Borodín ボロディン(露)
概要
露borodá「髭」に由来する渾名Borodaより。「特徴的な髭、普通とは違った形の髭、顔幅いっぱいの大きな髭を生やした人」を表した。
詳細
Mikitka Borodin (Микитка Бородин)(1496年Ošta(ヴォログダ州))1
Fen Ivanov syn Borodin (Фен Иванов сын Бородин)(1582年Vjažišči(ノヴゴロド州)2) 3
Ivaško Borodin (Ивашко Бородин)(1597年Rúgozero(カレリア共和国))1
Griška Barodin (Гришка Бародин)(1670年Uljánovsk(ウリヤノフスク州))4

ニックネーム姓。トヴェリ、アルザマス、トルジョーク(Toržókyh)等に多い姓である。ロシアの作曲家、化学者アレクサンドル・ポルフィーリエヴィチ・ボロディン(より正確にはバラディーン)(Alexánder Porfír'evič Borodín(Алекса́ндр Порфи́рьевич Бороди́н):1833.11.12 Sánkt-Peterbúrg~1887.2.27 同地)の姓。

姓は露borodá(борода́)「髭」5に由来する。頬髭や顎鬚(アゴヒゲ)等、顔に特徴的な髭、或いは普通とは違った形の 髭、顔幅いっぱいの大きな髭を生やしていた人の渾名に由来する。ロシア民族の伝統では、髭は勇敢さの象徴や生命力・成長力・繁殖力のシンボルと 見なされていた。

また、露borodáは、転義により北部方言で「収穫時の共同援助」の意味が有り6カルゴポリスキー(アルハンゲリスク州)方言、ヴァシュキンスキー(ヴォログダ州)方言では「収穫期最後の刈り入れ束」の 意味が有る1。又、露≪ヴァシュキンスキー方言、 スタヴロポリ地方テルスキー方言≫borodít'(бороди́ть)g「歩く、歩き回る」という動詞が有る1。 キュルシュノヴァによれば、この動詞から、特徴的な行動や癖に因んで、borodáの語を人の名前に用いた可能性も有るのではないかと推察している。 この場合だと、「歩き回る人」の意との解釈である。

『Oxford Names Companion』の露姓Borodin項によると、東ヨーロッパでは12~16世紀の間、ユダヤ人以外は髭を剃るのが流行しており、この為髭を生やした男性は 目立つ存在だったという。一方、ユダヤ人の間では髭を生やすしきたりがあった為、逆に髭を剃った男性は目立った。この為、ユダヤ人の間で、 「髭無し」を意味するベズボロートコ(Bezboródko(Безборо́дко))という姓が生じたという7。 但し、この時期のロシア人男性は普通は髭を蓄えており、それが男性的であるとみなされていた。ピョートル大帝(在位:1682年~1725年)は、 このロシア的風習を止めさせる為に、1698年にひげ禁止令を発布する。大貴族の髭を刈り取ったり、剃らない者には髭税を課すなど、彼の推し進めた 西洋化改革の一環として有名である。この為、『Oxford Names Companion』が指摘している風習はロシアのものとは考えにくく、具体的にどの 地域なのか不明だが、ロシア以外の東ヨーロッパのどこかの習慣だったのかもしれない。少なくとも、ロシア姓のボロディンとは、あまり関係の 無い記述と見られる。

以下に、渾名Borodaの用例を挙げておく。
Vasilij Ivanovič Boroda Aničkov (Василий Иванович Борода Аничков)(1495年、場所不明)8
Matfějko Boroda (Матѳҍйко Борода)(1495年Posonsk9:農民)10
Ivaško Boroda (Ивашко Борода)(1495年Zabórovo11)10
Senka Boroda (Сенка Борода)(1614年Ivángórod(レニングラード州))10

