Ibsen イプセン(デンマーク、スウェーデン、ノルウェー)
概要
旧約聖書の登場人物Jakobに由来する古い北欧の男名Jeppeに、デンマークsøn,ノルウェー,スウェーデンson「息子」が接続して生じた。
詳細
her Andreas Jacobesson(1376年、デンマークの騎士)1her Andres Yebsson(1376年、同職) 2her Anders Jacoppesson(1398年、同職)3Anders Ieepsson (1396~1413年、デンマーク)4her Anders Iæyepsøn Lwngæ riddere (1413年、デンマーク、ユトランド)5her Anders Ieyæpssøn Lungæ riddere... her Anders [Ie]yæpssøn(1414年、デンマーク)6her Anders Jeipsøn Lunges aruinge (1429年、デンマーク:aruingeは相続人の意)7
her Folmar Jacoppesson(1398年、デンマーク)3Folmar Ieepsson(1396~1413年、デンマーク) 4her Folmer Iæppsøn ridder(1413年Falster(デンマーク、シェラン島南部):騎士) 8
Pæther Iepssøn(1413年Birkum(南デンマーク地域Odense))9
Peder Jepsen(1435年Nyborg(デンマーク、 南デンマーク地域))10
Therchillus Jepson(1416年Lem(デンマーク、中央ユラン地域Ringkøbing-Skjern))11
Nicolai Jeipssøn(1420年Kolding(南デンマーク地域))12
Sommer / vnde Eskel Jeyppesson(1423年Ribe(南デンマーク地域Esbjerg))13
Janik Jeebsøn(1425年Ribe(南デンマーク地域Esbjerg):市会議員)14
Niels Jeepssøn j Scaroltæ(1427年Skarhult(スウェーデン、スコーネ県Eslöv):裁判官)15
Matts Jebenson(1441年Tyrstrup(デンマーク、セナーユラン県Haderslev))16
Oluff Jeipsen(1515年København(デンマーク))17
Alberdt Gypsen(1525年(?)Gotland(スウェーデン))18Albrecht Jibssen(1528年Falsterbo(スウェーデン、 スコーネ県))19
Jes Jepsen(1529年Malmö(スウェーデン、スコーネ県))20
Jes Jepsen ... Jes Jeppsen(1529年København(上記と同一人物?))21
Niels Jeipssen(1532年Helsingborg(スウェーデン、スコーネ県))22
Magenus Jibſſen(1535年、デンマーク?23)24
Hanß Jepßenn i Bramdrop(1661年Bramdrop(デンマーク南部Haderslev市))25
Cathrin Jipßen(1677年Gammelund(独シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州))26

父称姓。ノルウェーの2014年の統計では134件しか確認されていない珍しい姓で27、電話帳サイトによると分布は オスロ市の31件、アウスト・アグデル県の16件など南部に多い。姓は発音記号が載っているサイトを見るとイブセン[ˈɪbsən]の読みも有るようである 28。因みに、発音サイトのforvoのネイティブの発音はイプスンと聞こえる29。ノルウェーの 劇作家ヘンリク・ヨーハン・イプセン(Henrik Johan Ibsen:1828.3.20 Skien(テレマルク県)~1906.5.23 Kristiania(オスロ市))の姓。同源異綴の 姓にイプセン(Ipsen:稀姓、ムーレ・オ・ロムスダール県に多い)が有る。

この姓はノルウェーよりもデンマークに多く、古い記録もデンマークのものが多い。デンマーク姓のIpsenは北東部のボーンホルム (Bornholm)島に異様に集住する地域特徴の強い名前で、Ibsen姓はデンマーク全域に満遍なく散らばり特定の集住地は見られない。デンマークの 国勢調査によると、Ipsen姓1971件、Ibsen姓2678件である。スウェーデンでは電話帳サイトによるとIpsen姓112件、Ibsen姓71件、Ibsson姓2 件、Ipsson姓1件登録有り。ドイツでは電話帳ではIpsen姓256件、Ibsen姓64件見え、いずれも北部のシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州に 集住す。元よりデンマーク系であろう。劇作家ヘンリク・イプセンの祖父Rasmus Ibsen(1632–1703)はデンマーク、ムーン島(Møn)の町スティーイ (Stege)の出身30で、この劇作家も元々はデンマーク系である。Rasmusは船長だった。その息子Peder(劇作家の父)も 船長で、商人でもあった。Pederはベルゲンの市民権を獲得し、そこに居着いた。

