古仏corvis(s)ier,co(u)rvoisier,corveisier,corbusier,crovexier「靴職人」(←地名コルドバ(Córdoba)の形容詞起源)に由来。
Baudricus Corversarius, ...,
Gaugerius Corversarius(1063~1095年Saint-Quentin(エーヌ県))
1
Grossardus corvisarius(1081年Beaugency(ロワレ県))
2
Fulcradus corvesarius, ...,
Aldulfus corvesarius(1082~1106年Angers(メーヌ=エ=ロワール県))
3
Ansoldus corvisarius(1093年(1118年写本)Pont-Yblon(セーヌ=サン=ドニ県))
4
Gorhandus corvisarius(1103年Saint-Lô(マンシュ県))
5
Baldricus corvisarius, ...,
Beringerius corvisarius(1100年、アンジェ(Angers:メーヌ=エ=ロワール県)教区内のどこか)
6
Rainaldus Corveserius(1150年Noyers(アンドル=エ=ロワール県))
7
Frogerus le Corveser(1213年)
8
Wichart lo corveisier(1241年Metz)
8
Guillaume le Corveisier(1254年Fécamp(セーヌ=マリティム県))
9
Bauduyn lou corvexeir(13世紀Metz)
10
Felippin lou corvexeir(13世紀Metz)
11
Colin lou Vake lou corvexeir(13世紀Metz)
12
Jaquemin lou corvisier de Mazeres(1318年Metz)
8
Ancillon lou courvixier(1345年Metz)
8
Guerard lou coverxier(1360年Metz)
8
職業姓。スイス出身のフランスの建築家ル・コルビュジエ(Le Corbusier:1887.10.6 La Chaux-de-Fonds(スイス、ヌーシャテル州)~1965.8.27 Roquebrune-Cap-Martin
(アルプ=マリティーム県))の名。本名はシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ(Charles-Edouard Jeanneret-Gris)といい、ル・コルビュジエの名は、
母方の祖父の姓ル・コルベジェ(Lecorbésier)から採ったペンネームであった。1920年に画家のオザンファンと創刊した雑誌『新精神(L'Esprit
nouveau)』で初めて用いた。
極めて稀な姓で、Le Corbusier姓は現在廃用の様である。冠詞無しのコルビュジェ(Corbusier)姓は仏北部のノール県やパ=ド=カレー県に集住(1891~1915年の記録で
3件のみ)、コルビジェ(Corbisier)姓も同地域に多く、1891~1915年の記録で全国39件の登録が有り、内ノール県に19件あり、コルビュジェ(Corbusié)姓もは
非常に少ないが、同じような分布。他にも、コルヴィジェ(Corvisier)、コルヴェジェ(Corvaisier)、クルヴェジェ(Courvaisier)、
クルヴォワジェ(Courvoisier)、クルヴォワジェ(Crouvoisier)姓などが存在し、いずれも仏北部に分布。
そのまま、古仏corvis(s)ier,co(u)rvoisier,corveisier,co(u)rvixier,corbesier,corbusier,crovexier,corvusier「靴職人」
8(その他、異形多し)(←後ラcordovesārius)に由来する。この単語は古仏*corveis「コルドバの」という未文証の形容詞に、動作主派生名詞
形成接尾辞-ier(←ラ-ārius)が接続して形成されている
13, 14。恐らく、古プロヴァンスcortves「コルドバの」を介添え
して形成されたとみられる
13。これらの形容詞は、スペインはアンダルシア州の古都コルドバ(Córdoba)の名に、
地名を形容詞化する接尾辞である古仏-eis(←ラ-ensis,-ensem:英Japaneseの-eseや仏Françoisの-oisと同語源)が接続して
形成されており、「コルドバの(革)」、即ち「コードバン(コルドバ革とも:英cordwain,Cordovan)」をも意味していた。コードバン
という語自体は、都市名に別の形容詞形成接尾辞である古仏-an(←ラ-ānus:英Americanの-anと同語源)が接続して生じたもので、
古仏*corveisとは姉妹語の関係にある。従って、これに動作主派生名詞形成接尾辞-ierが接続して生じた本姓は、「コードバン皮革業者、
靴職人」を表わすことになった。
北海道大学農学部畜産科の竹之内一昭(タケノウチカズアキ)助教授の
中世ヨーロッパの皮革業の概説によると、
