Habermas ハーバーマス(独)
概要
中高独haber(e)「燕麦」+中高独maʐ「量」よりなる中高独haberma(s)z「燕麦の量」に由来し、租税にまつわる姓。
詳細
Henrich Habirmaß(1357年Langenstein(ヘッセン州Marburg-Biedenkopf郡))1

ニックネーム姓。ドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマス(Jürgen Habermas:1929.6.18 Düsseldorf(ノルトライン=ヴェストファーレン州)~)の姓 。より正確な発音はハーバァマース。極めて珍しい姓。ナウマン本には1313年のHabermaßの記録を上げるが、他の資料では確認できない。 私が古文書叢書で確認した姓の古形は、上記ヘッセン州の記録1件のみ。異綴にHabermaßがある。ドイツ中部起源と思われるが、現在は散在。中高独 haber(e)「燕麦、カラスムギ」2(>独Hafer,≪方言≫Haber)と中高独maʐ「量」3(>独Maß)の 合成によって派生した租税関連の専門用語である中高独haberma(s)z「燕麦の量」に由来する。租税義務や年貢に関する 農民の渾名に因む苗字であろう。この複合語は中期高地ドイツ語の語彙辞典には採録されていないが、古い文献にはしばしば現れる語彙である。 以下に例を挙げておく(太字部分が該当語彙で、強調はマルピコスによる)。

"wizzet, herre, daz man alle iar zwier erteilt kornmaz, habermaz, weinmaz, alle gewihte, alle die reht, die sullen si von Bambberg haben und muencz."(14世紀)4
"Wisset , Herr, daß man alle Jahr zweimal erteilt Kornmaß, Habermaß, Weinmaß, alle Gewichte, alle die Rechte, die sollen sie von Bamberg haben, und die Münze."(現代ドイツ語対応形)4
「年に二回穀物や燕麦やワインを一定量(=貢納)・・・」(現代ドイツ語訳も併記されているが、私の力不足で正確な訳が出来ない為、 日本語訳は一部分に留める)5

"man sal holen das kornmasz vnd habermasz zu K. an der brucken"(15世紀Rhön(ヘッセン州))6
「穀物と燕麦を一定量、橋辺のK.に提出しなければならない」

"vnd dreizk metczen habern Egenburger mazze vnd schehs schilling phenning vnd sechs pchennig wienner munizze. ... vnd vier vnd zwainczk metczen habern Egenburger mazz vnd sechs schilling vnd sechs pchennig wienner munizze ... " (1340年Herzogenburg(墺、ニーダーエーステライヒ州))7, 8
「エーゲンブルクの燕麦量は30、6シリング・ペニヒとウィーン硬貨6ペニヒ、・・・ エーゲンブルクの燕麦量は24、6シリングとウィーン硬貨6ペニヒ、・・・」(貨幣単位が良く判らないので、誤訳しているかもしれない)

"vnnd nach der selben freinstetter kornn vnd habermasz gerechnet."(年代、記録地未確認)9
(前後の文章が判らないので、訳せれない)10

