概要
①男名Abraham(ヘブライ語で「父は哀れむ」の意とする説などあり)の頭音消失形にに属格語尾-(e)sが接続して派生。
②古ザクセン*brām「エニシダ」+古ザクセンėtisk,ėzk「穀物畑」より形成される地名ブラムシェ(Bramsche)に由来。
③中低独bramhus「クロイチゴ、又はエニシダの灌木に接する住宅」に由来。
④中低独brām「エニシダやブラックベリーの茂み」の属格形に由来し、そのような場所近くの住人を表す。
詳細
シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州やニーダーザクセン州北西部に分布が集中する姓である。ドイツの作曲家ヨハネス・ブラームス(Johannes
Brahms:1833.5.7 Hamburg~1897.4.3 Wien(墺))の姓。
Bartel Bramsten(1675年Balje(ニーダーザクセン州))1
Peter Henrich Brahms(1782年Brunsbüttel(シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州))2
①父称姓。男名アブラハム(Abraham)の頭音消失形に由来する古い男性名ブラーム(Braem)に属格語尾-(e)sが接続して生じた。アブラハムの名は旧約聖書の
登場人物の名。ヘブライābh「父」+セム語動詞語根*r-ḥ-m「哀れむ」より形成され、「父は哀れむ」の意とする説、或いは
「神々しき高貴なる父(the (divine) father is exalted)」の意とする説3等、諸説ある。
作曲家のブラームスの遡り得る最古の父方直系の先祖は、ダニエル・ブラームスト(Daniel Brahmst)という男で、1670年頃ニーダーザクセン州北部
クックスハーフェン(Cuxhaven)郡、エルベ川の支流オステ(Oste)川沿いの村ノイハウス(Neuhaus)に生まれたとされる4。
ダニエルは1699年、29歳の時に長子ヨーハン(Johann)を儲けており、ヨーハンは1734年にはオッテンドルフ(Ottendorf)に在住した。
先祖の姓はBrahmst以外にも、17世紀のクックスハーフェンの教会の記録にBrahm、Brams、Bramst、Braamst、Brambstの形でも現れている
5, 6。又、ニーダーザクセン州北部のバリェ(Balje)7で、17~19世紀にBramsten、
Bramst、Brahmstという家族名の記録が有る。この様に作曲家ブラームスの姓は、古くは語末が-s、或いは-stで揺れがあり、どれが原型を残して
いるのか用意には確定出来ない。作曲家ブラームスの伝記本は、ドイツをはじめ海外のものだと大方、低高独brām「エニシダ」に由来する姓と
している5, 6。この解釈を取るなら、末尾の-s(t)は以下の様に説明できるだろう。
祖形が-sの場合、地名に属格語尾-(e)sを接続して地名姓を作る低地ドイツ語圏でよく見られる手法にのっとったもの、原形が-stであれば
中低独-sate,-sete「居住地」(複合語の要素のみに見られる語:cf.ホルスト(Holst))が短縮したものと仮定できる。
所が、ヨーンゼン(Wilhelm Johnsen)という人が蒐集したブルンスビュッテル(Brunsbüttel)の家系図によると、ブラームス(Brahms)、ブラームスト
(Brahmst)、ブラームゼン(Braamsen)という家系はいずれも、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州南部のエルベ川下流域北岸の湿地帯地域(Elbmarsch)
の発祥としており8、Braamsen姓も同系統の姓と考えているようである。エルベ湿地帯は、
今もBrahms姓とその関連姓が多く分布する地と非常に近い。ここで、現在の同系統の姓の分布地を参照してみる。
現在、Brahmst姓はハンブルク市やその西隣のシュターデ(Stade)郡に多く、Braams姓はフリースラントやヴィットムント(Wittmund)各郡、
Bramste姓はアウリッヒ(Aurich)郡に多く、Brams姓はヴィルヘルムスハーフェン郡に多い(但し、Brams姓はバイエルン州南部とノルトライン=
ヴェストファーレン州西部にも集住地がる)。これらの関連姓の分布地を参照すると、ドイツ北西部のフリジア人(フリース人)の居住地に重なっているのである。
殆ど父称姓しか持ち合わせなかったフリジア人の姓事情からすれば、Brahms~Brahmst姓の起源は、やはり男名Abrahamの短縮形*Bramに属格語尾
-(e)sが接続して生じたと見るほうが無難ではないかと思われる。Brahmst等に見られる-tは、非語源的な添加音と見做すしかないだろう。
[Gottschald(1982)p.80, Kohlheim(2000)p.148, Bahlow(2002)p.54, ONC(2002)p.88]
Vromoldus de Bramezche(1217年Osnabrück(ニーダーザクセン州))=Vromoldus de Brametsce(1217年Osnabrück)9
Gerhard de Bramezche(1236年Osnabrück)10
