Colbert コルベール(仏)
概要
①フランク,古高独Colobert(ゲルマン*kulam「炭」+ゲルマン*berχtaz「明るい」)という男名より。「炭明(スミアキ)」の意。
②古仏col(l)ibert,co(i)lvert「農奴、自由民と農奴の中間層に所属していた人間」に由来。
詳細
フランスの政治家ジャン=バティスト・コルベール(Jean-Baptiste Colbert:1619.8.29 Reims(マルヌ県)~1683.9.6 Paris)の姓。非常に珍しい 姓で、フランス北部に分布が偏る。1941~1965年の統計では全国80件のうち、パリに12件、ソンム県に10件、パ=ド=カレー県に6件、ワーズ県に5件、 カルヴァドス県に4件などの内訳だが、南西端のピレネー=アトランティック県の5件等、今一理由の判然としない集住地も見られる。政治家のコルベールは フランス北東部のマルヌ県の出だが、現在は当地には殆ど分布していない。

Jacobus Colberth (=Jacques Angeli)(1406年Praha大学)1
Loys Collebert(1471-1472年Paris)2Loys Colebert(1471-1472年Paris)2Louis Collebert(1473-1474年Paris)3
Micheau Coulbert(1488年Jarzé(メーヌ=エ=ロワール県))4

①父称姓。フランクColobert5という男名に直接由来するか、同語源の古高独Colobert(『ロルシュ(Lorsch)古写本』の8世紀の 記録に見える)6から借用男名に遡る。第二要素は古低地フランク*berht,古高独beraht,古ザクセンberht「明るい」 7(=英bright)で、全く同じ構成要素の名前が古英Colobert8、Colibert8の 形で英語にも見える。第一要素の由来については諸説ある。

最も有名な説は、古ノルドkollir「兜(Helm)」に由来すると見る説で9、かなり広い範囲で引用されている。調べた限りではこの説が 最初に見える資料は1864年のもののようである10。私自身も長らくこの説を信じていた。所が、調べてみると古ノルドkollir「兜」と いう語は辞書には見えず、良く似た古ノルドkellir「兜」11があり、恐らくこの語の誤りか、或いは他の良く似た語形・意味の 古ノルドkollr「丸い山頂、頭、頭蓋骨(runder Gipfel, Kopf, Schädel)」12,古アイスランドkollr「頂上、頭」 13,古英coll「(小さい)丘」14といった語と混同した解釈と思われる。ゲルマン人の個人名は人名要素に 武具名を用いるのが定番パターンの一つなので、古ノルドkollr「兜」,古英col「兜」もその一つだともされるが10、古ノルドkollr「兜」, 古英col「兜」も存在が確認出来ない。人名要素Col-の意味の特定は困難とする学者もいる15。いずれにしても、「兜」の意味を持って いるのは古ノルドkellirという殆ど使用例の無い形態で、しかもこの語は母音が異なるのと-ll-という二重子音を持つ為、Colobertという男名の要素の語源と 見るのには適当な候補とは言い難い。

このCol-というゲルマン人個人名要素は古ノルド語、古期英語でよく出現し、古高地ドイツ語でも稀に現われる。これらの言語における Col-要素を含む上記以外の他の名前としては以下のものが有る。
●古ノルド語:Kolbeinn16、Kolbjorn16、Kolbrandr16、Kolfinnr 16、Kolgrímr16、Kolsveinn16
●古期英語:Colbeorn8、Colbrand8、Colfrido17、Col(e)grim 8、Col(e)man18、Colnoth18、Colricus19、 Colwine18、Colwolphus19
●古高地ドイツ語:Col(o)man6

古ノルド語の語形はKul-という母音uを持つ形も多く例証される16。古ノルドでo/u、古英と古高独でoを持つ形が現われるという 事は、即ちゲルマン祖語の段階ではこの母音は短母音のuであったとしか考えられない。この為、ゲルマン*kulam「炭」20(英coal, 独Kohle)がその正体であるとする説がドイツの言語学者ブルックナー(Wilhelm Bruckner)21やオランダのゲルマン語学者 デ・フリース(Jan de Vries)等によって提唱されている 5, 22, 23。これならば、ゲルマン諸語の最古層の記録で二重子音ではない-l-で例証されているのとも符合し、形態的・ 音韻的にも説得力が有り、こちらの方が正鵠を得ている。従って、Colbertという名前は「炭+明るい、炭明(スミアキ)」という意味と言う事になる。

一方、フランスの言語学者モルレ(Marie-Thérèse Morlet)はゲルマン人の男名Coldberht(古高独kalt「寒い、冷たい」+古高独beraht「明るい」)に由来すると 説明しているが24、そのような男名は使用例が知られておらず、又、ゲルマン*kaldaz「寒い」25 (英cold)を構成要素に持つ二要素個人名もゲルマン諸語では確認出来ない為、支持出来ない。

