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Montessori モンテッソーリ(伊)
概要
伊monte「山」と伊tesoro「宝」との合成語で「宝山」の意の地名に由来するとされるが、根拠が薄く詳細不明。
詳細
Johannem de Montesoro(1376年)1
Andreas de montesoro(1454年リグーリア州)2
Hieronimus de Montesoro(1466年)3
Natalis Montesaurus Veronensis(1498年Verona(ヴェーネト州))4
Francisco de Montesoro(1550年Roma)5
georgio de montesoro(1566年シチリア島)6
Domenico Montesorus(1680年ナポリ)7

地名姓。ロンバルディーア州に特徴的な姓で、イタリア全国で34件確認されているモンテッソーリさんのうち18件が当県の記録である。次点は、 ラツィオ州の7件、エミーリア=ロマーニャ州の5件が続く。ロンバルディーア州内では、パヴィーア県のガルラスコ(Garlasco)、ミラノ県の セグラーテ(Segrate)に特に多い。同語源のモンティッソーリ(Montissori)姓もパヴィーア県のロッビオ(Robbio)、ミラノ県のチェリアーノ・ラゲット (Ceriano Laghetto)とボッラーテ(Bollate)に多い。

イタリアの教育者・医学博士マリーア・モンテッソーリ(Maria Montessori)は1870年8月31日イタリア半島中北部マルケ州のアンコーナ県キャラヴァッレ (Chiaravalle)の出身で、現在の集住地とは関係の無い場所で生まれている。彼女の父アレッサンドロ(Alessandro M.)は1832年エミーリア=ロマーニャ州 北部の都市フェッラーラ(Ferrara)に生まれ、大学で修辞学と数学を学び、1850年以降税務署の役人として働き、1866年ボローニャ出身の地主の娘 レニルデ(Renilde(旧姓Stoppani):1840-1912)と結婚した8。マリーアはその2人の第一子である。一家は、以降もアレッサンドロの仕事の都合により フィレンツェやローマにも引っ越したようである。アレッサンドロの父親は二コーラ(Nicola M.)といい、ボローニャ出身で、タバコ倉庫の中間管理職 のポストで働いていた人物であるらしい9。二コーラに関する情報はこれ以外に確認できず、先祖もこれ以上遡れない。ボローニャはエミーリア=ロマーニャ 州の都市で、モンテッソーリ家は元西隣の州ロンバルディーアから移り住んできた家系ではないかと自分は思う(然し、何の証拠も無い)。

語源は良く判らないが地名に由来している可能性が高い。取り敢えず今の語形から伊monte「山」と伊tesoro「宝、財宝」との合成語と見て、「宝山」の 意とする解釈がONCに見える10。ONCはこの語構成の地名がトスカーナ州に存在し、その地名に由来する姓としているが、その様な地名は当州には 見当たらない11。上掲の古い姓の用例に挙げた古形は、今日イタリア各地に見られる姓モンテゾーロ(Montesoro)(発音はモンテソーロの可能性も)に相当すると思うが、 モテッソーリ姓がモンテゾーロ姓と語源上関係が有るのかどうかは判らない。モンテゾーロ姓は、モンテッソーリ姓よりも数は少なく、 ピエモンテ州に最も多く分布する。これらの姓に似たイタリア地名に、イタリア半島の長靴のつま先辺カラブリア州ヴィボ・ ヴァレンツィア(Vibo Valentia)県フィラデルフィア(Filadelfia)村にある地名モンテゾロ(Montesoro)がある。また、フランス領コルシカ島オート= コルス県バスティア(Bastia)郡Bastia-6小郡の地名フリアーニ=モンテソーロ(Furiani-Montésoro)という地名もある。然し、姓が分布する場所と 離れすぎている為、関係が有るとも思えない。又、両地名の古形も確認できない。

ONCの指摘する「宝山」説が正しいとするなら、語源上関係のある名として、フランス中部のアンドル=エ=ロワール県ロシュ(Loches)郡モントレゾール (Montrésor)という地名を挙げる事ができる。以下に地名の歴史上の記録を列挙する。
dominum Montis Thesauri, de feodo de Posay(887年)12, 13
Fulco Nerra Montesaurum(1020年)12
In Turonico siquidem pago, Fulco Nerra ædificavit Montem Thesauri(1020年)12
Monthesauro(11世紀初頭)14
Montem Thesauri(1096年)15, 16
a meridie, Monthesauro, etc.(1208年)12
Castellania de Monthesauro(1212年)17
Montistessauri(1253年)12
Monthésour(13世紀)17, 18
Monthrecor(1465年)17
villæ de Monte Thesauro(1494年)17
chastellenye de Monthesor(1555-1556年)19

