概要
ユダヤ系。古スペインlumbroso「明るい、輝く」に由来し、「来るだけで皆を喜ばせる人」を意味する渾名に由来。
詳細
Joseph Lombroso(1394年Valencia)1
Don Lumbroso(1492年Ciudad Rodrigo(カスティーリャ・イ・レオン州))1
ニックネーム姓。ユダヤ系。イタリアの精神科医、犯罪心理学者チェーザレ・ロンブローゾ(Cesare Lombroso:1835.11.6 Verona(ヴェネト州)~
1909.10.19 Torino(ピエモンテ州))の姓。現在は北部のロンバルディーア州等に稀に見られるだけ。ローマに見られるルンブローゾ(Lumbroso)姓と共に、
古スペインlumbroso「明るい、(まばゆく)輝く」2(>西lumbroso)に由来する。いずれの姓も、本来はセファルディム(スペイン系
ユダヤ人)のもので、イベリア半島からユダヤ人によってもたらされた。恐らく、「来るだけで皆を喜ばせる人」という意味で、ある子供に名付けた
渾名が起源であるとされる2。
上掲の様にスペインではかなり古いユダヤ姓だが、現在は廃姓。スペイン語圏での当姓の履歴をティボンが言及している3。
それによると次の通り。
"1595年にメキシコで異端審問を受け火刑に処されたユダヤ人ルイス・カルバハル・エル・モソ(Luis Carvajal el Mozo)がLumbroso姓を名乗っていた。
一家で唯一の生き残りが彼の弟でニカラグアに亡命し、次いでヨーロッパに戻ったようである。ギリシア北部のテッサロニキでは、ラビ(ユダヤの
立法学者)となり、Lumbroso姓が残っている。医師のアブラモ・ルンブローゾ(Abramo Lumbroso(1813-1887):チュニス出身)は、イタリア王国の初代
国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世(在位:1861-1878年)によって、男爵に叙せられた。"
尚、この苗字をグッゲンハイマー夫妻は西lombriz「ミミズ」と関係付ける説を提唱している4。2人によれば、旧約聖書の
「イザヤ書」41:14にみえる、ヤコブ(Jacob)の添え名と関係付ける。該当部分を引用する。
●日本語訳"虫にひとしいヤコブよ、イスラエルの人々よ、恐れてはならない。"5
●スペイン語訳"Tú eres un gusano, Jacob, eres una lombriz, Israel, pero no temas, ..."6
●ラテン語訳①"Noli timere, vermis Iacob, homines ex Israel."7
●ラテン語訳②"noli timere vermis Jacob qui mortui estis ex Israël ..."8
スペイン語訳も幾つか異文がある。西gusanoも「ミミズ」の意味である。ラテン語では一貫してvermisが用いられている。グッゲンハイマーの説は、
Jacobというユダヤ名をユダヤ人が隠す為に、Jacob→換喩でlombriz「ミミズ」→語形の類似からlumbroso「明るい」に置換というプロセスを経て、
カモフラージュしたものとも説明できる。突飛に見えるが、意外に真実を摑んでいるかも知れない。だが今の所、ここでは最終的なlumbroso「明るい」
由来説を採っておく事にする。
[Rapelli(2007)p.425,Tibón(1988)p.140-141]
◆古スペインlumbroso「明るい」←ラlūminōsus「明るい」(-ōsusは形容詞形成接尾辞:<*-ōnt-to-s<*-o-wont-to-s<*-went-
9(形容詞形成接尾辞(cf.Nihāvandイランの地名))+*-to-(形容詞形成接尾辞))←lūmen「光、輝き、明るさ、日光、昼、
視力、栄誉」←PIE*leuk-s-men-(+名詞・形容詞形成接尾辞)(ゴートlauhmuni「雷」,サンスクリットrúkmān「輝いている」)←*leuk-「光」(英light「光」,
ラlux「光」,サンスクリットrúci-「光」,アルメニアlois「光」)10。スペイン語形容詞接尾辞-osoは英famous,delicious,
precious等の形容詞の接尾辞に同じ。インド=イラン語派でよく使われる*-went-/-wont-接尾辞に、分詞・形容詞形成接尾辞*-to-が付いたものと、
フランスの印欧語学者オードリー(Jean Haudry)は説明しているようだ9。この接続により生じた重子音*-tt-は、*-tst-を
経由してラテン語では規則的に-ss-に至る。更に、単子音の-s-に転じる例が若干見られる(例:PIE*kad-「落ちる」→ラcadere「落ちる」→*cad-tus(完了
分詞形)→*cat-tus(逆行同化)→cāssus(古ラテン語形)→cāsus「落下、偶然の出来事」→英case「出来事」)11, 12。
後に母音+n+sでnが脱落した。
