Gingrich ギングリッチ(米)
概要
「戦い+支配力、統治者」を意味する古いドイツ語の男子名より。
詳細
父称姓。スイスのドイツ系の姓ギュンゲリヒ(Güngerich)の英語化したもの。米国の政治家、ニュートン・リロイ・"ニュート"・ギングリッチ (Newton Leroy "Newt" Gingrich:1943.6.17Harrisburg(ペンシルベニア州)~)の姓。この姓は母親の再婚相手のロバート・ ギングリッチ(Robert Gingrich)からとったものである。この継父は、陸軍兵士から「石の顔(Stoneface)」と呼ばれた 陸軍中佐であった1

Gingrich、Gingerichという姓に関して、キリスト教の一派である再洗礼主義メノナイト派(Mennonite)を扱ったオンライン辞典 2で、極めて詳細に記述されている。このサイトから掻い摘んで抄訳すると以下の通り。

"Gingerichはスイスはベルン発祥のメノナイトの家系である。最初の形はギュンドリヒ(Gündrich)であり、1389年ベルンの 記録に初めて現れる。この家系はベルン州コノルフィンゲン(Konolfingen)の出自であるらしい。1559年には家族名は ギュンデリヒ(Günderich)の形で現れるが、まだ再洗礼派(Anabaptist)のリストには見られない。1692年には、 再洗礼派の伝道者(preacher、独Lehrer)クリスティアン・ギュンゲリヒ(Christian Güngerich)の記録が有る。記録によれば、 彼は所属宗派が理由でシュヴァルツェンエック(Schwarzenegg)留置所に収攬されたが、後脱獄したという。(中略) ハンス・ギュンゲリヒ(Hans G.)は1711年に記録があるメノナイトとの和解を模索したアーミッシュ(Amish) 3の指導者であった。1765年にはヴァルデック(Waldeck)侯国4 内のアーミッシュの一指導者としてクリスティアン・ギュンゲリヒ5の記録が有り、その一年後にはアルザスのヴァイセンブルク(独Weissenburg、 仏Wissembourg)付近のシュタインゼルツ(Steinseltz)出身の伝道者クリステン・ギュンゲリヒ(Christen H.)の記録が有る。ヴァルデック 侯国内のフーニングハウゼン(Huninghausen)でスイス人のクリスティアン・ギュンゲリヒ が1743年に酪農場を借りていた記録が残っている。1792年には彼からペーター・ギュンゲリヒ(Peter G.)に農場の借用権が 譲渡されているが、このペーターが米国アイオワ州に住む多くのメノナイト派信者の先祖である。(中略) この姓の北アメリカに於ける最初の記録は、1724年ペンシルベニア州ランカスター(Lancaster)郡コネストガ(Conestoga)郡区 において財産目録に見えるウィリアム・ギングリック(William Gingerick)である。(中略)マイケル・ギングリッチ (Michael Gingerich)は1747年アルザスからペンシルベニア州ランカスター郡に移住してきている。彼の子エイブラハム (Abraham)とその妻は10人の子を連れてオンタリオ州ウォータールー(Waterloo)郡に移り住んだ。エイブラハムの子孫は、 オンタリオ州のメノナイトの中に沢山見つかる。・・・云々"

Güngerich姓がGünd(e)rich姓から派生したという説は、ハンクス(Patrick Hanks)の米国の苗字辞典やゴットシャルト(Max Gottschald)のドイツの苗字辞典にも載っている。Günd(e)rich姓は古いドイツ語の男子名グンデリーヒ(Gunderih) 6に由来する。この名は、古高独gunda「戦(イクサ)」7と古高独rīhhi 「支配、権力、帝国、国、世界、統治者」8より構成されている。

然し、-nd-から-ng-への転訛はドイツ語では異常な音変化である。ドイツ北西部のオランダと隣接するクレーフェ(Kleve)郡に は確かに前置詞と冠詞が連結して生じた-nd-という連続子音が、-ng-に転じる例がよく見られるが、これを同一とみるには 地域的に離れすぎている為疑問が残る。また、フランス北部のノール(Nord)県にある都市カンブレー(Cambrai)の大司教 ギュンデリク(Gundéric:566年に記録あり)の名がギュンジェリク(Gungéric)とも綴られている記録が有るらしい 9

