Heydrich ハイドリヒ(独)
概要
①古高独の男子名ヘイドリーヒ(Heidri(c)h:古高独heida「荒野」,古高独heit「性質、本質」+ゲルマン*rīks「王」,古高独rīhhi「支配(者)、強力な」)に由来。
②古高独の男子名ヘイダンリーヒ(Heidanri(c)h:古高独heidan,heiden「異教徒、蛮族」+ゲルマン*rīks「王」,古高独rīhhi「支配(者)、強力な」)に由来。
③中高独hederich,hederīch「アブラナ科ダイコン属の植物」に由来し、その野菜の栽培農家・商人を表す姓。
詳細
ナチス・ドイツの政治家ラインハルト・トリスタン・オイゲーン・ハイドリヒ(Reinhard Tristan Eugen Heydrich:1904.3.7 Halle (Saale)(ザクセン=アンハルト州 )~1942.6.4 Praha(チェコ))の姓。ザクセン=アンハルト州、ザクセン州西部、ニーダーザクセン州南部に多い。同源異綴の姓にハイドリヒ(Heidrich)、ハイデリヒ (Heiderich, Heyderich)、ハイトリヒ(Heitrig)、ハイドライヒ(Heidreich)、ヘードリヒ(Hedrich, Hädrich)、ヘーデリヒ(Hederich)、ヘッデリヒ(Hedderich)がある。 語源は以下の三系統に分けられる。

Peter Heiderich(1453年Görlitz(ザクセン州))1
Hans HederichHeyderich(1526年Alsfeld(ヘッセン州))1

①父称姓。古高独の男子名ハイドリーヒ(Haidrich:8世紀ロルシュ(Lorsch)古写本集に用例有)2、ヘイドリーヒ(Heidri(c)h:9世紀用例有) 2に由来する。人名は古高独heida「荒野」3(>独Heide)、或は古高独heit「性質、本質」 3(>独-heit, -keit名詞形成接尾辞)とゲルマン*rīks「王」、或は古高独rīhhi「支配(者)、権力;裕福な、強力な」 4から成り立つ。cf.ハイドン(Haydn)
[Gottschald(1982)p.243]

Peter Hedenrich(1399年Erfurt(テューリンゲン州))1
Ambros HederichHeidenreich(1471年Leipzig(ザクセン州))1
Hans HeydenreichHeyderich(1490年Freiberg(ザクセン州))5
Christoff Heiterich(1626年Goslar(ニーダーザクセン州))=Christoff Heidenrich(1627年Goslar)6
Johann Heidenreich, Soldat aus Dankmarshausen(1644年Hannover(ニーダーザクセン州))=Johann Hederich(1644年Hannover)6

②父称姓。ハイデンライヒ(Heidenreich, Heydenreich)姓の異形。こちらは古高独の男子名ヘイダンリーヒ(Heidanri(c)h:8~9世紀用例有) 7に遡る。人名は古高独heidan, heiden「異教徒、無神論者、蛮族」3(>中高独heiden「異教徒」>独Heide 「異教徒」)+ゲルマン*rīks「王」、古高独rīhhi「支配(者)、権力;裕福な、強力な」4より構成される。
[Gottschald(1982)p.243,Zoder vol.1(1968)p.697,Kohlheim(2000)p.312,Bahlow(2002)p.204,Naumann(2007)p.133,Morlet(1997)p.504]