姓の語源は旧約聖書の登場人物に因む男子名ヤコブ(Jakob:原義は「かかと」 とも言われるが不詳、cf.ムッソリーニ(Mussolini②))の短縮形Ibに、「息子」(ノルウェーson,sønn,デンマークsøn, スウェーデンson)31を意味する語が接続したものと説明されている30, 32。直接的には Ibに因むという解釈だが、これは異論の余地が有る。実際にはIbなどという男子名はノルウェーとデンマークの古文書校訂本("Diplomatarium Norvegicum."と"Diplomatarium Danicum."シリーズ)では使用例が確認出来ない。*Ib(b)e、*Ip(p)(e)という近似綴りでも発見出来ない。上掲の 姓古形欄に挙げたように語頭にJ-を持つ形の方が古く、更に時代を遡ると第一音節の母音がiではなくeで現われる頻度が高い。更に、15世紀 前半からノルド語圏でJeppeという男子名が用いられていた事が多くの記録から見つかる。以下に例を挙げる。

en man hiedær Iæippæ(1413年Lidemark(デンマーク、シェラン島))8
Jappæ Therchilson(1416年Lundenæs(デンマーク、中央ユラン地域Ringkøbing))11
Jeppæ Nielson(1416年Dejbjerg(デンマーク、中央ユラン地域Ringkøbing-Skjern))11
Jæp Ionsøn(1424年Randers(デンマーク中部))33
Jeppe Sigherson(1428年Näs(スウェーデン、イェムトランド県))34Jæppe Sigherson (1434年、スウェーデン、イェムトランド県)35Jeppe Sigvordson(1516年、ウェーデン、イェムトランド県) 36
Jeppe Laurenson(1431年、スウェーデン、イェムトランド県Side37)38Jæppe Laurisson Sundwis(1438年イェムトランド県)39Jeppe Laurisson(1440年Frösön(スウェーデン、 イェムトランド県))40
Jeppe Drake(1439年Västerås(スウェーデン、ヴェストマンランド県))41
Jeppe Schroder(1446年Kiel(独シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州))42
Jeppe Jensson(1465年Heggen(ノルウェー、ブスケルー県Modum市))43
Jep Vnckerssenn(1525年Odense(デンマーク、シェラン島))44
Iep Iwde(1529年Senja(ノルウェー、トロムス県))45
Jeppe Schoninck(1514年Rostock(独メクレンブルク=フォアポンメルン州))46

これらの用例から*Ibという古い文証の無い名前ではなく、ノルド語圏で中世末期から用例の有る男名Jeppeから作られた父称が元になっていると見る方が適当である。 恐らく、Jepsen→Jipsen→Ipsenという風に第一要素の母音/e/が直前の半母音/j/に同化して/i/に転じ、更に/ji/が単純な/i/に合一した のだろう。音韻的にも自然な現象で、この様な現象を硬口蓋化(英palatalization)という。但し、現代ではIbという男子名は特にデンマークで 使用されている事は注意される47。これは上記の音韻変化により後にIbに転じたのだろう。Ipsen&Ibsen姓からの逆成や 影響も有るかも知れない。旧約聖書の人名Jakobはノルド語圏でも早くから使用が確認できる。以下に用例を挙げる。

Jacob Trolsson(1319-1320年Tønsberg(ノルウェー、ヴェストフォル県))48
Jacob Juthe(1319-1320年Tønsberg(ノルウェー、ヴェストフォル県))48
Jacobus diuina prouidencia episcopus Bergensis(1384年Bergen(ホルダラン県):ベルゲン司教)49Jacobus Bergensis(1389年Bergen)50Jacob med guds næd biskop j Bergvin(1390年Bergen)51
Jæcobs Peterssons(1404年Oslo(ノルウェー))52Jacoper Petersson(1405年Oslo)53
Jacob Trugelson(1551年Tønsberg(ノルウェー、ヴェストフォル県))54Jacob Trwelson(1555年Tønsberg)55

多くの用例が確認されるが、JacobとJeppeの同一人物内における互換用例は殆ど確認出来ない。私が今の所確認している互換用例は、 一番最初に挙げた14世紀のデンマークにおける姓の初出で、Jacob-とYeb-の言い換えが見られる。Jacobからどの様にこれらの名前に変化したのか。 Jacobの古ノルド語借用形Jakauprから古スウェーデン語形Japerが生じ、更に短縮してJap、Jeip、Jep(pe)の男名が派生したとする説明が一応有る 56