コードバンは元々ムーア人によって8世紀にリビアからスペインにもたらされた技術で、中世スペインでは主に山羊皮が使用され
好まれたが、羊や犬、稀に狐の皮が用いられる事もあったとの事。鞣し(英tanning)
15の方法も面白いので、少し
竹之内助教授の概説から引用すると、石灰漬け→水漬け→足で踏むのを繰り返す→犬のウンチが入ったぬるま湯に浸す(!)→ふすま液漬け→水絞り→
塩の塗布→いちじく液漬け→染色→日陰で乾燥→ゴマ油の付いた鉄塊でこする→乾燥という工程を踏むそうだ。
コルドバの地名は共和政ローマの文筆家キケローの法廷演説『詩人アルキアース弁護(Pro Archia Poeta)』(紀元前62年)の第26節が文献上の
初出であるらしい(ut etiam Cordubae natis poetis)
16。それに次いで、カエサルの『内乱記(Commentarii de Bello
Civili)』(紀元前52年)2巻19節、大プリニウスの『博物誌(Naturalis Historiæ)』(紀元後77年)34巻4節等に見える。コルドバはカルタゴの武将
ハミルカル・バルカ(Hamilcar Barca:紀元前275~紀元前228)がイベリア半島南部を勢力下においていた時期に建設した都市の一つとされている
(他にはバルセロナやアリカンテが彼による建設と言われている)。地名の語源はフェニキア語のQartuba,Qʾrtubaに由来し、フェニキア*qart「都市、
町」
17+フェニキアJuba「ユバ(人名)」より構成され、「ユバの都市」が原義とする説が有ある
18
。この名称は紀元前230年頃にコルドバの近くで戦死したヌミディア(北アフリカ、現アルジェリア東部に存在した古代国家)の軍司令官ユバ(Juba)の
名を記念して、ハミルカルが名付けたという
19。英Wiktionary
では、このユバをカエサルと戦ったヌミディア王ユバ1世(紀元前85年頃~紀元前46年)と結び付けているが、年代が合わず、同名の
別人物と見る他ない。又、この人名の語頭の半母音[j]が、地名の中では全く痕跡を留めてない点も説得力に欠けている。
他にも幾つか説が提出されている。以下に列挙する。
●ゴンザレス=ジャナ(Manuel González Llana)の説
20
フェニキア語で、「オリーブの実から油を抽出する為の圧搾作業所(molino de aceite, prensa ó almazara)」を意味するCortebaに由来
。西Wikipediaでは綴りがQortebaになっているが、オーストリアのカストナー著の地名本では綴りがqortebになっており、「油の圧搾(Ölpress)」の
語義説明が有る
21。ゴンザレスの著書によれば、有名な語源学者Samuel Bochartが提唱する説として紹介している。
同姓同名のSamuel Bochartという17世紀フランスのプロテスタント系聖書学者がいるが、彼の事だろうか。因みに、フェニキア語でオリーヴは
zet(𐤆𐤕)といい
22、西aceite「オリーヴ」と同語源。Cortebaが何故、「オリーヴ油製造所」の意味になるのか根拠が不明。
●スペイン、コルドバ出身の医学士・歴史研究家ラミレス・イ・デ・ラス・カサ=デサ(Luis María Ramírez y de las Casa-Deza)が提唱する説
フェニキア語のCarta-tuba「良い町(ciudad buena)」に由来する
23。この解釈は第一要素をフェニキア*qart「町」、
第二要素をセム語の動詞語根ṭ-y-b「良い、良くなる」
24(旧約聖書外典の『トビト記』の主人公トビト(Tobit)の名の
語源)に由来すると解釈しているものと考えられる。カストナー(Hugo Kastner)の地名本で、フェニキア語のkarta-tuba「大都市(Grosse Stadt)」
由来とあるのは
21、本説が基になっているのだろう。
●スペインの印欧語学者ビヤル(Francisco Villar:サラマンカ大学)の提唱する説
25
第二要素はフェニキア人到来以前のイベリア半島で「川」を意味すると見られる語ubaに由来すると見る(印欧祖語の*ap-「水」のアプラウト形等とする
説も紹介されているが、不明)。前半要素の由来については決定的な事は解らない。
Wikipediaスペイン語版のコルドバ項ではコルドバの語源に関して様々な説が提出されており、意見の一致は得られていないと
している。いずれにしても、ラテン語起源ではないのは間違いなく、語源は杳として知られない。尚、全く同語源の苗字が中世末期にイタリアでCorbiseriusの形でラテン語史料中に頻出するが、現在は南部カンパーニア州で、
コルビシエーロ(Corbisiero)という語形の珍しい名字として残っている
26。
[Morlet(1997)p.239, Germain et Herbillon(2007)p.260, Mergnac(2000)p.106, Cellard(1983)p.183, ONC(2002)p.146]
1 http://www.pierre-abelard.com/pat-chartes%20latines.htm
