概要
①ブルトンpen(n)「頭、先」に由来し、何かしらの地形・場所の「先端部分、端っこ」の住人を指した姓か。
②仏païen「異教徒(の)」と同語源。
詳細
François Le Pen(1634年Saint-Brieuc(コート=ダルモール県))1
フランスの政治家マリオン(マリーヌ)・アンヌ・ペリーヌ・ルペン(Marion(Marine) Anne Perrine Le Pen:1968.8.5 Neuilly-sur-Seine(オー=ド=セーヌ県)~)の姓。
父親のジャン=マリー・ルペン(Jean-Marie Le Pen:1928.6.28 Trinité-sur-Mer(モルビアン県)~)も政治家。この姓は、ジャン=マリーの出身地である
ブルターニュ半島のモルビアン県に大変多い姓である。1891~1915年の統計では、全国229件のLe Pen姓の内、194件がモルビアンの記録であった。
人の移動が容易になった現在でも、相も変わらず最大の集住地は当県である。2つの語源説が提出されている。
①居住地姓?。ブルトンpen(n)「頭、先、先端(tète, bout, extrémité)」2に由来している。ケネディ米大統領の姓Kennedyは
、第二要素の解釈の違いによって「兜頭」と「醜い頭」の2つの語源説があるが、「頭」を意味する第一要素Kenn-はこのブルトン語pen(n)に対応する同語源の
語彙である。モルビアン県はケルト系のブルトン語が話される地域であるから(但し、絶滅の危機にさらされている)、姓がブルトン語に由来するという
のはそれなりに説得力があると言える。
ブルトンpen(n)「頭」はブルターニュ地方のブルトン語起源の地名や姓の要素としてよく見られる。フィニステール県の地名Pen ar Creac'h、また同語源の姓
Penancreachは後半要素にブルトンkre(a)c'h「坂」が見えるが(中程のanやarは定冠詞)、これは「坂の先」を意味している3, 4
。又同県の地名Pen ar Menezは後半要素にブルトンmenez「山」が加えられたもので、「山の先」を意味している4。これらの
地名や姓は、日本語の姓の「坂崎」や「山崎」の成立過程に大変似ている。「坂崎」や「山崎」も、「坂の先」や「山並みの先端」を意味しているからである
5。従って、ルペン姓も先祖が住んでいた場所の地勢上の特徴に因んでいると見るのが妥当で、何かしらの地形・場所の
「先端部分、端っこ」を意味していると思われる6。
Wikipedia日本語版のジャン=マリー・ルペン項に、ルペン姓はブルトンpen「頭」を意味し、これはメンヒル7を表している
という8。然し、penはメンヒルを表すような単語ではなく、この情報の出所も不明。既に述べた様に、penを含む
ブルトン語地名・姓の構成から判断すれば、特別「メンヒル」を現す姓とする説明は、あまり利点や説得力が有るとは言いえない。
尚、余談になるがフランス北部のパ=ド=カレー県ブローニュ=シュル=メール(Boulogne-sur-Mer)郡マルキーズ(Marquise)小郡ヴィェール=エフロワ
(Wierre-Effroy)村にル・ぺン(Le Pen)という小地名がある。この地名の初出はUphem(867年)9で、後に
li Pan(1210年)9、le Pen(1297年)9、le Paon(19世紀)
9の語形で記録が有る。初出形から判る様に、ゲルマン*upp,ūpa「~の上に」10とゲルマン*
χaimaz「居住地、村」11による合成語を起源とし9、「村上」を原義とする。モルビアンの
ルペン姓とは語源上無関係。
[Morlet(1997)p.768,Tosti(1997~)l6項]
②ニックネーム姓。デゼ(Albert Deshayes)のブルトン語苗字辞典によれば、仏païen「異教徒(の)」と同語源のぺアン(Péan)姓と関係付ける説を挙げて
いる12(cf.パガニーニ(Paganini):ブルトン語で「異教徒」は、そのままラテン語を借用したと思われるpaganを用いる
ようである13)。然しデゼの説明では、ルペンがモルビアン県特有の苗字である事を旨く説明できないような気がする。
確かに、フランス語の冠詞leがブルトン語のpen「頭、先」に冠されているのも不自然ではあるので、この点からデゼが仏païen「異教徒(の)」由来説を
採っているのではないかと思う。
[Tosti(1997~)l6項]
◆ブルトンpen(n)「頭、先、先端」←ケルト*kʷenno-「頭」(古アイルランドcend,cenn「頭」,アイルランド,スコットランド=ゲールceann「頭」,ウェールズ
