Lovecraft ラヴクラフト(英)
概要
*Lovecroftという未文証の地名より。地名は、恐らく中英lo(a)ve,lave「遺産」+中英croft「小さな畑・囲い地」に由来。
詳細
Thomas Lovecroft(1500年)1

地名姓。極めて稀な姓で、どの苗字本にも採録されていない。アメリカ合衆国の小説家、詩人ハワード・フィリップス・ラヴクラフト(Howard Phillips Lovecraft:1890.8.20 Providence(ロードアイランド州)~1937.3.15 同地)の姓。彼の苗字の起源を知る上で重要な、父系の情報は非常に限られて おり、詳しいことが判らない。父親のウィンフィールド(Winfield Scott L.)は1853年10月26日にニューヨーク州モンロー(Monroe)郡の大都市 ロチェスター(Rochester)に誕生し、馬車製造会社で鍛冶屋として、後旅行会社のセールスマンとして働いた2。 その父(小説家の祖父)ジョージ(George L.)は1818年か1819年に誕生し、1839年にヘレン・オールグッド(Helen Allgood)という女性と結婚、 馬具職人として生涯の殆どをロチェスターで過ごした3。ヘレンの姉妹でハワードの大叔母にあたるサラ・オールグッド (Sarah A.)が、少ないながらも父系の情報を集めたらしく、若干の事が判っている。それによれば、ジョージの系譜は英国のデヴォンシャー州を 発祥とし、初期の記録ではラヴクロフト(Lovecroft)の形で現れ、さらに1450年以前には記録に無い家族名であるという3。 他の文献も参考にすると、この家族名は1450年頃にデヴォンシャーを流れるティーン川(River Teign)の谷で初めて確認されるそうだ 4

古い語形Lovecroftから判断できることは、これが地名に由来している可能性が高いことである。恐らく消失地名に由来すると思われ、似た様な地名は 現在の英国には確認できない5。後半要素は明らかに古英,中英croft「小さな囲い地、(家屋に隣接した)小さな畑」 6(>英croft)である。問題は前半要素だが、私の考えでは中英lo(a)ve,lave,leve,law(a)「遺産(legacy)」 7に由来していると思う。この要素はドイツのテューリンゲン地方に頻出する地名要素-leben(cf.ヴィッツレーベン (Witzleben))の対応語で、地名としては「世襲地」の意で用いられる。即ち、Lovecraftという地名姓は「世襲地産の囲い地」を意味していると考えられる。

もし第一要素が個人名由来なら、古期英語の男名ルヴァ(Lufa:古英lufu「愛」(>英love)の弱変化男性名詞改変形)8が 候補になり得る。以前、私はBancroft,Chalcroft,Cowcroft,Oxcroft,Seacroft,Whatcroft,Woodcroft等、他の-croft地名が第一要素に 人名を採る例がない事から人名起源説を否定していた。然し、Wolstencroft姓の第一要素が古期英語の人名Wulfstanに由来するされており、 少ないが人名起源の-croft地名が存在することが判明した。従って、男名Lufaに由来する可能性も考えられるが、本姓が15世紀までしか 遡れないない為、古期英語の人名に因むかは疑問が残る。又、アングロ=ノルマン仏louve「雌狼」 9, 10も音韻上は有り得るが、この様な支配階級が用いた言語の単語が、片田舎の一農夫が名付けたであろう農場・耕地名の 要素として現れるのも不自然と思える(アングロ=ノルマン仏はノルマン・コンクエストでイングランドを支配下に置いたノルマン人貴族が用いた フランス語である)。
◆古英,中英croft「小さな囲い地、(家屋に隣接した)小さな畑」←ゲルマン*kruftaz(a語幹男性名詞)(中オランダkroft「乾燥した高地の畑」)← *kreupan「曲がる、くねる、這う」(古英crēopan「這う」,古フリジアkriāpa,krūpa「這う」,古低フランクkriepan「這う」,古高独kriofan「這う」,古ノルド krūpa「這う」)←PIE*greub-(説明不能の変形)←*ger-「曲がる、曲げる」。 何らかの拡張形と思われるPIE*greub-はケーブラーの説明から引用した。但し、語根*ger-から *greub-の形を導くのは困難(どの様な接尾辞によって派生されたか不明)。一方*greub-から古英crēopan「這う」と古英croft「小さな畑」は規則的に導く事が出来る。動詞はそのまま *greub-に遡るが、croftはその動詞の過去分詞形に由来すると考えると巧く説明できる。*greub-にアクセントを持つ過去・完了分詞形成接尾辞 *-tó-が接続すると、拡張語根*greub-の母音が弱化し*grub-となり(ゼロ階梯)、過去分詞語幹*grub-tó-が形成される。要素の結合によって 生まれた*-bt-という子音クラスターは逆行同化によって*-pt-に転じ、ここから規則的にゲルマン*-ft-に至る。ゲルマン祖語の摩擦音に終わる 閉音節の母音*uは、古英語で規則的にoにシフトした11。こうして古英croftの形が得られる。
1 Howard Phillips Lovecraft "Selected letters. vol.2"(1968)p.182
2 http://www.findagrave.com/cgi-bin/fg.cgi?page=gr&GRid=24744016
3 S. T. Joshi "A dreamer and a visionary: H.P. Lovecraft in his time."(2001)p.1
4 Howard Phillips Lovecraft, David E. Schultz, S. T. Joshi "Lord of a visible world: an autobiography in letters."(2000)p.4
5 似た綴りの地名でイングランド北部ウェスト・ライディング(West Riding of Yorkshire)に1624年に記録のある Lawcroftが有るが、現存しない(EPNS vol.32(1961)p.71)。第一要素はEPNSによれば、古ノルドlágr「低い」に由来するとしている。 Lovecraft、Lovecroftとは無関係であろう。
6 MED C項vol.6 p.749-750、英語語源辞典p.301、p.1601
7 http://quod.lib.umich.edu/cgi/m/mec/med-idx?type=byte&byte=105849707&egdisplay=compact&egs=105855001
8 Searle(1969)p.340-341
9 ONC(2002)p.387
10 Köbler aeW C項p.36、p.38
11 類例を挙げる。
古英-lēosan「失う、破壊する」←ゲルマン*leusan「失う」←PIE*leus-(動詞語根*leu-「緩める、分割する」の拡張形)
(古)英lost「失った」←ゲルマン*lustaz「失った」←PIE*lus-tó-(上記*leus-のゼロ階梯+過去分詞接尾辞)

更新履歴:
2012年2月2日  初稿アップ
2014年12月182日  一部修正(Wolstencroftの下り)。
PIE語根Lov-e-craf-t: 1.(?)*leip-「くっつける」、又は(?) *leubh-「望む;愛」; 2.(?)*-ā-² 女性名詞形成接尾辞、又 は(?)*-e/on- 名詞・形容詞形成接尾辞; 3.(?)*ger-²「湾曲した、曲った」; 4.*-to- 完了分詞形成接尾辞

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