Garfunkel ガーファンクル(ユダヤ)(録:カーバンクル(Carbuncle))
概要
イディッシュgorfinkl(גאָרפֿינקל)「紅玉」に由来する。
詳細
装飾姓。ポピュラー音楽ユニットのサイモン&ガーファンクルのメンバーで米国の歌手アート・ガーファンクル(Arthur Ira "Art" Garfunkel: 1941.11.5 New York~)の姓。父方の祖父ユリウス(Julius B Garfunkel)がルーマニア北東部の都市ヤシ(Iași)の出身のユダヤ人である。現在 ルーマニアにはGarfunkel姓は見られない。1910年の米国の国勢調査によると、この時点でユリウスは39歳で仲買人の職にあり、1887年に米国に移住したと記録されている (16歳頃に渡米したことになる)。この調査では出生地はルーマニアとしか書かれていない。

姓はイディッシュgorfinkl(גאָרפֿינקל)「紅玉」1に由来する。本語はラテン語のcarbunculus「紅玉」 2に遡る。古い用例が確認出来ない姓なので、19世紀以降のユダヤ人が自ら選んで名乗りだしたものだろう。鉱物名を 語源とする姓にはこの様な背景を持つものが多い(cf.グリーンスパン(Garfunkel)パールマッター(Perlmutter))。同語源の姓にガルフィンケル(Garfinkel)、フィンケルシュタイン(Finkelstein)。

アルベルトゥス・マグヌス(Albertus Magnus)著の『鉱物誌(Mineralium)』にcarbunculus「紅玉」の言及がある。それによると、ギリシア語では ánthraxといい、極めて澄んだ赤い硬い石で、他のどんな石よりも強力だという。また、毒を空気中や蒸気中に霧散するという特徴があり、高質の モノは暗がりで燃える石炭のように輝き、低質なものでも清潔な良く磨かれた黒い器に入れて水を注ぐと、暗がりでも輝くとしている。そして、 リビアでも最も産出し、何種類も知られており、アリストテレスによればバラギウス(balagius)、グラナトゥス(granatus)、ルビヌス(rubīnus)の 三種類が存在するという。アリストテレスはグラナトゥスが最も素晴らしいとするが、宝石職人はそれはあまり価値がないというとある 3

所で、姓のガーファンクルと怪物のカーバンクル(carbuncle)は名前が凄く似ているが、これは他人の空似ではない。両語は同じ一つの単語、 ラテン語のcarbunculus「燃えさし、紅玉」の後裔であり、同語源である。言ってみれば一卵性双生児の関係に当たる。

カーバンクルは本来はルビーやガーネット等の赤い宝石「紅玉」を意味する語だが、幻獣の名としての用法の歴史を調べてみた。 Wikipedia日本語版のカーバンクル項にある様に、これが確実に幻獣の名前として 用いられたのは16世紀のスペインの僧侶、探検家、作家 マルティン・デル・バルコ・センテネラ(Martin Del Barco Centenera:1535 Logrosán(スペイン、エストレマドゥラ州)~1602年頃)が 1602年に著した詩『アルヘンティーナ(Argentina)』に おけるものが最初とされている。そこで、原典を調べてみたところ、確かに同著の第三歌(Canto tercero)4, 5, 6にカーバンクル(西el carbunclo)という 幻獣の言及が有る。以下に原文と私の拙い抄訳を載せる。訳は何分1602年のスペイン語なので、間違っている部分が結構あると思う (誤訳など問題のある点が御座いましたら、ご指摘ください。尚、【】は訳者マルピコスによる補遺です)。

Y no lejos de aquí, por propios ojos,
El Carbunclo animal veces he visto
Ninguno me lo juzgue por antojos,
Que por cazar alguno anduve listo.
Mil penas padecí, y mil enojos
En seguimiento de èl; ¡Mas cuan bien quisto,
Y rico y venturoso se hallàra
Aquel que Anagpitan vivo cazára!

"そしてここから遠くない場所で、私はこの目で、
カーバンクル(El Carbunclo)という動物を数度(veces)見たのだ。
【それは】私の気の所為であるとは思えなかった。
そこで一人だけ直ぐに捕獲出来るよう準備万端にさせておいた【※この行、訳怪しい】。
私は多くの苦痛と怒りに苛まれた、
その追跡の最中に。然し、何と素晴らしいことか!
恵まれてるのか!幸運なのか!それに遭遇し、
生きているAnagpitanを捕獲したのだ!"

