Murray マレー(英、アイルランド、スコットランド)
概要
①スコットランド北西部の地域名マリー(Moray:←スコットランド・ゲールmòr àbh「大川」)に由来。
②ゲール語の姓Mac Muireaigh「ムリャッハ(Muireach:「水夫」の意)の子」の英語化形の短縮より。
③ゲール語起源の姓マードック(Murdoch)の異形。
④英merry「陽気な」の古い中西部・南部方言形murieに由来。
詳細
英国のプロテニス選手アンディ・マレー(マリー)(Andrew "Andy" Murray:1987.5.15 Dunblane(スコットランド、スターリング)~)の姓。 殆どスコットランドにしか分布していない姓で、特にヘブリディーズ諸島のハリス島に集住する。イングランドでは殆ど見られない。 語源により数系に分けられる。

Joannis de Murrif(1351年Moray)1
Alexander de Moreff(1438年Tulloch(パース・アンド・キンロス))2
Harbard de Murraf(1470年)3

①地名姓。スコットランド北西部の行政区画名にもなっている地域名マリー(マリ、マレーとも)(英Moray,スコットランド=ゲールMoireibh,Moireabh)に 由来する。地名の変遷は以下の通り。 Moreb(970年頃)4
Morovia(970年頃)5
Muireb(1085年)5
Morauia(1124年)4
Muref(1136年)12
Murewe(1185年頃)4
Muref(1200年)5
abbe de murauia(1261年)6
Maerhaefui(13世紀(?):原出典Orkney. Saga)5
Morref(1295年頃)5
Murrai(1444年)7
Murraue(1457年)7
Murrave(1469年)7
Murrafe(1476年)7
Murra(1491年)7
Mvry(1546年)7
Mwrray(1555年)7
Morray (1591年)7
Mwrey(1732年)7

地名は、ジョンストン(James Brown Johnston)によると、恐らくスコットランド・ゲール語のmòr àbh「大川」に由来し、マレー湾に注ぎ込む大河スペイ川(River Spey) を指した名ではないかとしている5。一方、ミルズ(David Mills)は古ケルト語の*mori-「海」と*treb「居住地」の合成語で 「海村」が原義とするが4、第二要素のt-の痕跡が全く確認出来ないので、推測の域を出ない。但し、ジョンストンの説も 問題点が有る。ケルト系言語は形容詞が被修飾語の後に置かれるため、「大きい」を意味するmòrは 「川」を意味するàbhの後に来る筈である。例えば、英claymore「クレイモア、両手剣」の語源となったスコットランド・ゲール語のclaidheamh mòrは、 claidheamh「剣」+mòr「大きい」というケルト語の文法として正しい語順で並んでいる。ミルズが若干無理な解釈を試みているのも、これが原因と 考えられよう。

然しながら、大陸ケルト語のような古いケルト語では修飾語が被修飾語に先行する例が幾つも見られる。
CANECOSEDLON「黄金の玉座」(仏ブルゴーニュ地方オータン(Autun)碑文):CANECO-「黄色の」(cogn.英honey「蜂蜜」)+SEDLON「椅子」(cogn.英saddle「座席」) 8
Rigomagos「王の野原」(独西部の町レマーゲン(Remagen)の古名):ケルト*rīgs「王」(-o-は語幹形成母音から転用された連結辞)+ケルト*magos「原」
Mediolanum「中野」(伊北部の都市ミラノ(Milano)の古名):大陸ケルト*medio-「中間の」(cogn.英middle)+大陸ケルト*lanon「平野」(cogn.英plane)
ブリテン島のケルト系言語の語彙でも同じ例が見られる。
古英Lindocylene「湖沿いの入植地」(現リンカーン(Lincoln)):ブリトニックlindo-「湖」+ラcolōnia「入植地」
Airgetlamhアガートラ(ー)ム(神名:原義「銀の手」):古アイルランドargat「銀」(cogn.英Argentine)+古アイルランドlám「手、掌」(cogn.英palm)

そして何と言ってもmormaorの例があげられる。mormaorとは古いスコットランドの小国の王を表わした語で、かのマクベスの父フィンリー もマリーのmormaorを務めていたとされている。このmormaorという語は、今問題となっている形容詞mor「大きい」とmaor「執行官、執事(bailiff, seward)」より形成されているのである。しかも、この語には前後を入れ替えたmaormorという別形も存在し、OEDの説明によれば、ケルト語式の名詞+形容詞の語順を 守るべきとして生まれたとしている9

又、マッケンジー(William Cook Mackenzie)は、ウェールズmorfa(コーンウォールmorva)「海辺の地、湿地」10との関係を 示唆している。この語は、ウェールズの古美術研究家・言語学者のオーウェン(William Owen Pughe)によれば、ウェールズmor「海」とウェールズma 「場所、地点」(場所を表わす語を作る接尾辞としての機能もあるとの事)から形成されているとしており10(-f-は緩音化による)、 スコットランドはファイフの村キンカーディン(Kincardine)の小地名マーフィ(Morphie)との語源上の関係も取り沙汰されている。これに乗っ取るなら、 Morayの地名も「海辺の地」という意味になるだろう。更に、マッケンジーは古ウェールズmoreb「港(a haven)」11と比較すれ ば、より地名の具体的な意味が解るかもしれないと付け加えている12

