デンマークの地名Luderup、スウェーデンの地名Löderupに由来。いずれも「Ludde(人名:←ゲルマン*χlūðaz「名高い」)の村・農場」の意。
heredes domini Swononis de Ludathorp presbiteri(1383年Lund(スウェーデン、スコーネ県))
1, 2=
domini Swenonis, presbyteri, de Ludarp(1300年代後半(?)
3Lund(下掲写真参照))
4, 5
Jorgen Lautrupp(1675年、場所不明)
6
Lautrupp(1707年København:ファーストネーム記載無)
7
[上掲1300年代後半(?)の古文書を編集掲載した叢書における釈文。]
[実際の古文書『ルンド古寄進帳(Liber daticus Lundensis vetustior)』第104葉r.(該当部分)の紙面。矢印の部分の欄外書き込みの中に、
問題の人名が見える。]
[問題部分の拡大(字が小さすぎて、とっても不鮮明…(汗))。一応下線部分が上掲の人名該当部分(dominiはdnと略記されている模様)。]
地名姓。デンマークのサッカー選手、サッカー指導者ミカエル・ラウドルップ(Michael Laudrup:1964.6.15 København(コペンハーゲン)~)の姓。
実際の発音では殆ど
ミヒェル・ラウトロプと発音されているように聞こえる。
シェラン島北東部のフレーゼンスボー(Fredensborg)町やデンマーク南東部のグルボソン(Guldborgsund)市に多い珍しい姓である。
同源異綴の姓に、ラウトロプ(Lautrup:デンマーク南西部に多い)、ラウトロプ(Lautrop:コペンハーゲンに多い)、レドロプ(Lødrup:シェラン島東部ソールレズ
に多い)がある。これら4姓のうち、Lautrup姓が最も人数が多い。
姓は以下の二か所の地名のいずれかに由来する。後述するように、どちらも同語源である。
●スウェーデン南端部スコーネ県南東端、ユースタード(Ystad)市(旧インゲルスタード(Ingelstad)郡に属す)内の小集落名
レーデルップ(Löderup)
Löderup(1293年)
8
quandam curiam in
Ludethorp sitam, ...(1300年)
9
Luddarp(1413年)
10
Lödherp(1491年)
8
Lödderup(1569年)
10
Lydderup(1651年)
10
Lyderup(1651年)
10
スウェーデンは、カルマル同盟(1397年)により
デンマークの支配地となり、1523年のスウェーデンのヴァーサ朝が起こるまでその領土であった。この間の人的往来により、スウェーデン南端の
地名が姓としてデンマークにもたらされた可能性がある。尚、上掲姓の古形で上げた1383年の初出の地名姓は、この地名にちなむ。
●デンマーク東部シェラン行政区域ネストヴィズ(Næstved)町リスリウ(Rislev)の小地名
ルーゼロプ(Luderup)
in
Lothorp(1259年)
11
in
Luderop(1266/1333年)
12
in
Ludethorp(1279年)
13
qvæ habuit in
Lutæthorp(13世紀末~14世紀初頭)
14
Lothorp(1313年)
15
in
Luderup(1340年)
12
Item i Thydebiergsherret i
Lwdhæthorp i gaardh(1348年)
16
Riislöffue Kirke solde oc ... æng po
Luderoppe mark.(1472年)
17
Ludrop(1492年)
18
あまりに小さな地名のため、Google Mapの最拡大図でも掲載されていない。
地名の原義はいずれも「Ludde(人名)の村」
19。人名Luddeは更に古くは*Lutiの語形に遡るとされる
19。
古期英語に、以下の同語源の男性名が見つかる。
●Luda:883年、ウスターシャー
20
●Ludda:エゼルレッド2世時期(978~1016年の間)
20
●Lude
20, 21
●Ludi:『ドゥームズデイ・ブック』(1086年)に二見(ヘレフォードシャー、シュロップシャー)
22, 23
●Ludo:『ドゥームズデイ・ブック』に七見
23
これらの語形から、古東ノルド語(デンマーク語やスウェーデン語の先祖)に*Ludiという形の男性名が存在したことが、論理上想定可能である。
Luddeという男名はこの*Ludi(更に古くは*Luði)の後裔と考えられる(ð→dの変化は
トクヴィル(Tocqueville)参照)。
これらの人名は、ゲルマン*χlūðaz,*χlūþaz「聞こえた、名高い」
24に由来する人名の短縮形・愛称形であった。
地名の第二要素は、スウェーデンtorp「農場、農家の家屋、小作地」
25,デンマークtorp「村」(英thorp,独Dorf「村」と同語源)である。
ここから、地名の祖形は*Luðaþorp、*Ludatorp(*Luða,*Ludaは男名*Luði,*Ludiの単数属格形)であったと想定できる(古形Ludethorpはこれを反映
26)。
torpが第二要素に来る地名はデンマーク・スウェーデンに数多く存在するが、-rupや-ropの形に変形していることも多い。この変化の条件は
調べてみたものの今一解らなかった。ただ傾向として、語源的に前半要素が強変化属格語尾の-s等、無声子音で終わる場合は-torpや-trop、-trupの
