Di Resta ディ・レスタ(伊)
概要
①伊(a)resta「芒」に由来し、「取るに足らない人、瘦せた人」の意の渾名、或いは長寿を願って付けられた祝賀個人名に由来。
②語源不明のラテン語の男子名Restusの女性形*Restaに由来。
③ギリシア男名オレステース(Oréstēs(←(?)ギóros「山」))から生じた個人名(女名?)*Arestaの頭音消失形から。
④語源が知られていないトスカーナ州の小地名Restaに由来。
詳細
Giuseppe Resta(1710年プッリャ州)1

英国のF1レーサー、ポール・ディ・レスタ(Paul di Resta:1986.4.16 Livingston(スコットランド、ウェスト・ロージアン)~)の姓(彼の姓は 前置詞diの語頭が小文字か大文字の両パターンで表記され、ブレがある)。明らかにイタリア系の姓で、様々なサイトでイタリア系スコットランド人 と紹介されているが、彼の父ルイス(Louis Di Resta)の詳しいルーツが確認できない。ルイスの甥で、やはりレーサーのダリオ・フランキッティ (George Dario Marino Franchitti:1973.5.19 Bathgare~)もウェスト・ロージアンの出身である。フランキッティも明らかにイタリア系の姓である が、もっと興味深いのはディ・レスタ姓もフランキッティ姓も両方ともイタリアでは殆ど同じ地域に分布している。ラツィオ州とカンパーニア州の 州境地帯とローマ市とその周辺である。偶然なのだろうか。但しWikipediaイタリア語版によると、ダリオ・フランキッティの祖父はラツィオ州の 北隣のトスカーナ州北端のマッサ=カッラーラ(Massa-Carrara)県のコムーネ、ポントレーモリ(Pontremoli)の出身としている 2。これ以外に出自に関する情報が今の所確認できない。

姓は前置詞の伊di「~の」が前置するので、誰それの子孫を表現したか(同様の例に、同じF1レーサーのダンブロシオ(d'Ambrosio)の姓がある)、 若しくは地名由来の姓である。従って原義は「Restaの子」、又は「Resta出身者」。前者の場合、後半要素Restaは女性形を採っている事から、女性の 洗礼名か渾名を起源としている(以下に列挙する諸説の内、①~③が該当)。語源に関して複数の説が存在する苗字だが、語形から考えて③説は かなり疑問点が多い。他の3説が妥当だろう。この姓は資料が少なく、不満足な結果となってしまった。
①ニックネーム姓。ミネルヴィーニの解釈。伊(a)resta「小麦やイネ科植物の芒(ノギ)」を語源とする渾名Resta1に由来する。 芒はイネ科植物の身を包む殻(籾(モミ))の先端についている細長い尖ったヒゲのことで、特に麦類に顕著3。人名としては、 穀物類の不要部分である事から、比喩的表現による「つまらない人物、取るに足らない人」の意の渾名、或いはその長さに因んで、子供の長寿を願って 与えられた祝賀個人名と説明されている1。或いは、「瘦せすぎの人」を意味する渾名Aresta1の 頭音消失形に由来する可能性もある。Arestaは古代ローマの詩人ホラティウスの著作に見える人名アリスティウス(Aristius)と同じく、結局、 伊resta「芒」の語源となったラarista「芒」に遡る。
[Minervini(2005)p.414]
②母称姓。ロッソーニの説明では、ローマ人の個人名Restus(男性形)、*Resta(女性形)に由来するとしている4。この ラテン語の人名は、男性形Restusに関しては使用例が確認されている。年代が良く判らないが、ティーブル(Tībur:現ラツィオ州中部ティーヴォリ (Tivoli))でRestusという名の行商人(circitor)がいた記録が有る5。彼はレストゥトゥス(Restutus)という甥がいた。 人名の語源は良く判らない。ただし、この伯父と甥の名前は語源的に関連し合っている様に見える6。ロッソーニの サイトにも、古い碑文から人名Restusの使用例を引用している7
[Rossoni(2000) dip項]
③母称姓。ラペッリのヴェローナの苗字辞典にResta姓を載せ、ギリシア人の男名オレステース(Oréstēs(Ὀρέστης))を反映したイタリア南部に 見られるアレスタ(Aresta)姓の頭音消失形に由来するのではないかとしている。確かに、Arestaという姓はイタリア南部のプッリャ州特有の姓である。 この伝で行くと、オレステースの名から生じた*Arestaという個人名があり(語形からして女名と思われるが・・・)、その頭音消失形の個人名 *RestaからDi Resta姓が派生したと考える事が可能である。だが、語頭の母音がo→aに転じ得るかどうか疑わしい。この点に関しては、イタリア語の 方言や音韻史を知らないと判断できないので私としては何とも言えない。というよりも、①でミネルヴィーニが言及している「芒」が原義のAresta姓が 元になっていると考える方が、無難な気がする。

