概要
ノルマンディーにあるイズィニ(Isigny)「Isinus(人名:「鉄っちゃん」の意)の地所」という村の名に由来する。
詳細
William de Ysini/Willelmo de Yseigni(1177年リンカンシャー)1, 2, 3
Adam Dyseni(1202年リンカンシャー)1
Johannes de Iseny(1273年リンカンシャー)4
Anthony Dysney(1502年ウィルトシャー)1
地名姓。英国中部、ノッティンガムシャー、レスターシャー、ノーフォーク、エセックス各州に多い姓。上掲姓の古い記録欄の
1177年の形だが、これが英国におけるディズニー姓の文献上の初出である。2つの形が記録されているが、前者の形はリーニー
本には1150年頃、"SurnameDB"というサイトでは1177年とあり、後者の形はリーニー本に1177年とあり、二つとも同一人物の
名前と見られる5。
フランス北部、バス=ノルマンディー地方カルヴァドス(Calvados)県、バイユー(Bayeux)郡イズィニ=シュル=メール
(Isigny-sur-Mer)小郡にある同名の村の名に由来する地名姓である。当村はバターの産地として有名。ウィリアム征服王の仲間であった当地の領主と
その息子ロベルト・ディズィニ(Robert d'Isigny)という人物が、ヘイスティングスの戦い(1066年)以降にイングランドに渡って定住したのが当家の
始まりである6。このロベルトの相続人が上掲のWilliam de Ysiniであり、ロベルトの兄弟
だったと考えられている7。リンカンシャーに存在するノートン・ディズニー(Norton Disney)という
村の名は、この地一帯の土地所有者であったディズニー家の名に因む。村自体を建設したのがディズニー家なのかどうかは
良く判らないないが、ノートン(Norton)のような有り触れた地名には、所有者の家名を限定符として添える事が有り、この場合も
その例であろう。当村にある中世の聖マイケル教会に保存されている1580年製造の真鍮製の器具の底に、ディズニー家の
人物の名前が書き込まれており、彼らを記念して作られたものであるらしい8。ともかくも、
この地に住んでいたディズニー家の子孫がウォルト・ディズニーである。
以下に語源となったカルヴァドスのイズィニの名の歴史上の変遷を列挙する。
Isingnie(11世紀)9
Isigniae(1195年)10
Isingny/Isigneius/Ysineius(12世紀)9
villa quæ dicitur Isigniacus in pago Baiocensis(12世紀)9
Isigny(1243年)10
Ysigny/Ysaigneius(13世紀)9
Robino de Yseigny(1309年:人名)11
de Ysegneyo(1350年)12
Isegneyus/Isegneius/Isegny(14世紀)9
Isegneium/Isigneium(15世紀)9
原義は「Isinus(人名)の地所」(私まるぴこすの説)。イースィーヌス(Isinus)13はゲルマン人の男子名。この人名に
ゴール=ロマン系の地名形成語尾-iacum14が接続した*Īsīniacumが祖形であろう。人名のイースィーヌス
であるが、古高独īsan「鉄」(英ironと同語源)の短縮形か、古高独īs「氷」に由来する男名イーソ(Iso)15
に指小辞-īnが接続した愛称形である。「鉄っちゃん」とか「氷ちゃん」みたいなニュアンスになるだろう。大抵、人名Isoの語源は
前者の「鉄」由来説で説明されている本が多く、意味の上でも「氷」を人名に用いるのは不自然であるから、私は「鉄っちゃんの
地所」説を採用する。
上記以外にも別の語源説があり、ONCはゴール(大陸ケルト)語のIsinaという名のラテン語化した個人名Isiniusに由来するとしている
16。モルレもIsiniusという個人名に由来すると解釈している12。
然し、Isinaがどういった名前なのか記されておらず、河川名の古形(バイエルンのIsen川など)としては記録が有るものの、
調べた限りでは人名での用例は無いようだ。Isiniusという名前も、使用例が確認できずこの説の妥当性が疑われる
(今の所、ディズニー姓と地名イズィニの絡み以外ではIsiniusとIsinaいう人名は確認できず、これらの固有名詞の
語源を説明する為に捏造された名前ではないかと私は疑っている)。
一方、ネグル(Ernest Nègre)はゲルマン人の男名エキノ(Ekino)17由来説をとっている
10。古フランス語の方言の中でも、ノルマンディーで
話されていた古ノルマン・フランス語では軟口蓋破裂音[k]は前舌母音が後続した場合、硬口蓋化し[tʃ]の音に転じ-ch-という
綴りで現れる。又、[k]の硬口蓋化が更に進んだ[s]は、フランス語では語源的な-c-或いは-ch-の綴りを用い続ける事が多く、
k→sの綴りの変化の説明に少し難があるかもしれない18。
また、ウェールズ人の個人名Islwynが5世紀頃にブルターニュ地方へと進出し、この名がガリア語化した名前Isina
のラテン語化形Isiniusに由来するという説がある19。然し、IslwynがIsinaという形に転じる
音韻変化の理由が説明できない。Islwynがもし5世紀のフランスに借入されたとしたら、その後の音韻変化で恐らく
一番最初に脱落する子音は-s-なので(例:古高独Gisilbert→古仏Gislebert→古仏Gilebert)、古ノルマン・フランス
*Ilwenの様な形に転じてしまいIsinaという形にはならない。現代語の形Islwynに語源を求めるのも、難点が有ろう(5世紀
