Harryhausen ハリーハウゼン(米)
概要
ニーダーザクセン州南部ガンダースハイム市内の小地名ハリーハウゼン(Harriehausen)に由来。原義「Hero(人名:「軍団」の意)一族の集落」。
詳細
Johann von Haringehusen(1327年Hildesheim(ニーダーザクセン州))1
Thile van Haringehusen(1329年Goslar(ニーダーザクセン州))2
Wolter Harigehusen(14世紀中葉Goslar)3

地名姓。アメリカ合衆国の特撮映画の監督レイモンド・フレデリック・"レイ"・ハリーハウゼン(Raymond Frederick "Ray" Harryhausen:1920.6.29 Los Angeles ~2013.5.7 London)の姓。彼の先祖はドイツ系で、元々の苗字はヘレンハウゼン(Herrenhausen)という、とWikipediaの日本語版だけでなく英語版などにも見られる。 だが前半のドイツ系とする記述は正しいが、後半のHerrenhausen云々は明らかな誤りである(Wikipediaのいい加減さが良く解る例と言える)。 実はHerrenhausenという地名はドイツに二か所あるが、苗字としては中世後期に用例があるものの、最近のドイツでは存在が確認されていない幽霊苗字なのである 4

先祖を遡ってみる。レイの父親フレデリック・ウィリアム・ハリーハウゼン(Frederic William Harryhausen)は1885年にカリフォルニア州で生まれ、 マーサ・レスケ(Martha L Reske)という女性と1910年に結婚、1964年にLAにて没した。職業は機械工・自動車整備士であった5。そのまた父(レイの父方の祖父) フレデリック・L・ハリーハウゼン(Frederick L. Harryhausen)は、1836年にドイツで生まれ年代は不明だが渡米し、少なくとも二度の結婚歴がある。 その二度目の結婚の時の妻ヨハナ・ブラザウフ(Johanna "Annie" Blasauf)6との子がフレデリック・ウィリアムであった 7。これ以上先祖は遡れない。祖父フレデリック・Lがドイツのどこで誕生したかも不明である。

実はHarryhausenという米国姓はハリーハウゼン(Harriehausen)というドイツ姓の英語化である。この姓を持つドイツ人が19世紀に、ゴールド・ラッシュ(特に カリフォルニア・ゴールドラッシュ(California Gold Rush))目当てに米国西部に渡米したのが、この姓が米国にもたらされた主な原因であった。 当時の米国の国勢調査(census)ではHarryhausen, Harryhousen, Haryhousen, Harryhaussen等の形で記録されている8。独姓 Harriehausenは今でもドイツ北部に散在しており、特にハンブルクやニーダーザクセン州ゲッティンゲン郡に多い。特に後者では相当昔から分布が見られる。

ドイツのHarriehausen家の家系サイトによると8、米国のHarryhausen一族の先祖はJürgen Harihusen(1625-1690)という人物に帰せられる そうである。この人物は1675年に妻子を伴って生まれ故郷のオーバーンイェーザ (Obernjesa:ニーダーザクセン州南部ゲッティンゲン郡ロスドルフ(Rosdorf)町)を離れ、テューリンゲン州ウンシュトルート=ハイニヒ郡(Unstrut-Hainich-Kreis) の村クッツレーベン(Kutzleben)に移住した。その息子の一人Andreasはテューリンゲン州北部のゾンダースハウゼン(Sondershausen)という町のシェルンベルク (Schernberg)という場所で土地を借り、当地で結婚、7人の子を儲けた。この子供たちの姓はHarrichhausenと綴られている。この綴りの姓も現代ドイツに現存 している。上記のJürgen Harihusenなる人物も、姓がHarichhusen、Harihausenとも綴られる記録がある9。この家系サイトでは、 くだんの映画監督のHarryhausen家についても言及しており、分家の一つと見ている。

