概要
フランス南東部の小地名シャンポレオン(Champoléon)に由来。原義は「虫野」「オリーヴ園」「土地の片隅」「崩れた高台」等、定説が無い。
詳細
Jean Champolion(1510年Saint-Bonnet-en-Champsaur(オート=アルプ県))1
Simon de Champolion(1560年Aix-en-Provence(ブーシュ=デュ=ローヌ県))2
Georges Champoléon(=Champollini=Campollini)(1566年Gap(オート=アルプ県))3
地名姓。1891~1915年の統計では仏南東部に集住する姓で、全国22県の記録の内、イゼール県が6件、オート=アルプ県が5件、ブーシュ=デュ=ローヌ県が
4件、ドローム県が3件である4。現在も殆ど同様の分布を示す。異綴のシャンポレオン(Champoléon)という同源の稀姓も
ある。フランスの考古学者、エジプト学者、ジャン=フランソワ・シャンポリオン(Jean-François Champollion:1790.12.23 Figeac(ロット県)~
1832.3.4 Paris)の姓だが、彼の出身県のロットには全く見られない。それもその筈で、先祖が当地に移住したからである。仏Wikipediaを参考に
5、その経緯を以下に述べる。
彼は本商人である父ジャック(Jacques Ch.)の7人の子の末っ子として生まれた(誕生当時既に二人の子が
夭逝していた)。ジャックはイゼール県グルノーブル(Grenoble)郡ヴァルボネ(Valbonnais)小郡にある村ヴァルジュフレ(Valjouffrey)を発祥とする
家族の出であった。ジャン=フランソワの祖父バルテルミ(Barthélemy Ch.)は1694年にこの村で生まれ、1727年にマリー・ジェレウー(Marie Géréoud(姓は
Gérouxとも):1709年生まれ)という女性と、彼女の故郷ヴァルボネ村で結婚した。夫婦は5人の子に恵まれ、そのうちの一人が考古学者の
父ジャックで、1744年に付近のラ=ロシュ=デ=アンジュラ(La-Roche-des-Engelas)という村で生まれた。ジャックは後に恐らく政治的な理由によって
生まれ故郷を追放され6、司教座聖堂参事会員を務めていた従兄弟に恐らく勧められて、ロット県のフィジャック(Figeac)という村に
居を構え、1773年にその村の資産家の娘ジャンヌ=フランソワーズ・ガリュー(Jeanne-Françoise Gualieu)と結婚した。
オート=アルプ県ガップ(Gap)郡オルシエール(Orcières)小郡のシャンポレオン(Champoléon)という村(コミュヌ(commune)フランスの行政単位の
最小単位)の名に由来する。当地は苗字の集住地のほぼど真ん中にあり、上述の通り考古学者の先祖もその集住地の出身。以下に地名の歴史上の
変遷を列挙する。
Campolivus(1377年)7, 8, 9
Champolinus(1390/1410/1540年)7, 8
Champolivus(1459年)7
Champolion(1516年)7, 8
Campollini(1543年)10
Champolieu(1557年)7, 8
Champollion(1572年)7
上掲の通り、後半要素は殆ど支離滅裂な変遷を辿っている。この為、地名の第一要素が北部オック語champ「原、野」8で
ある事は論を待たないが、第二要素の由来については識者によって言っている事が全然違っており、諸説紛糾している。以下に列挙してみる。
●『Oxford Names Companion』(以下ONC)の説11
後半要素は古仏pouillon「虫の類(sorte d'insecte)」12に由来。即ち、地名は「虫野」を意味する。但し、ONCは
シャンプイヨン(Champouillon)姓の異形としてシャンポリオン(Champollion)姓を挙げているが、どうも両者は別々の発祥の姓であるらしい。
というのも、Champouillon姓は1891~1915年の統計では全国24件の内、その半数の12件がモーゼル県での記録で、その他3件がヴォージュ県、2件が
ムルト=エ=モーゼル県という分布を示す、フランス北東部特有の姓だからである13。確証がある訳ではないが、恐らく
Champouillon姓は、モーゼル県の何処かにあった喪失地名に由来する姓ではないかと思う。シャンポリオンとの関係は直接は無いであろう。
●モルレ(Marie-Thérèse Morlet)の説14
ラcampulus「土地の片隅(petit coin de terre)」15から派生した*campulionemという形から生じた。
●ネグル(Ernest Nègre)の説8
後半要素はオックoliu「オリーヴ(olivier)」8に由来し、従って地名は「オリーヴ園」を意味する。筆者マルピコスが調べた
所では、オノラ(S. J. Honnorat)のプロヴァンス語辞典にoliu「オリーヴ園(champ d'oliviers)」16の語があり、また