dictus Hederich carnifexdictus Hedrich(13世紀Basel(スイス):肉屋、ファーストネーム記載無し)8

③職業姓。中高独hederich, hederīch, heid(e)rich, hadr(e)ich「アブラナ科ダイコン属の植物(学名:Raphanus raphanistrum)」9 (>独Hederich)に由来する。種から香辛料の辛子と菜種油が製造される。この野菜の栽培農家か商人が名乗った姓だろう。その他の植物の名前にも用いられ、 辞書には「ドクムギ(lolium)9、ワサビダイコン(armoracia)9、ハツカダイコン(rapistrum) 9、ノハラガラシ(Ackersenf)6」等の語義が掲載されている。ノハラガラシは種から香辛料が作られたり 、膏薬の材料にも用いられた6。1507年ヘッセン州西部の町ヴァイルブルク(Weilburg)の記録に、"der Heiderich"というこの植物の 名を冠したブドウ畑の記録が有り10、また同州中部の町ウルリヒシュタイン(Ulrichstein)のザイベルテンロート(Seibertenrod)という 場所に1500年以来"der Heiderich"という名のPlattenbergの名前が存在していた11, 12。この様な農地名・耕地名等の小地名に由来する 場合も考えられる。
[Zoder vol.1(1968)p.697, p.670]
◆古高独heidan, heiden「異教徒、無神論者、蛮族」←ゲルマン*χaiþinaz(a語幹男性名詞)「広々とした平地の住人、野蛮人;異教(徒)の」(古英hǣþen「異教徒; 異教(徒)の」,古フリジアhêthen, hêthin「異教(徒)の」,古ザクセンhêthin「異教(徒)の」,hêthino「異教徒」,古ノルドheiðinn「異教(徒)の」,ゴートhaiþnō「女性の異教徒」) ←*χaiþiz(i語幹女性名詞)「荒野」←PIE*kait-o-「森、荒野」(cf.ハイドン(Haydn))13, 14。同様の意味の発達は、英pagan「異教徒」(← ラpāgānus「田舎の」←pāgus「地域、地方、郊外、田舎」)にも見られ、これがゲルマン語にも影響を与えたとされる14。cf.パガニーニ (Paganini)

◆中高独hederich, hederīch「アブラナ科ダイコン属の植物」←ラhederāceus「キヅタの」←hedera「キヅタ」(仏lierre,オックèdra,カタルーニャheura,西hiedra,yedra ,葡hera,伊edera,サルデーニャedora,edola,edera,フリウーリjêre,ルーマニアiederă)←PIE*ghed-es-ā(+名詞形成接尾辞+女性名詞形成接尾辞)← *ghe(n)d-「摑む、取る」(ギkhandánein「取り入れる、保つ、含む」,ラprehendere「摑む、捕える、到着する」,中アイルランドgeind「楔」,古ノルドgeta「獲得する、 推測する」(>英get),古教会スラヴgadati「意味する、思う」,アルバニアgjëndem「見つけられる」)15
1 Bahlow(2002)p.204
2 Förstemann(1966)sp.584f.
3 http://www.koeblergerhard.de/ahd/ahd_h.html
4 http://www.koeblergerhard.de/ahd/ahd_r.html
5 Andreas Möller "Theatrum Freibergense Chronicum. vol.1"(1653)p.379
6 Zoder vol.1(1968)p.697
7 Förstemann(1966)sp.585
8 Socin(1903)p.419
9 Lexer vol.1(1872)sp.1202
10 Wolf-Heino Struck "Die Stifte St. Walpurgis in Weilburg und St. Martin in Idstein."(1990)p.215
11 U. F. Walther "Archiv für Hessische Geschichte und Altertumskunde. vol.10"(1864)p.272
12 原文では"二番目(zweite)のPlattenberg"に"der Heiderich"という別名があったというが、Plattenbergの意味が不明。以下に原文を掲載しておく。 "Der zweite Plattenberg heißt auch der Heiderich und kommt unter dieser Benennung schon um 1500."
13 英語語源辞典p.638、Pokorny(1959)p.521、Watkins(2000)p.36、http://www.koeblergerhard.de/idg/idg_k.html
14 Buck(1949)p.1490
15 Pokorny(1959)p.437、Watkins(2000)p.29f.

執筆記録:
2014年5月30日  初稿アップ
PIE語根①②Heyd-rich: 1.*kaito-「森、荒野」、 又は*(s)kai-「明るい、輝いている」; 2.*reg-¹「真っ直ぐ動く、導く、統べる」
③Heyd-r-ich:1.*ghe(n)d-「摑む、取る」; 2.*-es- 抽象名詞形成接尾辞; 3.*-ko- 形容詞・名詞形成接尾辞

Copyright(C)2010~ Malpicos, All rights reserved.