Kipling キプリング(英)
概要
①イングランド北部の地名キプリン(Kiplin:「*Cyppel(人名)一族の(土地)」の意)より。*Cyppelは古英cȳpa,copp「容器」の指小形由来か。
②英北東部の地名キプリングコウツ(Kiplingcotes:「*Cybbel(人名:←語源不明)の小屋」の意)より。
詳細
イギリスの小説家、詩人ジョゼフ・ラドヤード・キプリング(キップリング)(Joseph Rudyard Kipling:1865.12.30 Mumbai(インド、マハーラーシュトラ州) ~1936.1.18 London)の姓。父親のジョン・ルックウッド(John Lockwood Kipling:1837~1911)はイングランド北部ノース・ヨークシャーのピカリング (Pickering)出身。イングランド北部のダラム州やノース・ヨークシャー州に多い姓で、ジョン・ルックウッドも集住地の出である。ONCによると、 以下の二つの地名に由来する説が挙げられているが、分布から見て①単一起源と見て良いだろう。
James Kiplynge (1564年Thirsk(ノース・ヨークシャー州ハンブルトン))1

①ノース・ヨークシャー州ハンブルトン(Hambleton)管区北部のキプリン(Kiplin)行政教区の地名に由来する。地名の変遷は以下の通り。
Chipeling(1086年:DB)2, 3
Kepling(1205年)2
Kipeling(1208/1301年)2
Kypplyng/Kipplinge(1285年)3

古期英語の個人名*Cyppelに所属を表す接尾辞-ing-が接続して生じた地名で、「*Cyppel一族の(土地)」を意味するとされる 4。個人名*CyppelはCyppa5という古期英語の男子名の愛称形。男名の語源は明らかで ないが、リーニーはゲルマン*kupp-「膨らむ、膨らんだ」由来説を挙げている(元はテングヴィク(Gösta Roland Tengvik)という学者の説) 6。従って、*Cyppelは「小太りの男」を意味する渾名だと考えられる。或は又、古英cȳpa,cȳpe,copp「容器、籠」 7(←ラcuppa,cūpa,cōpa「コップ、杯、桶、樽」)に由来する名前かもしれない。恐らく、前者のゲルマン *kupp-「膨らむ」も古英cȳpa,cȳpe,copp「容器」と同様、ラテン語からの借用であろう。ゲルマン祖語に遡るほど古い語ではないと思う。尚、元々、 地名の語頭子音は硬口蓋化の為[tʃ]の音であったが、バイキングのノルド語の影響により[k]に交替した3

又、ハリソンによると地名は英≪北部方言≫kip「とがった丘(pointed hill)」(cogn.独Kippe「かど」)と英≪北部方言≫lin(n)「急流、滝」による とするが、地名の古形と合わず、誤りであると考えられる。ただ、地名の語源となった人名*Cyppelがkip「とがった丘」と関連が有る可能性はある だろう。いずれにしても、確実な語義など把握できない。cf.ショーペンハウアー (Schopenhauer)
[ONC(2002)p.345, Harrison(1912-1918)p.254, https://www.surnamedb.com/Surname/Kippling]
Jollano de Kiblingcotes(1130~38年Holme on the Wolds(イースト・ライディング・オブ・ヨークシャー))8

②イングランド北東部イースト・ライディング・オブ・ヨークシャー(East Riding of Yorkshire)ドールトン・ホーム(Dalton Holme)行政教区の小地名 キプリングコウツ(Kiplingcotes)に由来する。地名の変遷は以下の通り。
Climbicote(1086年:DB)3, 9, 10
Clinbicote(1086年:DB)3, 9
Kiblincotes(1190~1210年)3
Kibelincotes/Kybblingcotes/Kyblingcotes(1285年)3
Kiblingcotes(1303年)3

土地台帳『Domesday Book』(1086年)の初出形は誤記か。一般的には、古英*Cybbel(男名)に所属を明示する接尾辞-ing-と古英cote「小屋」 7で形成された名で、「*Cybbel(人名)の小屋」の意とされる4。*Cybbelは古英Cybba(男名) 11の愛称形。恐らく上掲の男名Cyppaの異形と思われる。
[ONC(2002)p.345]
余談だが、平凡社の新書シリーズから出版されている辻原康夫『人名の世界史』 (2005)p.60では「ニシン加工業者」を意味するとしている。その理由について根拠が示されていないが、恐らく英kipper「産卵期の雄鮭、干物・燻製にした鰊(鱒・鮭)」 からこじつけたものと考えられる。この解釈は辻原氏自身による発案であろうか?。本姓をこの様な職業姓と見なす説は、他の文献では見られない。 ただkipperと関係づける説は海外でも無い訳ではない。ウィーンの高校(Gymnasium)で地理・経済学・ 英語・マネージメント・チェスの教師をされているカストナー(Hugo Kastner)氏12も、自身の著書(2007年出版)で上記の地名は中英kypre「鮭(Lachs)」、或いは古英cyp「丸岡(runder Hügel)」に 由来するという説を披露している13(「鮭」の方が古期英語から見られる古義で、「燻製ニシン」の意は14世紀に初出)。両者の主張の一致は偶然だろうが、 kipperの末尾の-r-はどこに行ったのだろう。御両人は好き勝手に単語を切り張りしているようだが、この様な事をしてしまうといくらでも自分の好きなように 解釈出来てしまう。とても感心できないスタンスだと私は思う。尚、古英cyp「丸岡」という単語は、他の資料でその存在が確認出来ないが、 上掲のハリソンが挙げている英kip「尖った丘」と関係が有ると思われる。
1 https://www.surnamedb.com/Surname/Kippling
2 "Skrifter utgivna av Humanistiska vetens-kapssamfundet. vol.6"(1962)p.75
3 Eilert Ekwall "English Place-names in -ing."(1923)p.95
4 ONC(2002)p.345
5 Searle(1967)p.160
6 Reaney(1995)p.266
7 http://www.koeblergerhard.de/ae/ae_c.html
8 William Farrer "Early Yorkshire Charters. vol.2"(2013)p.301
9 http://discovery.nationalarchives.gov.uk/SearchUI/Details?uri=D7311901
10 http://domesdaymap.co.uk/place/SE9047/kipling-cotes/
11 Searle(1967)p.152
12 http://www.amazon.de/Hugo-Kastner/e/B00458HR7M
13 Hugo Kastner "Von Aachen bis Zypern: geografische Namen und ihre Herkunft."(2007)p.395

更新履歴:
2014年12月26日  初稿アップ
PIE語根Kip-l-ing: 1.(?)*keu-²「曲げる;球体」; 2.*-lo-指小接尾辞; 3.*-ko- 形容詞・名詞形成接尾辞

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