「オリーヴ」そのものはフランス語と同じ語形のolivier16が掲載されている。又、ネグルはこの地名は福音書のそれを
想起させるといっているが、これはイエス・キリストが捕縛される前夜、オリーヴ園(或いはオリーヴの山)で神に祈ったという故事に基づいている。
更に、地名は後に後半要素がオックleon「ライオン」と見做され入れ替わったとする8。
●モラン(Arnaud Morin)の説17
あるサイトで紹介されている説。第二要素はLAP,LIP「小さな峡谷、地崩れ(ravine, éboulement)」という語根に由来し、この語根から
仏lave「溶岩」が派生しているが、この地域ではlaveに「洪水によってもたらされた土砂の堆積物」の意味があるという。確かに、仏lave「溶岩」は
ラlābēs「崩壊、沈下」18,lābī「滑る、崩れる、流れる」18から派生した語である。更に、
第一要素はラcampus「野」から生じた語根CAM「高台」に由来するとする。つまり、「渓谷のある高原、崩れた高台」の意とみているらしい。また、
このサイトでは第二要素は「白い」意味のlivusという語を起源とする説も載せるが、こじ付け臭いという。又、ネグルの説も紹介されている。
元々の地名の末尾は-nなのか-vなのか、どちらの綴りも同時期に現れ始め、初期の両者の出現頻度も殆ど同じである。この状態では、
確からしい語源を突き止めるのは困難であり、第二要素に関しては語源不明とするほか無い。尚、上掲の通り16世紀中葉にイタリア語化した
綴りが地名・苗字共に記録に残っている。又、イタリア中部のラツィオ州にカンポリーニ(Campolini)、北部のロンバルディーア州西部に
カンポレオーニ(Campoleoni)という稀姓が存在する。前者はまず直接的関係は無いだろうが、後者はもしかしたら件のフランス地名シャンポレオンに
由来する地名姓の可能性がある。
[Morlet(1997)p.197,ONC(2002)p.120]
1 Archives départementales des Hautes-Alpes "Inventaire sommaire des Archives départementales antérieures à
1790. vol.4"(1897)p.83
2 Jean Justin Monlezun "Histoire de la Gascogne depuis les temps les plus reculés jusqu'à nos jours. vol.6"
(1849)p.161
3 Archives départementales des Hautes-Alpes "Inventaire sommaire des Archives départementales antérieures à
1790. vol.6"(1901)p.202
4 http://www.geopatronyme.com/cgi-bin/carte/nomcarte.cgi?nom=Champollion&image.x=3&image.y=8
5 http://fr.wikipedia.org/wiki/Jean-Fran%C3%A7ois_Champollion
6 仏Wikipediaの該当ページの脚注にジャックが村から追放された原因を挙げている。それによると、彼は政府から発禁本に
指定されていた書籍を販売してしまったのが原因ではないかとしている。
7 Roman(1884)p.31
8 Nègre(1998)p.1730
9 Roman(1884)p.31では、1377年の綴りをChampolivusとしている。ここではネグルの上げる形に従った。一次史料を確認できないので
どちらが正しいかは不明。
10 Archives départementales des Hautes-Alpes "Inventaire sommaire des Archives départementales antérieures à
1790. vol.6"(1901)p.269
11 ONC(2002)p.120
12 Godefroy(1880-1902)vol.6 p.346
13 http://www.geopatronyme.com/cgi-bin/carte/nomcarte.cgi?nom=champouillon&image.x=11&image.y=6
14 Morlet(1997)p.197
15 Gaffiot(1934)p.251
16 Honnorat vol.2(1847)p.112
17 http://www.vallouimages.com/champsaur/champoleon-toponymie.htm
18 研究社羅和辞典p.354
執筆記録:
2012年2月11日 初稿アップ
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