因みに、オレステースは、古代ギリシアのホメーロスの叙事詩『イーリアス』に登場するギリシア軍総司令官アガメムノーンの息子だが、名前の 語源は良く判らない。シャントレヌやボワザックのギリシア語語源辞典では、ギóros(ὄρος)「山」と関係付ける説が提示されている 8。特に、シャントレヌに細かい説明があり、エペイロス地方の民族名オレスタイ(Oréstai(Ὀρέσται)≪複数形≫: シャントレヌは原義を「山岳民族」とする)や山のニンフを意味するギorestiádes(ὀρέστιάδες)等との語源的関係を示唆している。他には、 ギoroúein(ὀρούειν)「突進する、突撃する(dart, rush forward)、そびえ立つ(rise, tower)」に由来すると見る説もある 9。いずれにしても、óros「山」もoroúein「突進する」も、印欧祖語の動詞語根*er-,*or-「動く」に遡ると考えられている 8
[Rapelli(2007)p.590]
④地名姓。ミネルヴィーニとロッソーニが言及している説。地名として確認が取れるのは、トスカーナ州シエーナ(Siena)県のコムーネ、 ブオンコンヴェント(Buonconvento)内の小地名ファットーリア・レスタ(Fattoria Resta)。地名の由来は資料がなく、判らない。イタリアは 地名研究が英・独・仏・ポーランド等に比べ、遅れている感じがする。この様な小地名の起源の研究は、まだまだ先の事であろう。
[Minervini(2005)p.414,Rossoni(2000) ren項]
◆伊(a)resta「芒」←後ラarestam←ラarista「芒、穂」(仏arête「魚の骨、尾根、芒」)←?。語源不明。ヴァルデ(Alois Walde)のラテン語語源辞典には 2つの説が載せられている。以下に列挙する10
●フィックス(Ficks)の説:ラarista「芒」の原義を「射撃(Schuß)」と想定し、ギoistós「矢」とサンスクリットásyati≪3・単・現≫「投げる、投擲する」 と関係付ける。但し、対応数が少なく疑問視されている。
●ドイツの文献学者、言語学者ベッツェンベルガー(Adalbert Bezzenberger)の説:リトアニアàsys「木賊(トクサ)(Schachtelhalm)、藺草(Binsen)」, esiai,esiukles「木賊(Kannenkraut)」,ラトヴィアaschi「木賊、藺草」と関係付ける。但し、これらのバルト語派の植物名はデンマークの 文献学者Vilhelm Ludvig Peter Thomsenによって、フィンランド語起源の可能性が指摘されており、ラarista「芒」との関係は 妥当性に欠けている。然し、Thomsenが指摘するフィンランド語はどんな単語か確認できない。「木賊」はkangaskorte(原義「森の馬の尾」)、「藺草」は vihviläである。
1 Minervini(2005)p.414
2 http://it.wikipedia.org/wiki/Dario_Franchitti
3 芒(ノギ)(英awn)は稲にもあるらしいが、成長過程で取れてしまうようだ。尚、同じイネ科のとうもろこしのヒゲは 雌蕊で、芒ではない。
4 http://www.cognomiitaliani.org/cognomi/cognomi0004ip.htm
5 Alfred Fleckeisen "Jahrbücher für classische Philologie. vol.24"(1898)p.836-837
6 私の勝手な憶測だが、Restusはラrestāre「留まる、抗う、残る」(研究社羅和辞典p.564)に由来すると考えてみた。 動詞の語根(或いは語幹)がrestā-なので、ここから直接派生したのではなくその過去分詞形restatus「留まった」のハプロロジーによって造られた 名前かもしれない。逆に甥の名Restutusは、ラrestituere「再建する、復興する、取り戻す」の過去分詞restitūtus「建て直した」のハプロロジーからか。 しかし、余りにご都合主義的な説明なので、いささかムチャが過ぎる仮説なのだが。ただ、ラテン語の個人名は動詞由来の場合、現在分詞か過去(完了) 分詞からしか作られないので(浅学の身だから私が例外を知らないだけかも知れないが、今の所確認していない)、この様なトリッキーな事を 弄しないと説明できない。それともラrestis「縄」からなのだろーか。
7 http://www.cognomiitaliani.org/cognomi/cognomi0016en.htm
8 Boisacq(1916)p.717、Chantraine(1968-80)p.826
9 Davide Del Bello "Forgotten paths: etymology and the allegorical mindset."(2007)p.35
10 Walde(1938-56)p.60-61

執筆記録:
2012年1月21日  初稿アップ
PIE語根Di-Rest-a: ①1.*de-, *do- 指示詞形成要素、前置詞・副詞語幹; 2.語根不詳; 3.*-ā-² 女性名詞形成接尾辞
②1.*de-, *do- 指示詞形成要素、前置詞・副詞語幹; 2.語根不詳; 3.*-ā-² 女性名詞形成接尾辞
③1.*de-, *do- 指示詞形成要素、前置詞・副詞語幹; 2.(?)*er-¹「動く、動かす」; 3.*-ā-² 女性名詞形成接尾辞
④1.*de-, *do- 指示詞形成要素、前置詞・副詞語幹; 2.語根不詳; 3.*-ā-² 女性名詞形成接尾辞

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