ウェールズ語から古アイルランド語への借用はたまにある。例えば、古アイルランドcruimther「司祭」、さらに古い原初アイルランドQRIMITIR 「司祭」は古ウェールズpremter,primter「司祭」(←ラpresbyter「司祭」:英priestもその後裔)の借用である13。ウェールズmorfaが古アイルランド語などの ゲール諸語に借用されたというのも有り得るかも知れない(ウェールズmorfaがそんなに古から存在する語かどうかは不明だが)。

又、ゲール語のmu(i)r「海」とmagh「野原、平野」との合成語murmhagh(-mh-は緩音化により無音)に由来し、「海野」を意味するとの説もある14。 以上のように、主に4つの説が提唱されているが、ジョンストンによるmòr àbh「大川」説が、古い地名の綴りから最も的確だと判断される。私も、 この説に賛成である。
[Reaney(1995)p.317, Harrison (1912-1918)vol.1 p.34, ONC(2002)p.443]
②父称姓。スコットランド=ゲール語の姓マクムリヒ(Mac Muireaigh)の英語化形マクマリー(M(a)cMurray)の短縮形に由来。 第二要素のMuireaighは人名ムリャッハ(Muireach)の属格形で、姓は「Muireachの息子」の意。人名Muireachはアイルランド,スコットランド=ゲール muireach「水夫、船員」15を語源としている。この名詞自体は、 アイルランド,スコットランド=ゲールmuir「海」に形容詞・名詞形成接尾辞-ach16が接続して 生じたもので、原義は「海の(人)」である。ここから「水夫」の語義が生まれるのは自然で、実際英mariner「水夫」自体もラmare「海」の形容詞から生じている。 恐らく、本来は渾名に由来するものだろう。即ち、「水夫の子」の意ということになる。
[ONC(2002)p.443]
③父称姓。スコットランド=ゲール語の姓マクムリャイヒ(Mac Muireadhaigh)の英語化形マクマリー(M(a)cMurray)の短縮形に由来。 cf.マードック(Murdoch)
[Harrison (1912-1918)vol.1 p.34, ONC(2002)p.443]

Thomas le Myrye(1238年)17
Ric' le Myrie(1279年)17
Johannes le Myrie(1312年Oxford)18
④ニックネーム姓。イングランド系。中英merie,mirie,myrie,murie,murȝe「(性格・気質が)機嫌の良い、陽気な、快活な」17(>英merry)に由来する。 本語は古英myr(i)ġe「楽しい」を語源としているが、古期英語の-y-は円唇前舌狭母音[y]で(ドイツ語のüと同音)、中期英語の中西部・南部方言ではその まま同じ音を維持した(綴り上はフランス語の影響で-u-や-ui-を用いた)。本姓は、この方言形に遡る。 一方、南東部のケント方言ではeに移行し、現代英語のmerryはその形に由来している(cf.英bury,busy,build,姓Hull)。
[Reaney(1995)p.317, ONC(2002)p.443]
1 George Crawfurd "The Peerage of Scotland: Containing an Historical and Genealogical Account of the Nobility of that Kingdom."(1716)p.41
2 "Bulletin of the New York Public Library. vol.56"(1946)p.90
3 Charles Rogers "Rental Book of the Cistercian Abbey of Cupar-Angus. vol.1"(1879)p.156
4 ONC(2002)p.1131、Mills(2011)p.333
5 Johnston(1892)p.184
6 "Liber Cartarum Prioratus Sancti Andree in Scotia."(1841)p.290
7 http://boards.ancestry.co.uk/localities.britisles.scotland.mor.general/762.763/mb.ashx
8 http://encyclopedie.arbre-celtique.com/canecosedlon-5441.htm
9 藤原博『『マクベス』について気になること』p.19
10 Owen Pughe(1832)p.352
11 この語は今の所、他の文献資料では確認できていない。但し、オーウェンのウェールズ語辞典に同綴のmoreb 「引潮(the ebb tide of the sea)」(p.352)が確認できるが、これと関係が有るのだろうか。オーウェンによれば、この「引潮」を意味する語は、ウェールズmor「海」と ウェールズeb「行くこと」(英ebb「引潮」とは語源上無関係)との合成語としている(但し、彼の語源解釈はかなりいい加減な印象を受けるので、 完全には信用が置けない)。「海辺」と「引潮」では、意味の発達上有り得なくは無いと思うが、私には判断が付かない。
12 Mackenzie(1931)p.165
13 http://en.wikipedia.org/wiki/Proto-Celtic_language
14 Harrison (1912-1918)p.34
15 Armstrong(1825)p.409、O'Reilly et O'Donovan(1864)p.371、https://glosbe.com/gd/en/muireach
16 http://en.wiktionary.org/wiki/-ach
17 http://quod.lib.umich.edu/cgi/m/mec/med-idx?type=id&id=MED27890
18 "Members of Parliament: Parliaments of England, 1213-1702."(1879)p.40

更新履歴:
2015年2月4日  初稿アップ
PIE語根 ①Mu-rr-ay:1.*mē-³「大きい」; 2.*-ró- 分詞・形容詞・名詞形成接尾辞; 3.*ap-²「水、川」
②Murr-ay:1.*mori-「湖、海」; 2.*-ko- 形容詞・名詞形成接尾辞
④Murray:1.*mregh-u-「短い」

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