尚、アクセント位置が異なるボローディン(バローディン)(Boródin(Боро́дин))姓も実在する。この形は説明を要する。語末が-aで終わる 女性名詞を語源とするロシア姓は、-aを取り払ってから-in接尾辞を接続して形成されるが、その場合-inの直前の音節の母音にアクセントが 落ちるのが正則。ボロディン姓のアクセント位置がその法則から外れているのは、語源となった露borodá「髭」のアクセント位置が最終音節に有る 為である。同様の例に、他には露golová「頭」から生じたゴロヴィーン(Golovín(Голови́н))姓、露Kuz'má(男名)から生じたクジミーン (Kuz'mín(Кузьми́н))姓、露Moskváモスクワから生じたモスクヴィーン(Moskvín(Москви́н))姓等が有る。従って、Boródinの アクセントは、アクセント位置が後ろから二番目の音節にあるよりメジャーな-inロシア姓の影響を受け、類推により移動したもの。
[Kjuršunova(2010)p.58, Veselovskij(1974)p.46, Unbegaun(1972)p.29, Vedina(2008)p.82f., ONC(2002)p.81, Gruško et Medvedev(2000)p.66, Mosin(2000)p.55, Tupikov(1903)p.61]
◆露borodá「髭」←古露boroda「髭」(11世紀初出),「顎」(12世紀初出)←スラヴ*borda(a語幹女性名詞)「髭」(ウクライナborodá「髭、顎」,ベラルーシ baradá「髭」,ブルガリアbradá「髭」,セルボ=クロアチアbráda「髭」,チェコbrada「顎、≪廃義≫髭」,カシューブbarda「髭」,ポーランド, 低地ソルブbroda「髭」,高地ソルブborda「髭」,古教会スラヴbrada「髭」)←バルト=スラヴ*bordዋʔ「髭」(リトアニアbarzdà「髭」,ラトヴィア bārda「髭」,古プロシアbordus「髭」)←PIE*bhardh-ā(女性名詞)「髭」(ラbarba「髭」,古高独bart「髭」)12, 13

ペルシアbalme「長い髭」を対応に含ませる説が有るが13、疑わしい。ラbarba「髭」は音韻法則的には*farbaに発達するのが 正則だが、*f-b-→b-b-の同化が起きたものと説明される。北方の印欧語派にのみ見られる語で、上掲のようにイタリック、ゲルマン、スラヴ、 バルトの4語派にしか対応が知られていない。
1 Kjuršunova(2010)p.58
2 Vjažišči(Вяжищи)のアクセント位置不明。当地に存するヴャジシチ修道院の記録に見える史料。本記録の正確な記録場所は、原文では"Луского погоста"と あるが、現在これに類する地名が見つからない。消失地名か。今、原資料を存する修道院がある場所を仮に記録地として記した。
3 "Акты новгородского Вяжищского монастыря конца XV ─ начала XVII в."(2013)p.44
4 Е. А. Швецова "Крестьянская война под предводительством Степана Разина: сборник документов. vol.2 part.1"(1954)p.105
5 研究社露和辞典p.124f.
6 Nikonov(1988)p.56
7 本来はウクライナ系の姓で、ウクライナ語ではベズボローディコ(Bezboród'ko(Безборо́дько))となる。 ユダヤ人との関連性は殆ど無いようだが、ONCの記述には何か根拠が有るのだろうか。
8 Mosin(2000)p.55
9 Posonskの地名は未詳。トゥピコフの原文では"Посонскаго погоста"とある。
10 Tupikov(1903)p.61
11 この地名はロシアに少なくとも 3ヵ所ある。トゥピコフには特定に繋がる記述無し。
12 Černych(1993)vol.1 p.104
13 http://en.wiktionary.org/wiki/Appendix:Proto-Indo-European/b%CA%B0ard%CA%B0eh%E2%82%82

更新履歴:
2015年3月22日  初稿アップ
PIE語根Borod-ín: 1.*bhardh-ā「髭」; 2.*-no- 分詞・形容詞・名詞形成接尾辞

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