地名はオイルmont「山」とオイルtrésor「宝」の合成語であるが16、この熟語で「財務官の住居(résidence du trésorier)」を指すとネグルやジャンドロン (Stéphane Gendron)は指摘している16, 20。トゥール司教座聖堂の教会参事会の財務官の居住地が存在したことによる命名で、「宝の山(mont du trésor)」の伝説に因むという主張は退けられている20。Montrésorという名は姓としてもフランスに見られるが殆ど本土には存在せず、 理由は不明だが何故かコルシカ島北部に分布している。これは、既に述べたコルシカ島のFuriani-Montésoroという地名のある地域である。 何か関係が有るのかもしれないが、不明。又、これらのイタリア姓が消失地名に由来する可能性もある。資料が限られていて、これ以上調査できないので、 根拠不十分だがONCの説に従い「宝山」説を今の所採用しておく。
[ONC(2002)p.436,Kastner(2007)p.397]
◆ラthēsaurus「宝、倉庫」←ギthēsaurós「宝、倉庫、宝庫、大箱」←?21。語源不明。第一要素thēs-をギtithenai 「置く」と関係付ける説があるが22, 23、シャントレヌのギリシア語語源辞典では、第一要素にこの語が来る複合語の 例が他に無い点と、第二要素の解釈も更に明らかでない点を指摘している22。この説に関して、私なりに噛み砕いた 補足説明をする。tithenai「置く」はPIE*dhē-「置く」(cogn.英do「する」)の重複形*dhi-dhə-に由来する が、上記の説では恐らく語根*dhē-に接尾辞が付随した*dhē-ti-を直接の語源と見ているのだと思う。接尾辞*-ti-は ギリシア祖語時代に硬口蓋化により-s(i)-に転じた。こうして生じた第一要素thēs-に更に何等かの要素が後続したと見ているのだろう。 シャントレヌの辞典には、第二要素はギaúra「風」24に由来し(つまり逐語訳すると「風置き」)、「野外に建てられた備蓄倉庫」を原義とするマース (E. Maass)なる人物の説を引用する(!マークが付されているので、シャントレヌから見ても眉唾物にしか見えなかったのだろう)*31。 又、ミュラー(Muller)なる人物の著書"Mnemos"(1925)を引用し、後半要素は水の名(un nom de l'eau)を表し、合わせて本来は「貯水槽」を 意味するという説も掲載しているが、何だか意味の良く判らない説明である。どれも、こじ付け臭く語源不明とするべきだろう。 Liddle&Scott、Wiktionaryはいずれも語源に関して言及していない。尚、英語のtreasure「宝」も同語源。余分なrは、後半のrを先取りしたもの。
1 Jordi Rubió i Balaguer "Sobre biblioteques i biblioteconomia."(1995)p.98
2 "Atti della Società Ligure di Storia Patria."(1870)p.100
3 Wilhelm Heyd "Die Grosse Ravensburger Gesellschaft."(1890)p.54
4 Hermann Zeissl "Lehrbuch der Syphilis und der mit dieser verwandten örtlichen venerischen Krankheiten. vol.1"(1875)p.334
5 Antonio Cestaro "Geronimo Seripando e la Chiesa del suo tempo: nel V centenario della nascita."(1997)p.363
6 Società siciliana per la storia patria "Archivio storico siciliano. vol.4"(1879)p.323
7 Pietro Zani "Enciclopedia metodica critico-ragionata delle belle arti. vol.1"(1823)p.361
8 Sarah Mösker "Freiarbeit nach den Prinzipien Maria Montessoris."(2007)p.3
9 Rita Kramer "Maria Montessori: a biography."(1988)p.22
10 ONC(2002)p.436、Kastner(2007)p.397
11 又、ONCは第二要素を伊tessoro「宝」とするが、イタリア語の辞書にはtesoroの形である。方言にその様な語形が有るのかもしれないが、 確認が取れない。恐らく誤植と思われる。
12 Société archéologique de Touraine "Mémoires de la Société archéologique de Touraine: Série in-80. vol.9"(1757)p.275
13 André Salmon "Recueil de chroniques de Touraine. vol.1"(1854)p.104
14 ibid. p.293
15 Morlet(1997)p.708
16 Nègre vol.2(1998)p.1161
17 Société archéologique de Touraine "Mémoires de la Société archéologique de Touraine: Série in-80. vol.29"(1880)p.318-321
18 Dominique Auzias "Le Petit Futé Les 100 plus beaux villages de France."(2011)p.67
19 Diane de Poitiers "Lettres inédites de Dianne de Poytiers."(1866)p.140
20 Gendron(2003)p.201
21 英語語源辞典p.1426、Buck(1949)p.777
22 Chantraine(1968-80)p.436
23 Boisacq(1916)p.345、http://www.etymonline.com/index.php?allowed_in_frame=0&search=thesaurus&searchmode=none
24 Woodhouse's English-Greek Dictionary p.980

執筆記録:
2011年10月3日  初稿アップ
PIE語根Mon-tessori:1.*men-2「突出する」;2.語源不明

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