Ludgerus sacerdos de Bramesche(1243年Wolbeck(Münster)(ノルトライン=ヴェストファーレン州))11
Hermanno de Bramezche(1266年Osnabrück)12
Wycgerus de Bramessche(1412年Bad Iburg(ニーダーザクセン州))13
②地名姓。ファン・ブラームス(van Braems)姓からの発達。以下の地名より。
●ドイツ北西部、ニーダーザクセン州オスナブリュック郡ブラムシェ(Bramsche)町
in parrochia bramezchę ... , et unum uastum qui est bramezchę(1097年)14, 15, 16
Brametsce(1217年)14
Bramesche(1219/1224年)14
Bramez(1225年)14
Curia in Bramezsche(1240年)17
Her. de Bramesc(1291年:人名)18
Bramascus(17世紀:ラテン語化形)14
尚、独Wikipedia等に挙げている地名の初出形Bramezeche(1097年)は綴りを誤る。残念だが孫引きが繰り返されてネットでは誤形が広まって
いる。尚、この町の域内にアウグストゥス帝時代、ゲルマン人にローマ軍が大敗したトイトブルクの戦いの古戦場が有る。
●ニーダーザクセン州北西部エムスラント郡リンゲン(Lingen)村の小地名ブラムシェ(Bramsche)
Bremesge(1000年)16, 19, 20
Bremezche(1022年)19
地名は両方とも、古ザクセン*brām「エニシダ」21,中低独brām「ブラックベリーの茂み、エニシダ」
22(>低独Braam=独Brahm)+古ザクセンėtisk,ėzk「穀物畑(Saatfeld)」23,
中低独ēsch「囲われていない解放(穀物)耕作地(offenes, uneingehegtes (Saat-)feld)」24(=中高独eʐʐisch「作付けの
終わった耕地(angebaute Flur)」)より成り立ち、「エニシダの生える荒地近くの畑」16の意である。
[Gottschald(1982)p.125]
Johannes Bramhus(1320年Coesfeld(ノルトライン=ヴェストファーレン州))25
Matheus Bramhusen(1581年Saanen(スイス、ベルン州))26
③居住地姓。コールハイムの苗字本によれば、中低独bramhus「クロイチゴ、又はエニシダの灌木に接する住宅」25に由来する場合もあるとし、
上掲14世紀のコースフェルトの用例を挙げる。但し、この中低独bramhusという単語はコールハイムの苗字本にしか存在が確認出来ず、
リュッベン中低独辞典など他の資料では未載。中低独brām「ブラックベリーの茂み、エニシダ」と中低独hūs「家」の合成語。16世紀には
スイスでも同起源と見られる姓の用例が有る。
[Kohlheim(2000)p.148]
Georg Brambst(1548年Görlitz(ザクセン州))27=Georg Brambsten(1558年Görlitz)28
Johann Brambst(1585年Görlitz)29
④居住地姓。単純に、中低独brām「ブラックベリーの茂み、エニシダ」に属格語尾が接続して、「エニシダやクロイチゴの灌木近くの住人」を
表した姓の可能性もある。
[Kohlheim(2000)p.148, ONC(2002)p.88]
◆中低独brām「ブラックベリーの茂み、エニシダ」←古ザクセン*brām「エニシダ」←ゲルマン*brēmaz「棘だらけの灌木」(古英brōm「エニシダ」,古高独
brāma,brema「棘、棘のある灌木、ブラックベリーの茂み、クロウメモドキの一種」)←PIE*bhrem-「突出する;点、スパイク、縁」(ラfrōns(語幹
frond-)「(木の)葉」,古ノルドbarmr「縁」)30。確実な対応はゲルマンとイタリック両語派にしかない。英Wiktionaryでは
PIE*bhrem-「唸る」という同音異義の語根も同じ単語と解釈して*bhrem-「突出する」とひっくるめ、更に*bher-「縁(edge)」という語根に
遡らせる説を採用している31。
1 http://www.online-ofb.de/famreport.php?ofb=balje&ID=unb4263&nachname=BRAMSTEN&modus=&lang=de
2 http://zornigahnen.blogspot.jp/2013/03/post-03-johannes-brahms-kein.html
3 http://web.archive.org/web/20080204153521/http://www.bartleby.com/61/roots/S0.html
4 http://www.dithmarschen-wiki.de/Brahms、http://www.geni.com/people/Daniel-Brahmst/6000000020173861464
