伊≪ジェノヴァ方言≫picu「鶴嘴(ツルハシ)」より派生した未文証の語彙*picassuに由来し、その様な道具を用いた職人を表す姓。或いは、
伊≪ピエモンテ方言≫picàss「アオゲラ」に由来。その他諸説あり。
ニックネーム姓、職業姓。スペインの画家パブロ・ルイス・ピカソ(Pablo Ruiz Picasso:1881.10.25 Málaga(アンダルシア州)~1973.4.8 Mougins
(仏アルプ=マリティーム県))の姓。彼は、父ホセ・ルイス・ブラスコ(José Ruiz Blasco:1838~1913)と母マリア・ピカソ・ロペス(María Picasso
López:1855~1938)の長男として誕生。ピカソとは母方の姓で、彼は1900年頃からルイス姓からピカソ姓に名乗り変えている
1。この姓はスペインでは大変珍しく、マラガ(Málaga)、トレド(Toledo)、マドリード(Madrid)、カディス(Cádiz)に
若干見られるだけで、異綴のピカソ(Picaso)姓は更に珍しく、カディスに見られるだけである。
母マリアはアンダルシア州マラガの出身である。マリアの父はフランシスコ・ピカソ・ガルデーニョ(Francisco Picasso Guardeño:1825~1888)と
いい、母はイニェス・マリア・ロペス・ロブレス(Inés María López Robles)といった
2。ロハス(Carlos Rojas)の
ピカソの伝記によると
3、フランシスコは独特な写真を用いて懐中時計の鎖や飾り戸棚、花器で財を成した中産階級の
金持ちであったが、その後どの様な理由か家族を捨ててキューバに渡り消息を絶ち、二度と戻ってくる事はなかった
4。
別の資料によると、彼は1888年にハバナで亡くなっているようである
2, 5。兎に角、変わり者であった事は確かで、
風貌も目が出っ張り、セイウチの様な髭を生やしていたという
6。フランシスコもマラガの出身であった。ピカソ財団
(Fundación Picasso)のホームページによれば、彼の父(パブロ・ピカソの曽祖父)はトマソ・ピカソ・ムサンテ(Tommaso Picasso Musante)といい、
1787年10月29日にイタリアのリグリア州ジェノヴァのソーリ(Sori)で生まれた(1851年マラガで没)
7, 8。更に、その
父はジョヴァンニ・バッティスタ(Giovanni Battista Picasso:生没年未詳)といい、更にその父はトンマーゾ(Tommaso Picasso:1728~1813)と
いった。財団のHPの別資料によると、どうもジョヴァンニ・バッティスタとその父トンマーゾは直接の血の繋がりはなく、トンマーゾの二番目の
妻ローザ・ピカソ(Rosa Picasso)の連れ子であるらしい
9。
いずれにしても、ピカソ(Picasso)という名は、ピカソ財団やファウレ等が指摘しているようにイタリア人の苗字なのであり
2, 7、そして今もイタリアのリグリア州に集中して分布している。特にジェノヴァに良く見られる。異形のPicazzo
姓もリグーリアに見られる稀姓。その語源については、以下の様に諸説ある。最初の説以外の4説はネットで見つけたもので、イタリアの家系
サイトの掲示板
10と伊Yahoo知恵袋
11に記載があるが、両サイトの内容が一字一句同じ
である。これは知恵袋の方が家系サイトの記事を引用したのである(そしてそれを私が更に引用するのであった)。他にRienzo Giorgioという人が
書いたPicasso姓の語源記事に、下記の一つ目から三番目の説が掲載されている
12。
●デ・フェリーチェ(Emidio De Felice)の説
2, 10, 12, 13
伊≪ジェノヴァ方言≫picu,picùn「鶴嘴(ツルハシ)、石工の道具」より派生した未文証の語彙*picassuに由来するという
2, 10, 12。
現在もジェノヴァ方言にpicassin
10, 12(この語は*piccasuの指小形に由来する)という語が存在するらしく、*picassuの語が存在した事が想像される。
従って、「鶴嘴」やそれに類する道具を用いて仕事に従事した職人、特に「石工」に与えられた渾名に由来する職業姓と考えられる。
●伊≪ピエモンテ方言≫picàss「アオゲラ」
14,≪リグーリア(最西端)方言≫picassu「アオゲラ」由来説
10, 12
件の家系サイトが挙げるリグーリア方言picassuは語形と地域から、姓の語源としてドンピシャだが、如何せん他の資料では確認できない単語で
ある。然し、ピエモンテ方言形picàssは辞書にも採録されている。リグーリアの北隣のピエモンテにこの様な形が残っているのは、姓の起源