当時にもIslwynという形であった保障は無いのではないだろうか)。
尚、仏マンシュ県のイズィニ(Isigny)、サルト県のイズィニェ(Isigné)、ニエーヴル県のイズネ(Isenay)、エーヌ県の
エスィニ(Essigny)はいずれも同源の地名である20。ドイツ、ラインラント=プファルツ州、トリーア近郊の町アイゼナハ
(Eisenach)も同語源とする説が有るが、こちらはドイツ語で「鉄川」の意である可能性が高い。また、Disneyの語頭D-、
つまりラテン語の前置詞deは、英語の前置詞to「~へ」と同語源である。
[Reaney(1995)p.136,Harrison(1912-1918)p.116,Lower(1860)p.90,Bardsley(1901)p.244,Arthur(1857)p.116,
Barber(1903)p.130,ONC(2002)p.173]
1 Reaney(1995)p.136
2 Pipe Roll Society "Publications of the Pipe roll society"vol.26(1905)p.114
3 http://www.surnamedb.com/Surname/Disney
4 Bardsley(1901)p.244
5 WillelmoはWillelmusの単数奪格形で、直前に奪格支配の前置詞deがある為。どうも、原典には
同一人物の姓とし他にてYsengniという形も記録されているらしい。原典はデーンロー(Danelaw:9世紀にデーン人によって
侵略・支配されたイングランド東北部)の1154~1189年代の古文書による(上掲"SurnameDB"の記事参照)。
6 http://fr.wikipedia.org/wiki/Isigny 但し、武将としてウィリアム征服王と共にノルマン=
コンクエストに参戦し、イングランドに定住したとする意見もある。以下を参照のこと。
http://www.independent.co.uk/travel/uncle-walts-lost-ancestors-1266622.html
7 Beatrice Adelaide Lees "Records of the Templars in England in the twelfth century:
the Inquest of 1185 with illustrative charters and documents"(1981)p.86の注7
8 http://en.wikipedia.org/wiki/Norton_Disney
9 Louis Huet "Histoire civile, religieuse et commerciale d'Isigny (Calvados)"(1909)p.19
10 Nègre(1991)p.765 但し、Morlet(1985)p.107は1195年の形をIsignie、1243年の形をYsignyと
記している。有意な違いは無いので大した問題ではないが、どちらが正確なのかは不明。
11 Guy-Alexis Lobineau "Histoire de Bretagne"(1707)p.472
12 Morlet(1985)p.107
13 Förstemann(1966)sp.804
14 本来は-acumが地名形成語尾である。-acum接辞が
、例えばAemiliusとかClaudiusとかTerentius等の-iusという語尾の人名に接続した時、人名の屈折語尾-usを取り払ってから
-acumを繋げるので、地名の語尾は-iacumという形をとる。更に-iusという語尾の人名は極めて多い為、-acum地名の中でも、
-iacumの形をとるものが最も多かった。従って-iacum形自体が地名形成語尾だと勘違いされ、語幹が-iでは終わらない人名
(今回の場合はIsinusであるが)にですらも、-iacumが接続されるようになったのである。
15 Gottschald(1982)p.169f.
16 ONC(2002)p.173 この説自体は、どうもAlbert Dauzat et Charles Rostaing
"Dictionnaire des noms de lieux de France"(1963)が初見らしいが、中身を確認していないので詳細不明。
17 Förstemann(1966)sp.32
18 嘗ては、"又、[k]の硬口蓋化が更に進んだ[s]は、一貫してフランス語では語源的な-c-或いは-ch-の綴りを用い続けており、
初出形から-s-の形を貫き通しているIsignyという地名が、Ekinoなどという[k]を持つ名前に由来しているとは考え
にくい"と私は考えていたが、調べていく内に古フランス語には[k]から硬口蓋化により発達した[s]を、アルファベットの"s"で
表記する例がある事が判った。例えば、古仏sion,cion「接木」はフランク*kīþ「新芽」に遡る(英語語源辞典p.1229-1230)。又、
中世ラテン語では語源的綴りamicitiaをamisisyaと綴っている文献も見られる(國原(2007)p.38)。但し、あまり例は多くない。
19 http://blog.livedoor.jp/namepower/archives/1376915.html
20 http://fr.wikipedia.org/wiki/Isigny-le-Buat
執筆記録:
2011年2月12日 初稿アップ
2011年6月9日 ネグルの説に対する評価を変えた。
Copyright(C)2010~ Malpicos, All rights reserved.