5 Peter Russell "Johannes Brahms and Klaus Groth: The Biography of a Friendship."(2006)p.17
6 Michael Musgrave編著 "The Cambridge Companion to Brahms."内、Kurt Hofmann "Brahms the Hamburg musician
1833-1862."(1999)
7 ニーダーザクセン州北部、エルベ川下流域南岸に位置する自治体。
8 http://zornigahnen.blogspot.jp/2013/03/post-03-johannes-brahms-kein.html
9 Verein für hansische Geschichte "Hansische Geschichtsblätter."(1891)p.166
10 Verein für Geschichte und Landeskunde von Osnabrück "Osnabrücker Mitteilungen. vol.4"(1977)p.57
11 Wilhelm Kohl "Germania Sacra: Bistum Münster 7. Die Diözese 4"(2004)p.91
12 Friedrich Philippi "Die ältesten Osnabrückischen Gildeurkunden (bis 1500): mit einem Anhange über das
Rathssilber zu Osnabrück."(1890)p.2
13 Christof Spannhoff "Quellen und Beiträge zur Orts-, Familien- und Hofesgeschichte Lienens."(2012)p.53
14 Erich Keyser, Heinz Stoob "Deutsches Städtebuch: Handbuch städtischer Geschichte. vol.3 part.1"(1939)p.39
15 Heinrich August Erhard "Regesta Historiae Westfaliae accedit codex diplomaticus. vol.1"(1847)p.132
16 Hermann Jellinghaus "Die westfälischen ortsnamen nach ihren grundwörtern."(1902)p.168
17 Justus Möser、Bernhard Rudolf Abeken、Johanne Wilhelmine Juliane von Voigt、Friedrich Nicolai
"Sämmtliche Werke: Osnabrückische Geschichte ; 4. Theil: Urkunden."(1843)p.388
18 Selbstverlag des Vereins, in Commission der Rackhorschschen Buchhandlung "Osnabrücker Urkundenbuch:
Die urkunden der Jahre 1281-1300 und Nachtrage."(1902)p.201
19 Förstemann(1872)sp.562
20 Berger(1993)p.61
21 http://www.koeblergerhard.de/as/as_b.html
22 Lübben(1888)p.65
23 http://www.koeblergerhard.de/as/as_e.html
24 Lübben(1888)p.106
25 Kohlheim(2000)p.148
26 J. R. D. Zwahlen "Berner Zeitschrift für Geschichte und Heimatkunde."(1959)p.132
27 Uta Marquardt "„… und hat sein Testament und letzten Willen also gemacht“. Görlitzer
Bürgertestamente des 16. Jahrhunderts."(2009)p.63
28 http://www.meine-verlag.de/fileadmin/meine_verlag/Autorenmaterial/TSR/tsr-hs-01-marquardt/TSR-HS_Band1_Anhang.pdf
29 "Veröffentlichungen der Niedersächsischen Archivverwaltung. vol.23-26"(1967)p.200
30 英語語源辞典p.165、Pokorny(1959)p.142、Watkins(2000)p.13、http://www.koeblergerhard.de/germ/germ_b.html
31 http://en.wiktionary.org/wiki/broom
更新履歴:
2015年1月9日 初稿アップ
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