として十分有り得そうに思える。
[2016年2月11日追記]リグーリア州
サルザーナ方言に同語源と見られるpicazo「スズメ目ゴジュウカラ科ゴジュウカラ属の鳥の一種
(学名Sitta europaea caesia)」
15の語が有り、これも語源候補と成り得る。
●プロヴァンスpicaso,pigasso「船員が用いる手斧」由来説
10, 12
この単語も他の資料で確認が取れない。実在するなら恐らく、ジェノヴァ方言picu「鶴嘴(ツルハシ)」のプロヴァンス語対応形からの派生だろう。
●スペインのカタルーニャ語piga「そばかす、ほくろ」
16由来説
10
そばかすだらけの人に与えられた渾名に由来すると考えられ様が、語形も乖離しているし、イタリア姓をわざわざスペインの方言に結び付ける
いわれも無いだろう。
●サルデーニャ島の伊≪カンピダーノ方言、ログドーロ方言≫piga「カササギ」
17由来説
10
辻原康夫氏の『人名の世界史』(2009)では、ピカソ姓を「カササギの子」の意としているが、この解釈と語源的に関連している。
最初の2つの説が優勢だろう。逆に特に最後の2つの説は、[g]→[k]のロマンス語としては不自然な音変化を想定せねばならず、疑わしい。
[Faure et al.(2009)p.596,Morlet(1997)p.782]
1 独Wikipediaでは1897/98年から、ある英語のピカソのバイオグラフィーのサイトでは1900年からとある。
http://de.wikipedia.org/wiki/Pablo_Picasso
http://pablo-picasso.paintings.name/biography/
2 Faure et al.(2009)p.596
3 Carlos Rojas "El mundo mítico y mágico de Picasso."(1984)p.22
4 原文"un próspero burgués con leontina, bargueño y florero en la única fotografía ..."。写真をどの様に用いたのかこの
文だけでは良く判らない。これらの器具の飾りに用いたのだろうか。写真の内容は彼自身が描いた素描によって窺い知ることができるらしい。
5 Pierre Cabanne "El siglo de Picasso. vol.1"(1982)p.31
6 "Qué pasa. 1552-1559"(2001)p.684 但し、別のサイトで彼の写真を見る事ができるが、言うほど不細工な顔をしているわけではない。
写真は脚注7のピカソ財団のサイトを参照のこと。パブロ・ピカソの親族一同の写真が載っている。
7 http://fundacionpicasso.malaga.eu/portal_es/menu/submenus/seccion0007/secciones/submenu0009
8 http://www.geni.com/people/Tommaso-Picasso-Musante/6000000015914897318
9 http://fundacionpicasso.malaga.eu/opencms/export/sites/default/fundacionpicasso/portal_es/menu/submenus/seccion0007/documentos/3._Los_Picasso.pdf
詳細はこのサイトを参照して欲しい。今一良く判らん家系図である。Rosa Picassoはトンマーゾと苗字が同じだが、同族なのだろうか。
10 http://www.iagiforum.info/viewtopic.php?t=2856
当掲示板のRitterという人物の2006年7月9日の書き込みを参照のこと。
11 http://it.answers.yahoo.com/question/index?qid=20100913142922AALGcbe
12 http://archiviostorico.corriere.it/2004/agosto/15/madre_ligure_Pablo_Tagliapietre_col_co_9_040815086.shtml
13 Morlet(1997)p.782
14 Gavuzzi(1891)p.468
15 Enrico Hillyer Giglioli "Avifauna Italica."(1891)p.468
16 http://en.wiktionary.org/wiki/piga
17 http://en.wiktionary.org/wiki/magpie
更新履歴:
2012年6月8日 初稿アップ