2 Charles Métais "Cartulaire de l'abbaye cardinale de la Trinité de Vendôme. vol.2"(1894)p.6
3 Bertrand de Broussillon "Cartulaire de l'Abbaye de Saint-Aubin d'Angers."(1903)p.72
4 http://elec.enc.sorbonne.fr/cartulaires/html/Paris-S-Martin-des-Champs/Paris-S-Martin-des-Champs_0044.html
5 http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k415310p/texteBrut
6 http://www.cn-telma.fr/originaux/charte3618/
7 "Mémoires de la Société archéologique de Touraine. vol.22 Cartulaire de l'abbaye de Noyers."(1872)p.593
8 Godefroy(1880-1902)vol.2 p.321
9 Henri Stein "Le Bibliographe moderne: courrier international des archives et des bibliothèques."(1908)p.202
10 Société d'histoire et d'archéologie de la Lorraine "Documents sur l'histoire de Lorraine: Wichmann, K.A.F.
Die Metzer Bannrollen des dreizehnten Jahrhunderts. vol.5"(1908)p.337
11 ibid. p.410
12 ibid. p.422
13 "Actes de la société jurassienne d'émulation."(1945)p.124
14 Paul Lebel, Charles Rostaing "Les Noms de personnes en France."(1946)p.89
15 動物の皮は、そのままでは腐敗したり、乾燥して硬化してしまう。これを防ぐための加工を鞣しという。紀元前から用いられている
世界中で最もポピュラーな方法は、植物の苦み成分であるタンニン(英tannin:←英tan「鞣す」)というポリフェノールの液に浸す方法。
タンニンはタンパク質と結合しやすく、結合するとタンパク質は変質する。タンニンのこの性質は、昆虫等の捕食者の消化酵素から身を守ったり、
病原菌の感染を防ぐために植物が獲得したものだった。これが皮の中にあるコラーゲンと結合し、皮を柔らかくし、また繊維間に
存在することで防腐効果を発揮する。これ以外にも、塩漬けにしたり、燻したり、叩いて繊維をほぐしたり、乾燥させたりと、大体30程の工程を
経て皮なめしが行われる。
16 http://www.thelatinlibrary.com/cicero/arch.shtml
17 http://web.archive.org/web/20071217215839/http://www.bartleby.com/61/roots/S243.html
18 http://en.wiktionary.org/wiki/C%C3%B3rdoba
19 http://es.wikipedia.org/wiki/Historia_de_C%C3%B3rdoba_(Espa%C3%B1a)
20 Manuel González Llana "Crónica de la provincia de Córdoba."(1867)p.6
21 Hugo Kastner "Von Aachen bis Zypern: geografische Namen und ihre Herkunft."(2007)p.82
22 http://www.canaanite.org/dictionary/index.php?a=term&d=18&t=583
23 Luis María Ramírez y de las Casa-Deza "Indicador cordobés, ó sea Manual histórico-topogŕafico de la
ciudad de Córdoba."(1867)p.9
24 http://web.archive.org/web/20071217123745/http://www.bartleby.com/61/roots/S378.html
25 Francisco Villar "Indoeuropeos y no indoeuropeos en la Hispania prerromana."(2000)p.119-177
26 http://cognome.alfemminile.com/w/cognomi/cognome-corbisiero.html
更新履歴:
2015年2月23日 初稿アップ