見られる-ium(本来は形容詞の中性形語尾)を
接続して、奪格支配の前置詞deに後続して単数奪格形を採ったもの。ラテン語化された形。
いずれも、そのまんまオックpompidor「(階段の途中に設けられた)踊り場(palier, repos d'escalier)」10に由来する。
「階段の踊り場」が地名となった理由について、ネーグル(Ernest Nègre)によれば、下る方と登る方の2つの坂道の間に在った平地に因むものとする
4。
次いで、オックpompidor「踊り場」の語形成について説明する。この語はpompi-と-dorの二要素に構成上分割できる。第二要素の-dorはラテン語の
動作主派生名詞形成語尾-tor(<PIE*-tor)の後裔である。即ち、英語のvictor「勝利者」(←ラvincere「勝つ」(-n-は動詞現在語幹形成接中辞))や
doctor「医者」(ラテン語の語義は「教師」)(←ラdocēre「教える」)、monitor「モニター」(ラテン語の語義は「助言者」)(←ラmonēre「気付かせる」)の
-tor、イタリア語のpescatóre「漁師」(←ラpiscārī「魚を釣る」)の-tóre、スペイン語のsalvador「救世主」(←後ラsalvāre「救う」)やmatador
「マタドール(原義「殺人者」)」(←西matar「殺す」)の-dorと同じ語で、私達日本人の言葉の中に入った様々な借用語にも沢山見られる。この接尾辞は
印欧祖語時代には動詞語根に接続し、更にラテン語以降では他の品詞から形成された動詞語幹に接続して、「~する者」を意味する語を作る。
pompidorの第一要素pompi-はオックpompir「ぶつける(heurter)」11の語幹である。モルレはこの動詞の語義を「歩いて
足で踏み付ける、大きな音を立てて歩く」としている12。つまり、pompidorとは、本来「打ち均(ナラ)して平らにした
もの(所)」を意味したと考えられる。又、ヴィアル(Éric Vial)によれば動詞pompirは「地団太踏む(piétiner)」の意であるとし、その動作主派生
名詞が地名に適用された理由として、(脱穀の為でなければ、)異教や魔術の儀式に於いて舞踏する為に人々が集まる場所であったからとしている
13。また、デルペシュ(Marcel Delpech)によれば、南フランスのタルン県北東部の方言poumpidou「丘の平たい頂」に
由来するともいう14。いずれにしても、比較的狭い「平地」に名付けられた地名であることは確実だろう。日本語で
言えば、「均(ナラ)す」の語根から生じた地名「奈良」と似た派生形式だといえる。pompirという動詞そのものの語源は
はっきりしないが、擬音語起源の民衆語であろう。伊pompa「ポンプ」や中蘭pompe「ポンプ」、西bomba「ポンプ」の語源として想定される、俗ラテン語
の擬音語*pomp-に遡るものと思われる。Pomidou姓は日本語の「ポンプ」とも関係が有るという事になる。また、ルイ15世の公妾ポンパドゥール
(Pompadour)の名前も同じ語源。
最後に、オックpompidorと現在の地名・苗字の綴字Pompidouの関係について説明する。オック語では、俗ラテン語から引き継いだアクセントの無い
母音oが[u]に変化し、後にアクセントのある母音oも同じ変化を辿った(然し、変化の適用が完全に行き渡った訳では無いらしく、oのままのもある)。
また語末の-rは弱化して発音されなくなったという歴史がある。つまり、pompidorと書いて、標準フランス語での綴りpompidou/ポンピドゥ/の
様に読まれるのである。従って、固有名詞のPompidouの綴りは現実的発音を標準フランス語の綴字法に倣って書き改めたものに過ぎない。
pompidorは歴史的仮名遣い、Pompidouは新書法の関係にあり、表現方法が違うだけで同じ単語なのだった。オック語の動作主派生名詞形成接尾辞
-dorを持つ語彙はポンピドゥーの語末と同じ読みをする。例えば、オックcagador「便所」(←ラcacāre「排便する」)は/カガドゥ/と読み、オックtustador
「ノッカー」(←オックtustar「叩く、ぶつける」)は/テュスタドゥ/と読む15。
[Morlet(1997)p.799,Tosti(1997~)p7]
1 "Bulletin de la Société d'agriculture, industrie, sciences et arts du département de la Lozère.
vol.14"(1863)
2 http://www.archive.org/stream/lafranceprotesta06haaguoft/lafranceprotesta06haaguoft_djvu.txt
3 Amé(1897)p.381
4 Nègre(1991)p.1133
5 Philippe Labbe "Nouae bibliothecae manuscript. vol.2 Librorum tomus primus. "(1657)p.341
6 http://de.wikipedia.org/wiki/Vizegrafschaft_Comborn
7 http://fr.wikipedia.org/wiki/Peyrusse
8 "Revue internationale d'onomastique. vol.18"(1966)p.274
9 Joseph Emerson Worcester "A geographical dictionary or universal gazetteer, ancient and modern.
vol.2"(1823)p.349
10 http://www.panoccitan.org/diccionari.aspx?diccion=pompidor&lenga=oc
http://www.dicovia.com/pompidor--Nm-en-occitan.htm
11 http://www.panoccitan.org/diccionari.aspx?diccion=pompir&lenga=oc
http://www.dicovia.com/pompir--(Vèrb)-en-occitan.htm
12 Morlet(1997)p.799
13 Vial(1983)p.15
14 "Revue internationale d'onomastique. vol.19"(1967)p.314
15 http://www.o-p-i.fr/page/cestalire/beluga/beluga_5/B5_13_FICHE_p_24_et_25.pdf
更新履歴:
2012年7月14日 初稿アップ
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