形でtが保存される事が多く、第一要素が-nで終わる場合は歴史上の古形では-dorp、-drop等、d-を持つ同化形で表れる事が多く(後に個々の地名で
様々な変遷を辿ったらしく、現名ではd-保存タイプと消失タイプ等の形で現れる)、逆に母音で終わる場合は-rupや-ropの様なt-消失タイプが
多い(但し、例外もしばしば見られる)。上掲の地名の変遷をみると、かなり早い時期にt-を失った形が現われており、祖形*Luðaþorp、*Ludatorp
から、-d-t-と二連続する歯茎破裂音の後者の-t-が重音消失(haplology)により*Ludarp、*Ludorpの様な形に転訛したのではないかと思う。
ここから後半要素に含まれる-r-の音位転換や、-trupや-tropの様なt-保存タイプの地名との類推からLuderupの様な形が生じたのではないかと
邪推する(北ゲルマン語の地名の変化は、私自身良く解っていないので、今後考えが変わるかもしれません。あくまで、現時点での私の見解です)。
ミカエル・ラウドルップの姓の場合、最初の母音が二重母音-au-になっているのは、ドイツ語の影響か。
1 Kristian Sofus August Erslev, William Christensen "Repertorium diplomaticum regni Danici mediævalis. vol.2"(1898)p.252
2 Herluf Nielsen "Diplomatarium Danicum. vol.4 part.2(1380-1385)"(1998)p.261
3 古文書に欠落があるのか年数の表示が無い。但し、月日は判明しており、10月5日の日付。
4 "Libri memoriales Capituli Lundensis: Lunde domkapitels gavebøger."(1889)p.254f.
5 http://laurentius.ub.lu.se/cgi-bin/image-range-db.cgi?volume=Mh_7&start=8r&end=140v
6 https://archive.org/stream/personalhistori00steegoog/personalhistori00steegoog_djvu.txt
7 http://192.124.243.55/cgi-bin/gkdb.pl?x=u&t_show=x&wertreg=PER&wert=lautrupp++%5BSonstiger%5D&reccheck=,121138
8 Axel Falkman "Ortnamnen i Skåne: Etymologiskt försök."(1877)p.157
9 "Libri memoriales Capituli Lundensis: Lunde domkapitels gavebøger."(1889)p.271
10 "Arkiv för nordisk filologi. vol.47"(1931)p.161
11 Jacob Langebek "Scriptores rerum danicarum Medii Aevi, partim hactenus inediti, partim emendatius editi. vol.4"(1776)p.498
12 ibid. p.402
13 ibid. p.512
14 ibid. p.322
15 ibid. p.516
16 Tyge Alexander Becker, C. Plesner, Anders Thiset, William Christensen "De aeldste danske archivregistraturer. vol.1"(1854)p.128
17 脚注11の文献p.394
18 Jens Peter Trap "Danmark: pt. 1. Praestø amt. pt. 2. Bornholms amt. pt. 3. Maribo amt."(1955)p.246
19 Oluf August Nielsen "Olddanske personnavne."(1883)p.63
20 Searle(1969)p.340
21 Searle(1969)p.340にKCD 461からの抽出の旨、出典が明示してある。KCD、つまりケンブル(John Mitchell Kemble)編纂の古文書叢書
"Codex diplomaticus aevi saxonici."(1839)のp.461か
#461(CCCCLXI)に記載があるものと見られるが、私自身は見つけられなかった。
22 http://www.pase.ac.uk/jsp/DisplayPersonBySource.jsp?personKey=-27888&pr5=1#pr5
23 K. S. B. Keats-Rohan、David E. Thornton "Domesday Names: An Index of Latin Personal and Place Names in Domesday Book."(1997)p.132
24 http://www.koeblergerhard.de/germ/germ_h.html
25 http://sv.wiktionary.org/wiki/torp
26 但し、この古形は記録された時期に比べて綴りが古風なため、英語やアイスランド語の影響、或いは当時残されていた
地名の更に古い時期の綴りを反映させたなど、人為的な理由が絡んだものかも知れない。
更新履歴:
2015年2月21日 初稿アップ