penn「頭」,大陸ケルトPenn-)←?14。語源不明。印欧祖語に遡らせる試みが幾つか有る。マクベインのゲール語語源辞典
から2説と15、最後にwikitionary英語版からの説16を挙げる。
●スラヴ*konŭ「始まり」(古教会スラヴkonŭ「始まり」,露kon「始まり」,konéc「終わり、端、末端」)と同根で、PIE*ken-「現れる、生まれる、始める」
17の語頭子音が唇音化した形に遡る。これに名詞形成接尾辞*-no-が接続し、ケルト*kʷenno-に至ったと考える。然し、
他の語派にこのような条件で唇音化した対応が確認できない点から、疑わしい。
●ドイツの言語学者ヴィンディッシュ(Ernst Wilhelm Oskar Windisch(サンスクリットとケルト語専門))が提唱し、ブルークマン(Karl Brugmann)に
よって支持された説。語幹は*kvindo-で、印欧語の語根*kviに遡り、サンスクリットçvi「膨張する」やギリシアの山名ピンゾス(Πίνδος)と
語源上の関係を想定する(-nn-は-nd-からの同化と考える)。私が調べた限りでは、*kviという語根は確認が取れない。同じ意味の語根で形が似ているものでは、英cave「洞窟」,church
「教会」の語源となった*keuə-「膨張する」があるが、これのゼロ階梯に由来すると見ているのかもしれない。但し、*keuə-の語頭子音kは
前寄りで調音されるkで、サンスクリットでは[s]に発達する筈なので、サンスクリットçviとの関係は捨てなければならない。又、*keuə-のゼロ階梯
*kuə-は閉音節となった場合、末尾の喉音が消失する事によって代償延長が生じ、*kū-という形になる筈なので形が合わない。素人の考えだが、
ゼロ階梯*kuə-に接尾辞*-ent-(現在能動分詞形成接尾辞?)が付いた形*kuə-ent-に由来か。この場合なら、語根末尾の喉音が後続母音と音節を形成するので、
最初の音節が開音節となり、喉音が消失しても代償延長は起こさず、*kwent-という形に達する事ができる。よって形の上では問題ないが、ゼロ階梯形に
この接尾辞が接続する理由を説明できないので、残念だが却下。
●wikitionary英語版に見える説。ケルト祖語形の*kʷenno-は更に*kʷer-nomに遡る(つまり、-rn-→-nn-の同化を想定する)。ケルト*kʷer-nomは
印欧祖語の語根*ker-「角、頭」(cogn.独Hirn「脳」,ラcerebrum「脳」,ギkraníon「頭蓋骨」:cf.ベルチャー(Belcher))の語頭子音が唇音化した形に
名詞形成接尾辞*-no-が接続したとする。これも、原因不明の唇音化を想定する必要があり、根拠薄弱。
1 Société d'émulation des Côtes-du-Nord "Bulletins et mémoires. vol.88-94"(1960)p.22
2 Fleuriot(1964)p.204、Buck(1949)p.213、MacBain(1911)p.76、http://en.wiktionary.org/wiki/ceann
3 Morlet(1997)p.768、Fleuriot(1964)p.147
4 Nègre(1991)p.1034
5 日本テレビ『アナタの名字SHOW第三弾』(2011.3.31放送)山崎姓の起源
6 但し、ブルターニュ半島から突き出たクロゾン(Crozon)半島の先端ペニル(Pen-Hir)岬は、文字通り「長崎」を意味しているように、
海等に突き出た場所、「岬」の意味での使用例も見られる。これも日本語の「先、崎」の意味変化と一致している。
7 メンヒル(menhir)はブルトン語で「長石」を意味し、ブルターニュ地方に見られる巨石遺構を指す。
8 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%
AB%E3%83%BB%E3%83%9A%E3%83%B3
9 Nègre(1991)p.723
10 Köbler idgW U項p.4
11 Köbler idgW K項p.30
12 http://jeantosti.com/noms/l6.htm
13 http://glosbe.com/en/br/heathen
14 Buck(1949)p.213
15 MacBain(1911)p.76
16 http://en.wiktionary.org/wiki/ceann
17 Pokorny(1959)p.563-564
執筆記録:
2012年2月2日 初稿アップ
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