Lacan ラカン(仏)
概要
定冠詞laと古オックcalm「荒地、高原、乾荒原」がくっついて生じた。「高原・荒地の住人」の意。又、同源の地名より。
詳細
Guillaume Lacan, ..., Renault Lacan(1443年Bourges(シェール県))1
Henri Lacalm(1486年Calvinet(カンタル県))2
Alric Lacalm(1486年Calvinet)3
Jehan Lacalm(1538年Puylaroque(タルン=エ=ガロンヌ県))4
Anthoine Lacam(1583年La Canourgue(ロゼール県))5
Mᵉ Jehan Lacam(1604年Cessenon-sur-Orb(エロー県))6
M. Guérin Lacamp(1615年Armissan(オード県))7

居住地姓、地名姓。フランスの哲学者ジャック・ラカン(Jacques Lacan:1901.4.13 Paris~1981.9.9 同地)の姓。 分布は仏南部のアヴェロン県に集住し、当県特有。1891-1915年の統計では全国503件のうち190件が当県の記録。

古オックcalm≪女性名詞≫「(ヒース・シダなどの野生の低木しか生えない)荒地、高原、乾荒原(lande, plateau, désert)」8に、 定冠詞女性形laが前置して膠着して生じた。即ち、「荒地・高原(の住人)」の意。又、同語源の地名に由来する。以下に挙げるように現在8ヵ所確認したが、 これ以外にも数多く存在する(存在した)と見られる。

ラカン(Lacalm)(発音注意!)(仏南部アヴェロン県ロデーズ(Rodez)郡カルラデーズ(Carladez)小郡の村)
ipsum comitem possessione quarumdam herbarum de la Calmp(1267年)9

初出記録で前置しているherbarumはラherba「草」の複数(属格)形で、ここでは「牧草地」を表している9。Lacalmの綴りでLacanと 同じ発音である事に注意。

サン=タントナン=ド=ラカン(Saint-Antonin-de-Lacalm)(仏南部タルン県アルビ(Albi)郡ル=オー= ダドゥー(Le Haut Dadou)小郡の村)

ラカン=ドゥルセ(Lacam-d'Ourcet)(仏南部ロット県フィジャック(Figeac)郡セール=エ=セガラ(Cère et Ségala)小郡の村)

ラカン(Lacam)(仏南部ロット県フィジャック郡サン=セーレ(Saint-Céré)小郡ルブルサック(Loubressac)村の小地名)

ラカン(Lacam)(仏南西部ロット=エ=ガロンヌ県ヴィルヌーヴ=シュル=ロット(Villeneuve-sur-Lot)郡ぺ=ド=セール(Pays de Serres)小郡マスル (Massels)の小地名)

ラカン(Lacamp)(仏南部ガール県ル=ヴィガン(Le Vigan)郡ル=ヴィガン小郡ロクデュール(Roquedur)村の小地名)
villa Calmes(912年)10
mansus de la Calm(1417年)10

ラカン(Lacan)(仏南部ガール県 アレ(Alès)郡アレ1(Alès-1)小郡アンデューズ(Anduze)村の小地名)

ラカン(Lacan)(仏南部エロー県 ベズィエ(Béziers)郡サン=ポン=ド=トミエール(Saint-Pons-de-Thomières)小郡ヴェリュー(Vélieux)村の小地名)
サン=ポン=ド=トミエール小郡を扱ったサイトにヴェリュー村の古地図が掲載されており(年代不明)、そこにはCamp de Velieuxとある。

尚、古オックcamp「畑」11は同源の仏champ「畑」と同様男性名詞なので、女性定冠詞laは採らない。本姓とは無関係である。
[Morlet(1997)p.563, Cellard(1983)p.257]
◆古オックcalm「荒地、高原、乾荒原」←後ラcalma「木のない高原」(仏chaumes「未耕作地、荒野、≪ヴォージュ方言≫山中の草の少ない痩せた牧場」, スイス西部高地方言tso「山頂付近の急斜面にある牧場」,独≪Simmental方言≫galm「山頂(Bergkuppe)」12) ←ラテン語以前の土着語語根*calm-「石や岩の多い高原」13

同語源の仏chaumes「未耕作地」は1150年頃に初出で、フランス北東部(ヴォージュ県、ジュラ県)から 中部にかけては「山中の地面が剥き出した高地」の意で用いられている。後ラcalma「木のない高原」は663年(11世紀写本)の文書に calmisの語形で地名中の名詞としての用法で現われている。紀元前500年頃、南仏や北イタリアで話されていた印欧語の一語派であるリグリア語に carmo「山、山頂」という語が知られており、この語との関係も示唆されている14。それ以外にも様々な仮説が提出されており、 例えばゴール語からの借用と見なす説も有る15。 私の思いつきだが、古ノルドkolmr「小島、海岸沿いの草地」,ラculmen「頂上」と同根で、PIE*kel-「突き出る(to prominent)」を語根としているように見える。 尚、中仏calme「(天候について)穏やかな事、凪」(>英calm「静かな」),(古)伊calma「無風、凪、静けさ」は別語源で、語源上無関係。
1 "Ordonnances des rois de France de la troisième race. vol.3"(1782)p.383
2 Charles Bauchal "Nouveau dictionnaire biographique et critique des architects franc̜ais."(1887)p.321
3 Émile Cance "Villeneuve la Crémade: cité du Moyen âge."(1954)p.91
4 Rodolphe Dareste, Charles Ginoulhiac "Revue historique de droit français et étranger."(1923)p.18
5 Ferdinand André "Docunments relatifs à l'histoire du Gévaudan. part.2 vol.1"(1876)p.128
6 Jean Segondy "Cessenon-sur-Orb."(1949)p.435
7 M. Germain Mouynès "Inventaire des archives communales antérieures à 1790. vol.4"(1877)p.640
8 Levy(1909)p.60
9 Auguste Émile Louis Marie Molinier "Correspondance Administrative D'Alfonse de Poitiers. edit. 5, vol. 1."(1894)p.87
10 Nègre(1990)p.77
11 Levy(1909)p.61
12 Louis-Fernand Flutre "Recherches sur les Éléments prégaulois dans la toponymie de la Lozère."(1957)p.65
13 小学館ロベール仏和大辞典p.437
14 http://www.cnrtl.fr/etymologie/chaumes
15 ONC(2002)p.123

更新履歴:
2016年5月12日  初稿アップ
PIE語根L-a-can: 1.*al-¹「~を越えた向こう側に」; 2.*-ā-² 女性名詞形成接尾辞; 3.語源不明

Copyright(C)2010~ Malpicos, All rights reserved.