Un animalejo es, algo pequeño,
Con espejo en la frente reluciente,
Como la brasa ignita en recio leño.
Corre y salta veloz y diligente:
Asì como le hirieren echa el ceño,
Y entùrbiase el espejo de repente:
Pues para que el Carbunclo de algo preste
En vida el espejuelo sacan de este.

"その動物はとても小さく、
光り輝く額(frente)に鏡(espajo)がある。
それはまるで太い丸太の中で真っ赤に燃える炭火(brasa)の様だ。
【その動物は】早く敏捷に走り、跳ぶ。
それ【カーバンクルのこと】を傷つけ荒れ狂わせると、
直ぐに突然【額の】鏡が曇っていく。
【※この行、訳せれず】
生きている間に小さな鏡(espejuelo)をそれ【カーバンクル】から獲る。"

本資料の注釈によると、カーバンクルはdiablo(「悪魔」の意)とも、グアラニ語でアニャン・ピタ(Añang-pitá)とも言うと指摘されており、これらの名は いずれも"まるで炎のように光り輝く(reluce como fuego)"事から得たとしている6。尚、センテネラの記述からは、 語源となった"光り輝く"のがカーバンクルの額全体なのか、額にある鏡だけなのかどちらなのか今一判らない7。 引用した最後の行に見えるespejueloという語は難問。現代スペイン語では「透明石膏、滑石の薄片、客寄せ、(ヒバリをおびき寄せる)鏡罠、 採光窓」等の意味が有るが、いずれも文脈からは相応しくないように思える。espejueloは語源的には西espejo「鏡」の指小形であるから、 ここでは仮に「小さな鏡」と訳した。17世紀初頭のスペイン語では別の意味もあったかも知れないが、そこまで手が回らない。

後代の記録ではボゴタ大司教を務めたバルタサル・ハイメ・マルティネス・コンパニョン(Baltasar Jaime Martínez Compañón y Bujanda: 1737.1.6 Cabredo(西、ナバラ州)~1797 Bogotá(コロンビア))が著した、ペルーのトルヒーヨの動植物相や風習、産業を描いた風土記 "Truxillo del Perú."(18世紀末)の第六巻第47図(EST. No XLVII)にカーバンクルの水彩画が掲載されている(下掲写真)。

原資料には写真の通り名前しか書かれておらず、何の説明も施されていない。恐らくは、カーバンクルを描いた現存する最古の絵だろう。 スペイン語のサイトによると、頭にある白い円は、夜になっても見つからないように光る石を隠すためのカバーだと説明している 8。また、ここでは頭のその部分に"bellosidad"という名称を与えている。 しかし、これはカバーと言うよりもセンテネレが言及している額の「鏡」そのものを描写しているように見えないのだが・・・。

海外のサイトを参照すると、更に色々な設定が後付けされていった事が解る。例えば、カーバンクルの宝石(鏡ではない事に注意!!)を得ようと多くの 者が挑み失敗したことや、欲に絡んでその宝石を獲ようとするとカーバンクルがそれに気付いて眩いばかりの光線を発し、相手の目を潰すとされる といった記述がある9

この後、アルゼンチンの作家ボルヘス自著でカーバンクルを紹介した事から日の目を浴びる切っ掛けとなり、更にカーバンクルを人口に膾炙させたのは、 米国のファンタジー・テーブルゲーム『ダンジョンズ&ドラゴンズ(Dungeons & Dragons、D&D)』であった。

[D&Dにおけるカーバンクルのイラスト]
D&Dでは1981年発売の"Fiend Folio"がカーバンクルの初出だが、 実際にはカーバンクルがゲーム上に初めて現れるのはイギリスのゲーム雑誌『ホワイトドワーフ』8号(1978年7・8月)で、D&Dよりも3年先行する。 D&Dではアルマジロの様な胴体に、額にルビーをつけた土豚の様な頭をミックスしたキメラの様な姿だった(上掲写真参照)。