他にも、Jeppe、Jebは古高独geba「贈り物」を第一要素に持つ男名の短縮名Geboに対応するドイツ北部方言形に由来する可能性が有りえる(軟口蓋破裂音 k/gはドイツ語圏北部では半子音/j/と入れ替わる事が有る(例:独姓Jaspers←男名Kaspar))。ただ、古ザクセンgeva,geƀa「贈り物、恩恵」 57等の形から解るように、第二子音の音が合わない為、少々難が有る。又、ゲルマン*īwō「イチイ(の木)」 58から生じたドイツ語の男名Ivoからの派生説も有るが59、これはJe-の形を説明出来ないので 更に無理が有る。他にも、ドイツ人の男子名Hil(de)bert(「戦い+明るい」の意)の短縮形Ibbに由来するとの説も有るが60、 やはりJe-の説明が困難なため、首肯し難い。-pp-というノルド語は元よりゲルマン諸語では珍しい音を持っている名前なので、ゲルマン語本来語起源で なくJacobという外来語に因むと見た方が、やはり無難と思われる。そうなると、旧約聖書の他の登場人物名であるJobも候補に挙がるが、Jacobよりも マイナーで使用例も恐らく遅い時代に始まる名前であろうから、可能性は極めて低い。
[ONC(2002)p.294]
1 "Codex diplomaticus Lubecensis. vol.4"(1873)p.339
2 ibid. p.341
3 "Codex diplomaticus Lubecensis. vol.4"(1873)p.765
4 Andreas Frederik Krieger "Antislesvigholstenske fragmenter. vol.4"(1851)p.86、 http://diplomatarium.dk/dokument/13960301001
5 http://diplomatarium.dk/dokument/14130312001
6 http://diplomatarium.dk/dokument/14140131001
7 http://diplomatarium.dk/dokument/14290602001
8 http://diplomatarium.dk/dokument/14130404001
9 http://diplomatarium.dk/dokument/14130320001
10 http://diplomatarium.dk/dokument/14351111001
11 http://diplomatarium.dk/dokument/14160601001
12 http://diplomatarium.dk/dokument/14200511001
13 http://diplomatarium.dk/dokument/14230717001
14 http://diplomatarium.dk/dokument/14250717001
15 http://diplomatarium.dk/dokument/14270726001
16 http://diplomatarium.dk/dokument/14410326001
17 "Diplomatarium Norvegicum. vol.10"(1878)p.449
18 "Hanserecesse: 1477-1530. Abt. 3. vol.9"(1913)p.163
19 ibid. p.628
20 "Diplomatarium Norvegicum. vol.11"(1882)p.588
21 ibid. p.590
22 "Diplomatarium Norvegicum. vol.10"(1878)p.672
23 記録地不明。直前の段落にはHalmstedt(恐らくスウェーデン、スコーネ県Halmstad)、Kiøpnehagenn(コペンハーゲン)、 Weſtterwiig(恐らくスウェーデン、カルマル県Västervik)、Dantzick(グダニスク)等の大都市名が見える。
24 "Danske magazin indeholdende Bidrag til den danske Histories og det danske Sprogs Oplysning. vol.5"(1857)p.323
25 http://jysk.au.dk/fileadmin/www.jysk.au.dk/publikationer/centrets_publikationer/brusk_herred/brusktingbog1661.pdf
26 http://www.jessen-hansen.com/ahnen/P0001478.htm
27 http://www.ssb.no/navn/
28 http://www.thefreedictionary.com/Ibsen
29 http://ja.forvo.com/word/henrik_ibsen/#no
30 http://en.wikipedia.org/wiki/Ibsen_(family)
31 http://en.wiktionary.org/wiki/Appendix:Proto-Germanic/sunuz
32 http://www.ancestry.com/name-origin?surname=ibsen
33 http://dd5rk.dsl.dk/diplom/14240207001
34 "Diplomatarium Norvegicum. vol.3"(1855)p.501
35 ibid. p.520
36 ibid. p.770
37 Sideの位置は不明。喪失地名かもしれない。イェムトランドにあったのは校訂本の指摘から確かである。校訂本の原文では wæstra Siidhoに作る。付近にはwæstra Diulo(j Diulomの綴りも見える。現代語形はDjuleとして再現)という地名が有った。
38 "Diplomatarium Norvegicum. vol.3"(1855)p.509
39 ibid. p.533
40 ibid. p.548
41 Bror Emil Hildebrand "Diplomatarium Svecanum. vol.3 part.1"(1842)p.714の脚注2
42 Bahlow(2002)p.250
43 "Diplomatarium Norvegicum. vol.10"(1878)p.179
44 "Diplomatarium Norvegicum. vol.4"(1857)p.797
45 "Diplomatarium Norvegicum. vol.7"(1869)p.731
46 ibid. p.518
47 http://www.nordicnames.de/wiki/Ib
48 "Diplomatarium Norvegicum. vol.4"(1857)p.130
49 "Diplomatarium Norvegicum. vol.3"(1855)p.343
50 ibid. p.362
51 ibid. p.365
52 "Diplomatarium Norvegicum. vol.4"(1857)p.541
53 ibid. p.548
54 ibid. p.829
55 ibid. p.836
56 http://www.nordicnames.de/wiki/Japer
57 http://www.koeblergerhard.de/as/as_g.html
58 http://en.wiktionary.org/wiki/yew
59 Zoder vol.1(1968)pp.806f.、Gottschald(1982)p.168、Bahlow(2002)p.243
60 ONC(2002)p.294

更新履歴:
2015年4月25日  初稿アップ
PIE語根Ib-se-n:1.セム語根; 2.*seuə-¹「産む」; 3.*-nu- 動詞現在時制形形成接尾辞

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