上掲の通り、kornmaz「穀物量」とweinmaz「葡萄酒量」と併用されているケースが甚だ多い。用例としてはkornmazが最も多く、次いでw(e)inmaz、 habermazが続くが、不思議な事に最も用例の少ないhabermazだけが苗字に残った11。この手の用語は他にも沢山あり、 beirmate「ビール量」(1441年Hildesheim)6(この語はヘッセン州西部に見られる稀姓ビーアマース(Biermas)を生じさせた) ,melmaz「小麦粉量」(1347年München)6, 8,oleymassenn「油量」(1614年頃プファルツ)6などが ある。オランダ語の古い文献でも対応する語形のhavermate(n)の語形で現れ、やはりkornmazに対応するオランダ語形cooremateと併置されている 例がある。尚、オランダには嘗て†van Havermateという姓が存在したが、地名に由来しており別語源(恐らく第二要素は中オランダmāde「牧草地」 12に由来し、「燕麦の生える牧草地」が原義)。
[Gottschald(1982)p.230,Kohlheim(2000)p.297,Naumann(2007)p.125]
◆haber(e)「燕麦、カラスムギ」←古高独habaro「燕麦、カラスムギ、葡萄の房」←ゲルマン*χabrōn,*χabran(n語幹男性名詞)「燕麦」(古ザクセン havoro「燕麦」,蘭haver「燕麦」,古ノルドhafri「燕麦」)←?13。語源不明。アメリカの印欧比較言語学者バック(Carl Darling Buck)によって、PIE*kapro-「雄山羊」(古英hæfer「雄山羊」,古ノルドhafr「(山羊・鹿・羊等の)雄」,ラcaper「雄山羊」)に遡らせる説が 提案されている14。雄山羊の餌になる事からか。
他には、スウェーデン,ノルウェー≪方言≫hagre「燕麦」とゲルマン語からの借用とされるフィンランドkakra,kaura「燕麦」,カレリアkagra「燕麦」 ,エストニアkaer「燕麦」,リヴォニアkagr「燕麦」の語形が祖形を反映していると判断し、ゲルマン祖語形を*χagrōnと再建する(*χabrōnの語形は 語源上無関係のゲルマン*χabraz「雄山羊」の影響を受けた転訛形とみる)する説がある15。更に、*χagrōnは PIE*kokro-「燕麦」(古アイルランドcorca「燕麦」(-kr-→-rk-は音位転換による),ギkákhrus「炒った大麦、焦げ付いた大麦、冬芽」)に遡るとみる。 この説はデンマークの言語学者トムセン(Vilhelm Ludvig Peter Thomsen)やオーストリアの印欧比較言語学者ヴァルデ(Alois Walde)等が 支持。但し、上記のバルト=フィン諸語の語形は、ノルウェー≪方言≫hagr「馬の黒い毛」の借用で、燕麦の穂先が毛深い事に因むとする説も有る 16。ゲルマン*χabrōn「燕麦」の語源に関して他にも、ラcaprōnae「前髪」,サンスクリットśipra-「髪」と関係付ける説 (H. Peterssonによる)、サンスクリットśapa-「若草、新芽」と関係付ける説(J. Charpentierによる)、古教会 スラヴkoprŭ「散形花序植物(Doldenpflanze)」と関係付ける説(Woodによる)、古ザクセンhōba,古高独huoba「フーフェ(昔の農家1戸当たりの耕地面積、 7~15ヘクタール)」に-r-接尾辞が付随して派生したとする説(Spechtによる)があるが16、どれも根拠が薄い。

◆中高独maʐ「量」←古高独māza「量、大きさ、程度」←ゲルマン*mētō,*mǣtō(ō語幹女性名詞)「量」(古フリジアmēte,mēta,māta「量」,中低独māt(e)「量」,古ノルドmāti「性質」 (n語幹男性名詞に改変))←PIE*mēd-(延長階梯) ←*med-「適切な寸法を取る」(ギmédein「守る、統治する、計画する、目論む」,ラmedērī「世話をする、治療する」, 古アイルランドmidiur≪1・単・現≫「計る」,サンスクリットmastiš「寸法、重さ」)17
1 Arthur Franz Wilhelm Wyss,Heinrich Reimer "Hessisches urkundenbuch. vol.2(1300-1359)"(1884)p.640
2 Lexer vol.1(1872)sp.1134
3 ibid. sp.2064
4 Freunde Mainfränkischer Kunst und Geschichte "Mainfränkisches Jahrbuch für Geschichte und Kunst. vol.13"(1962)p.117
5 中期高地ドイツ語の文章は良く判らない。最初のWissetをどう訳すかさっぱり判らない(独wissen「知っている」の活用形に相当するのは 間違いないが)。
6 http://www.rzuser.uni-heidelberg.de/~cd2/drw/e/ko/rnma/kornmass.htm
7 Michael Faigl(St. Georgen Augustinian monastery) "Die urkunden des regulirten chorherrenstiftes Herzogenburg vom "(1886)p.155
8 Lexer vol.1(1872)sp.2096
9 Georg Grüll "Bauernhaus und Meierhof."(1975)p.189
10 gerechnetに相当する動詞は中期高地ドイツ語に二つある。ge-rëchenen「用意する、準備する」とge-rechenen「数え上げる、計算する」 (いずれもLexer vol.1(1872)sp.873)である。
11 但し、w(e)inmazは「葡萄酒検査官」を意味する職業姓ヴァインメッサー(Weinmesser)と語源的には関係している。
12 de Vries(1997)p.422
13 英語語源辞典p.631、http://en.wiktionary.org/wiki/haver
14 Pokorny(1959)p.529、Köbler idgW K項p.20、Wahrig(1981)sp. 1670、http://www.etymonline.com/index.php? term=haver&allowed_in_frame=0
15 Pokorny(1959)p.529、http://en.wiktionary.org/wiki/Hafer#German、http://en.wiktionary.org/wiki/coirce#Irish
16 de Vries(1958)p.202
17 英語語源辞典p.888、Watkins(2000)p.52、Pokorny(1959)p.705、Köbler idgW M項p.15-16

執筆記録:
2012年7月2日  初稿アップ
PIE語根Haber-mas:1.語源不明; 2.*med-「適切な寸法を取る」

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