日本でカーバンクルが幻獣として紹介されたのはファイナル・ファンタジーが嚆矢だと思われる。同シリーズでは『ファイナルファンタジー3』(1990年4月)が その初出だが、その姿は癌腫瘍の塊に一つ目をつけた様な、現行デザインとは似ても似つかない姿だった。これは本ゲームが発売される 一年半ほど前に生じていたジャンプコミックスの『Bastard!!』第二巻(1988年11月)における所謂「鈴木土下座ェ門事件」に配慮したものかもしれない。 当時は殆ど情報の無かった幻獣カーバンクルがD&Dのオリジナル・クリーチャートと思われた為に、姿だけ変更したのではないかと思う (あくまで、私の勝手な想像です)。オチューもD&D初出の怪物だが、こちらは「事件」が起きるよりも前の『ファイナルファンタジー1』(1987年12月)から 出現しているので、姿も名前もクリソツである(D&Dの原名の綴りOtyughからFFではOchuに変更されているが、これは事件後の後付けか)。 その後カーバンクルは、『ぷよぷよ』『遊戯王』など様々な媒体で取り上げられ、日本でも知られた幻獣となった。
[Guggenheimer(1992)p.265, Kaganoff(1996)p.154, ONC(2002)p.256]
◆イディッシュgorfinkl(גאָרפֿינקל)「ザクロ石」←中高独karfunkel,karvunkel,karbunkel「ルビー、紅玉」←ラcarbunculus(o語幹男性名詞)「燃えさし、 紅玉」(古仏charboncle,charbu(n)cle「炭、紅玉」)←carbō(語幹carbōn-)(n語幹男性名詞)「炭」(伊carbone,フリウリcjarbon,cjarvon,čharvon, サルデーニャcalvone,carvone,carbone,crabone,仏charbon,ワロンtcherbon,オックcarbon,西carbón,葡carvão,ルーマニアcărbune) +-culus(指小辞)←PIE*kṛdh-←*kṛ-(ゼロ階梯)+-dh-(接尾辞:←(?)*dhē-「置く」)←*ker-「熱、火」(ラcremāre「焼く」,ゴートhauri「炭」,露čren (чрен)「フライパン」,リトアニアkurti「火をつける」,サンスクリット≪3単現≫kūḍayati「焼く」)10, 11, 12

ラcarbōの-b-の起源が良く分からない。その起源はヴァルデ(Alois Walde)の印欧比較語彙辞典によると、PIE*-dh-としている10。 また、ラcarbōの最初の母音aも説明不能。ワトキンズの印欧語根辞典では語根のゼロ階梯形*kṛ-に由来するとしている11。 印欧祖語の成節のṛは、ラテン語では規則的には-or-に発達するので、ここでは不規則(*corbon-→*carbon-の異化と説明出来なくもないと思うけれど、 良く判らん)。取りあえず、両者の指摘を合わせてPIE*kṛdh-としておいた。拡張子・接尾辞*-dh-は、PIE*wer-dh-o-「語」(英word,ラverbum)の 第二要素に想定されている拡張子・接尾辞*-dh-(←*-dhH₁)13と同じものかもしれない。
1 http://www.yourdictionary.com/garfunkel
2 https://en.wiktionary.org/wiki/carbunculus
3 アルベルトルス・マグヌス著、沓掛俊夫編訳『鉱物誌』(2004)p.47
4 http://es.wikisource.org/wiki/La_Argentina:_04
5 第三歌は副題によるとその土地の風土や生息する動物(蛇、蝶、鼠、セイレーン(la sirena)など)に関する言及が主な内容となっているようだ (本旨から外れるため、全文を訳していないので私自身は確認していない)。
6 Martin Del Barco Centenera "Argentina y Conquista del Rio de la Plata, con otros acaecimientos de los reynos del Peru, Tucuman, y estado del Brasil."(1602)p.31
7 "Con espejo en la frente reluciente"という表記からは、reluciente「光り輝く」(男女同形)という形容詞がla frente(女性名詞)「額」に 掛っているのか、それとも"espejo en la frente"「額にある鏡」を一つの男性名詞として捉えて掛っているのか不明。今のスペイン語では、 前者が普通だろうが、17世紀初頭のスペイン語の文法は私は知らないので、後者が有り得ないとは断言できない。
8 https://pendientedemigracion.ucm.es/info/especulo/numero36/relainca.html
9 http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:ERod-hPLdlAJ:www.mythicalcreatureslist.com/mythical-creature/Carbuncle+&cd=3&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
10 Alois Walde "Vergleichendes Wörterbuch der indogermanischen Sprachen. vol.1"(1930)p.418
11 Watkins(2000)p.41
12 英語語源辞典p.196、http://en.wiktionary.org/wiki/carbo
13 http://en.wiktionary.org/wiki/Appendix:Proto-Indo-European/werd%CA%B0h%E2%82%81o-

更新履歴:
2016年6月26日  初稿アップ
PIE語根Gar-f-un-k-el: 1.*ker-⁴「熱、火」; 2.(?)*dhē-「置く」; 3.*-e/on- 名詞・形容詞形成接尾辞; 4.*-ko- 形容詞・名詞形成接尾辞; 5.*-lo-指小接尾辞

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