一方、スイスのベルン州にGünderich、或いはGüngerichとも呼ばれる小川が存在している。この川は現在エルトリバッハ (Örtlibach)と呼ばれており、ベルン州のトゥーン(Thun)湖北岸にある小集落(Örtli)近辺で湖に流れ込んでいる 10。以下に河川名の歴史上の綴りの変遷を挙げる。

by dem bach genempt der gündrich(1431年)11
an den bach gůndrich(1432年)11
zwüschet dem gundrich vnd dem Ammeltz bach(1530年)11
zwüschend dem Gunndrich vnnd Ameltz Bach(1530年)11
uszbin an die gündrichen(1530年頃)11
Gundrich bach(1622年)11
Gündrich(1857年)12

ツィンスリ(Albert Zinsli)によれば、この河川名の語源として、古いドイツ人男子名Gundhari(古高独gunda「戦」+古高独hari, heri「軍団」)13起源説や、ゴール=ロマン*cumbitta「谷間(Talkessel)」14 より生じた独Gunt,Gunte(n)「池、穴(Teich, Grube)、渓谷(Hochtal)」15に独Wegerich「オオバコ」 16のような植物名に見える要素-richがついて生じた名前とする説を挙げて、殆ど 有り得ないと否定した後で、個人名に由来するのではないかとしている。そしてその個人名は、姓としてGüngerichの形で 現れているとしている11。それならば、Güngerich姓とこの河川名は平行して、男子名Gunderih より派生したという事になる。

事実は不明だが、ギングリッチ姓の元になったと考えられるGüngerich姓は、父称姓Günd(e)rich姓から変化したと説明する以外に、 今の所手立てが無い様である。
[Gottschald(1982)p.226,http://www.ancestry.com]
1 http://members.fortunecity.com/carrollj/index.html
2 http://www.gameo.org/encyclopedia/
3 メノナイトから分派したキリスト教再洗礼派の一派。
4 1712~1918年まで、独ヴェストファーレンに在った侯国。
5 既出の同姓同名人物とは別人。後出する同姓同名人物も全て別人と思われる。
6 Förstemann(1966)sp.568
7 Köbler ahdW G項p.264
8 Köbler ahdW R項p.38
9 Nicolas Viton de Saint-Allais et al."L' Art de vérifier les dates des faits historiques, des chartes, des chroniques, et autres anciens monumens."(1819)p.252
10 Jakob Melchior Ziegler "Sammlung absoluter Höhen der Schweiz und der angrenzenden Gegenden der Nachbarländer, als Ergänzung der Karte in Reduction von 1:380000."(1853)p.151 又、以下のサイトではこの小川の写真が見れる。 http://www.hikr.org/gallery/photo420704.html
11 Zinsli(1987)p.65
12 Albert Jahn "Chronik oder geschichtliche, ortskundliche und statistische Beschreibung des Kantons Bern, alten Theils."(1857)p.470
13 Förstemann(1966)sp.563
14 Bernhard Hertenstein "Joachim von Watt (Vadianus), Bartholomäus Schobinger, Melchior Goldast."(1975)p.46 この 語はケルト語に由来しており、英国に見られる-combe地名(「谷」を意味する)と語源上関係が有る。
15 DW vol.9 sp.1139、Köbler ahdW G項p.264 ヴァーリヒ『現代独独辞典』sp.1653にみえるGumpe(n)≪スイス方言≫ 「池(Tümpel)」も同語源。中高独gumbet、古高独gumpito「池」に遡る。
16 独Wegerichは中高独wëgerīch,古高独wegarīh「オオバコ」に遡る。この語は古高独weg「道」と古高独rīhhi「支配、権力、 帝国、国、世界、統治者」の合成語だが、どおいう謂れが有るのか良く判らない。クルーゲは文字通りには「道の支配者 (Wegbeherrscher)」の意だとしている(Kluge(1889))p.377)。他にも-richの語尾を持つ植物名としてWeiderich「ミソハギ」、 Schöterich「アブラナ科の草本の一種」等がある。

執筆記録:
2011年5月29日  初稿アップ
PIE語根Gin-g-rich: 1.*gʷhen-「殴る、殺す」; 2.*-ti- 抽象名詞形成接尾辞; 3.*reg-¹「真っ直ぐ動く、導く、統べる」

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