尚、政治家ジャン=バティスト・コルベール自身は自分の出自はスコットランド貴族にあると信じており、わざわざスコットランドのエディンバラに 秘書官を派遣して、自分の系譜や出自を調査させている。その調査結果によれば、ColbertやCuthbertという名前のスコットランド人の人物が先祖として 確認されたという。然しそれによって彼の出自がはっきりしたというより、そのように証明できうるというレベルのもので、結局は伝説であった ようである。にもかかわらず、彼は祖父の墓石に「スコットランドが私を産み、ラン(Reims)に死す(En Ecosse j'eus de berceau, Et Rheins m'donne le tombeau.)」 という碑文を書かせている26。又、Cuthbertという名前は古期英語以来の由緒ある男名で姓にもなっているが、第一要素は 古英cūþ「名の知られた、有名な」27(独kund「知られた」と同語源)で、「有名な+明るい」という意味の名で、Colbertとは語源上何の 関係も無い。

[Morlet(1997)pp.231f., Cellard(1983)p.26, Larchey(1880)pp.107f.]

Jehan Collibert(1401-1402年Bion(マンシュ県))28
Richart Colibert(1424年Le Mont-Saint-Michel(マンシュ県))29

②職業姓、ニックネーム姓。古仏col(l)ibert,co(i)lvert「農奴、自由民と農奴の中間層に所属していた人間」30(←中ラ col(l)ibertus31←ラcollībertus「(同じ旧主人から)解放された奴隷仲間」32)に由来する。

[Morlet(1997)p.232, Larchey(1880)p.108]
1 Comité des travaux historiques et scientifiques "Actes du ... Congrès national des sociétés savantes: Section d'histoire des sciences et des techniques. vol.2"(1985)p.40
2 Société de l'histoire de Paris et de l'Ile-de-France "Mémoires de la Société de l'Histoire de Paris et de l'Ile-de-France. vol.20"(1893)p.10
3 ibid. p.11
4 Isabelle Mathieu "Les justices seigneuriales en Anjou et dans le Maine à la fin du moyen âge: institutions, acteurs et pratiques. vol.3"(2009)p.56、 2016年4月23日閲覧
5 de Vries(1959)p.324
6 Förstemann(1966)sp.319
7 http://www.koeblergerhard.de/germ/germ_b.html
8 Searle(1969)p.141
9 Gottschald(1982)p.297、Heintze(2014)p.180
10 Robert Ferguson "The Teutonic Name-system Applied to the Family Names of France, England, & Germany."(1864)pp.225f.
11 http://www.koeblergerhard.de/an/an_k.html
12 Jan de Vries "Altnordisches etymologisches Wörterbuch. vol.6"(1959)p.325
13 Geir T. Zoega "A Concise Dictionary of Old Icelandic."(2004)p.245
14 http://www.koeblergerhard.de/ae/ae_c.html
15 Karl Gustaf Andresen "Die altdeutschen Personennamen in ihrer Entwickelung und Erscheinung als heutige Geschlechtsnamen."(1873)p.62
16 http://www.vikinganswerlady.com/ONMensNames.shtml
17 Nonoicensis Bartholomaeus de Cotton "Historia Anglicana; (a. D. 449 - 1298) neenon ejusdem Liber de Archiepiscopis et Episcopis Angliae."(1859)p.7
18 Searle(1969)p.142
19 Robert Fabyan "The New Chronicles of England and France: In Two Parts."(1811)p.109
20 http://www.koeblergerhard.de/germ/germ_k.html
21 ドイツのゲルマン語学者ケーゲル(Georg Rudolf Koegel:1855~1899)に 師事。
22 Wilhelm Bruckner "Place Names in the English Bede and the Localisation of the Mss. vol.75"(1895)p.80
23 Stephan Opitz "Südgermanische Runeninschriften im älteren Futhark aus der Merowingerzeit."(1977)p.174
24 Morlet(1997)pp.231f.
25 http://www.koeblergerhard.de/germ/germ_k.html
26 Gilles Leydier "Scotland and Europe, Scotland in Europe."(2009)p.46の脚注19
27 http://www.koeblergerhard.de/ae/ae_c.html
28 Société de l'histoire de Normandie, Société d 'archéologie et d 'histoire de la Manche "Mélanges."(1898)p.260
29 Siméon Luce "Chronique du Mont-Saint-Michel (1343-1468)."(1879)p.170
30 Godefroy(1880-1895)vol.2 p.401
31 J. W. Fuchs, Olga Weijers, Marijke Gumbert "Lexicon latinitatis nederlandicae Medii Aevi. vol.11"(1979)p.813
32 研究社羅和辞典p.131

更新履歴:
2016年4月26日  初稿アップ
PIE語根①Col-ber-t: 1.*g(e)u-lo-「真っ赤に燃える炭」; 2.*bherəg-「輝く;明るい、白い」; 3.*-to- 分詞・形容詞・名詞形成接尾辞
②Co-lb-er-t: 1.*kom「~の近くに、傍に、共に」; 2.*leudh-「増える、成長する;人々」; 3.*-ró- 分詞・形容詞・名詞形成接尾辞; 4.*-to- 分詞・形容詞・名詞形成接尾辞

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