*leuk-s-men->ラlūmen「光」の変化は、PIE*youg-s-men->古ラiouxmentum>ラjūmentum「荷物運搬用の動物」に同じ(他にも英examineも同様の経歴を持つ)
11, 13。これらの語根と*-men-接尾辞の間に見える*-s-の正体は私には判らない(今後の課題)。
尚、以前私は"ラlūminōsusから西lumbrosoの変化は完全にイレギュラー"であり、この変化の説明を"西umbroso「日陰の」(←ラumbrōsus「影の多い、
暗い」)との連想により、意味の上でも対をなす事から語形が影響を受け変化したもの"ではないかという仮説を立てたが、これが誤りである事が
判明した。実はラlūmen「光」→西lumbre「光」以外でも、これと全く同じ音変化が頻繁にスペイン語では見られるのである。同じ*-men-接尾辞派生の
ラテン語語彙から発達したスペイン語語彙を挙げてみよう(ラテン語からの直接的な借用語は意味が無いので除く)。
ラaerāmen「銅、青銅」→古西aramne「青銅」→西arambre「針金」14;ラalūmen「明礬」
→西alumbre「明礬」;ラculmen「茎、天辺」→西cumbre「山の頂」;ラexāmen「群れ、熟慮」→古西ensamne「群れ、蜜蜂の巣」→西enjambre「蜜蜂の群れ、
群衆」15;ラferrūmen「セメント、はんだ、膠、鉄錆」→西herrumbre「錆」;ラlegūmen「豆科の植物」→西legumbre
「豆科の植物、野菜」;ラmedicāmen「薬、化粧品」→西vedegambre「ユリ科の薬草の一種」;ラnōmen「名前」→西nombre「名前」;ラstāmen「雄蕊」→
西estambre「雄蕊」;ラvīmen「小枝」→西mimbre「小枝」
又、ラfamēs「飢え」の俗ラテン語の対格形*faminemより古西fambre「飢饉、飢え」→西hambre「飢え」が生じている16。
古スペイン語のaramne「青銅」とensamne「群れ、蜜蜂の巣」の語形から、次のような経過を経たと判断できる。まず、これらの
元になったラテン語語彙の末尾-mine(m)の母音-i-はアクセントが無いため弱化・消失し-mn-という子音連続が生じた。ここから
-mn-→-mr-という異化が起こる。更に、-mr-という子音連続は発音し難い為、発音しやすいように渡り音の-b-が間に入るようになり、
この形が固定化していったと考えられる。他にもラfēmina「女性」の対格fēminam→古西femna,fembra「女性」→西hembra「女性」
17等の例がある。
1 Harry Friedenwald "The Jews and medicine: Essays. vol.2"(1967)p.735
2 Rapelli(2007)p.425
3 Tibón(1988)p.140-141
4 Guggenheimer(1992)p.472
5 http://ja.wikisource.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%A4%E6%9B%B8(%E5%8F%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3)#41:14
6 http://www.vicariadepastoral.org.mx/sagrada_escritura/biblia/antiguo_testamento/22_isaias_09.htm
7 http://www.bibliacatolica.com.br/busca/10/158/Israel
8 http://www.bibliacatolica.com.br/busca/09/152/Israel
9 http://en.wiktionary.org/wiki/-osus#Latin
10 Walde(1938-56)p.476、英語語源辞典p.829、Watkins(2000)p.49、Pokorny(1959)p.687、Buck(1949)p.60
11 Leonard Robert Palmer "The Latin Language."(1988)p.232
12 吉田和彦「比較言語学の視点」(2005)p.114
13 ibid. p.115-118
14 http://en.wiktionary.org/wiki/alambre#Spanish
15 http://en.wiktionary.org/wiki/enjambre#Spanish
16 http://en.wiktionary.org/wiki/hambre
17 http://en.wiktionary.org/wiki/hembra#Spanish
更新履歴:
2012年5月14日 初稿アップ
204年12月18日 ラlūmen「光」→西lumbre「光」の不可解な音変化の原因が判明したので、一部加筆。
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