私が調べたところでは、1568年に学校長(Schulrektor:どこの学校か不明)を務めたHeinrich Harrihusenなる人物の父親がAndreas Harrihusenという名で、 Andreasはバート・ガンダースハイム(Bad Gandersheim:ニーダーザクセン州南部ノルトハイム郡の都市)の市民であったとする情報を確認している 10。これは先のオーバーンイェーザと非常に 近い場所で、そもそもノルトハイム郡とゲッティンゲン郡は隣り合っている。そして、ガンダースハイム市内東部にハリーハウゼン(Harriehausen)という地名が 実在しているのである。これらの状況から、この地名に由来する地名姓とみて間違いない。この土地は本来は、ノルトハイム郡の東に隣接するオステローデ (Osterode am Harz)郡に所属していたが、1974年にガンダースハイム市に越郡合併された。地名の古形を以下に列挙する。
in Heringhuso marcha(973年)11
Heringgahuson(10世紀末:15世紀写本)11
Heringgahusun(1007年頃)2
Haringkhußen(1488年)2
Haringehusen(1490年)2
Haringehausen(1542年)2
Harrihausen(1556年)2
Hargenhausen(1568年)2
Harihausen(1600年頃)2
kirche zu Harriehausen(1647年)2
Harrihusen(1740年)2

第一要素は古ザクセン語の男子名Hero(1292年に記録有)12に一族の構成員を示す接尾辞-ingが接続したもので、Herringa-とある最後の-a-は複数属格語尾である。Heroという人名は 古ザクセンheri「軍団」から派生されたn語幹男性名詞の男子名。第二要素-hausenは古ザクセンhūs「家」の複数与格形hūsum「集落へ」が弱化した-husenの高地ドイツ語の 影響による表記。従って、文字通り「Hero一族の集落」を意味する。接尾辞-ing-a-のnが後に脱落(これはドイツ語圏に広くみられる)、属格指標の-a-が弱化し-e-となり、前舌母音iとeに挟まれた gが硬口蓋化により半母音[j]に転じてHarriehausenとなった。従って現地名の第一要素Harrie-の最後の-e-は古い複数属格語尾の名残。最初の母音のe→aの変化 は14世紀に既に見られるが、その理由は良く解らない。何か別の単語との類推が働いて変化した可能性がある。尚、Harriehausen姓は私の手持ちのドイツ姓語源辞典には いずれも未載。
1 http://www.harriehausen.name/namenforschung/familiennamen.html
2 NOB-Landkr. Northeim p.178
3 Georg Bode "Urkundenbuch der Stadt Goslar und der in und bei Goslar belegenen geistlichen Stiftungen: 1336-1365."(1905)p.258
4 1211-1217年の間にバイエルンの記録に人名Eberhart de Herrenhusenが見える(Georg Franz "Quellen und Erörterungen zur bayerischen und deutschen Geschichte. vol.1"(1856)p.245。ここに現れているHerrenhusenは、現在のバイエルン州南部バート・テルツ=ヴォルフラーツハウゼン (Bad Tölz-Wolfratshausen)郡オイラスブルク(Eurasburg)村ボイアーベルク(Beuerberg)区内の小地名オーバーヘルンハウゼン(Oberherrnhausen)と ウンターヘルンハウゼン(Unterh.)の事である(地名の原義は「Haro(人名、「軍団」の意)の集落」)。ヘレンハウゼン(Herrenhausen)地名2つは ニーダーザクセン州のハノーファー市内西部に、又同州アマーラント(Ammerland)郡ヴィーフェルシュテーデ(Wiefelstede)町にそれぞれある。
5 http://www.mundia.com/us/Person/44149552/6166986291
6 1859年カリフォルニア州ネヴァダ・シティ出身。1901年にサン・フランシスコのホテルで、病気を苦に服毒自殺している。
7 http://www.mundia.com/us/Person/44149552/6167009925
8 http://www.harriehausen.name/genealogie/namen/harriehausen/zweige.html
9 http://apotheke-dreihausen.de/Ahnen/GAR375.HTM
10 Hans Goetting "Germania Sacra: Die Bistümer der Kirchenprovinz Mainz. Das Bistum Hildesheim. vol.1: Das reichsunmittelbare Kanonissenstift Gandersheim."(1973)p.522
11 "Jahrbuch des Vereins für Niederdeutsche Sprachforschung. vol.94-95"(1971)p.28
12 Ernst Friedländer,Carlo Malagola "Acta Nationis Germanicae: Universitatis Bononiensis ex archetypis tabularii malvezziani."(1887)p.39

執筆記録:
2014年1月31日  初稿アップ
PIE語根Harr-y-haus-e-n: 1.*koro-「戦い、軍団」; 2.*-ko- 形容詞・名詞形成接尾辞; 3.*keu-「覆う」;4.*-o- o語幹形成母音; 5.*-m 向格語尾

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