バブーフ Babeuf(仏)
概要
「小船小屋」か「Baddo、或いはBaddi(いずれも人名)の小屋」を意味する地名より。
詳細
Cecilia de Babue(1220年頃ピカルディー)1
Willermus de Babuef(1235年Saint-Amand)2
Simon dis Babue(1280年Ourscamp)2

地名姓。仏アキテーヌ地方、シャラント=マリティム(Charente Maritime)県に多い姓で、特にロシェル(Rochelle)村に多い。 一字違いのバブーフ(Babœuf)も同県に多く、特にオレロン島のドリュ=ドレロン(Dolus d'Oléron)村に集住している。 フランスの革命家フランソワ・ノエル・バブーフ(François Noël Babeuf)は、1760年11月23日に ピカルディー地方エーヌ(Aisne)県北西部の町サン=カンタン(Saint-Quentin)に生まれている。没地は仏中北部の ロワール=エ=シェール県(Loir-et-Cher)の町ヴァンドーム(Vendôme)で、シャラント=マリティム県とはかけ離れている。 彼の父親クロード(Claude Babeuf)も、1717年2月2日にピカルディー地方ソンム(Somme)県東部の村モンシ=ラガシュ(Monchy- Lagache)の出身で、サン=カンタンから西にたった20㎞離れているだけである。
革命家の姓バブーフ(Babeuf)と、シャラント=マリティムに集住するバブーフ(Babeuf, Babœuf)姓がどのような関係に有るのか 良く判らない。

いずれにしても革命家のバブーフ姓は、ピカルディー地方ワーズ(Oise)県東端、コンピエーニュ(Compiègne)郡ノワイヨン(Noyon) 小郡の村の名バブーフ(Babœuf)に由来している。革命家とその父の出生地から非常に近い。以下に地名の歴史上の変遷を 列挙する。

Batbodio(962年)3
Batbodio/Batbodyo/Batbodo(979年)4, 5
Batbudium(986年)6
Bathbodium(988年)7, 8
Batbodium(1030/1218年)8
Batbodus(1063年)3, 8
Baboi(1155年)8
Babodium(1168年)8
Babue(1199/1280年)5, 8
Babou(1221年)8
Babuef(1235/1309年)8
Pierre le Boulier, de Babeuf(1302年:人名)9
Babueu(1304年)8

第二要素は古ノルドbúð,*bóð「住まい、小屋、テント」10であるのは確かだが、第一要素に 関しては、古ノルドbátr「小船、ボート」11(英boat,仏bateau「ボート」と同語源)みて、全体で 「小船小屋」を意味するというノワイヨン考古・歴史学協会が提唱する説がある8。然し、古ノルド bátrは11世紀以降の用例しか確認されていないらしい12。だが、地名の初出は10世紀後半なので、 これ位の時間差は容認して良いのではないだろうか。

他には、ゲルマン人の男子名バドボド(*Badbod)に由来するとするモルレの説がある13。この男名は 第一要素にゲルマン*badwaz「戦い」14、第二要素にゲルマン*buðōn「伝令、使者」 15を構成要素に持つ。両要素ともゲルマン人の個人名に頻繁に用いられていたが、Badbodという 名前の用例は確認できない。私の憶測だが、母音を別にして子音配列が全く同じ二つの要素で名前を構成すると、まるで 擬音語の様に聞えて滑稽な為、嫌われてこの様な名前は避けられたのではないかと思われる(擬音語の豊富な日本語を母語とする 筆者の浅はかな憶測だが)。語頭子音の違うRadbodo(前半部は独Rat「助言」と同語源)という男名なら、様々な綴りで中世初期に 頻出するのとは対照的である。又、個人名に如何なる接辞も伴わずに地名にするのも、奇妙に感じられる。

またネグル(Ernest Nègre)は、ローマ人の個人名バブディウス(Babudius)16を語源とする説を 提唱しているが5、11世紀までの地名の綴りと合致しない為受け入れ難い(-t-の有無が問題と なる)。

仏Wikipediaの地名バブーフ(Babœuf)項6に、ドザ(Albert Dauzat)とロスタン(Charles Rostaing)の 『フランス地名語源辞典(Dictionnaire étymologique des noms de lieux en France)』(1979)p.55を引用して、次の説を挙げて いる。それによれば、第一要素はゲルマン人の個人名バッド(Baddo)17、第二要素はゲルマン *bud-「小屋」だとしている。人名バッドはゲルマン*badwaz「戦い」から、*bud-「小屋」は既出の古ノルドbúð,*bóð「小屋」と 同源である。この説を発展させるなら、古ザクセン語や古低地フランク語形の人名バッドではなく、古ノルド語相当形の 人名バッディ(Baddi)18と古ノルドbúð,*bóð「小屋」の合成語と見ることも可能である。

以上様々な説が出されているが、私は最初の「小船小屋」説か4番目の「Baddo、或いはBaddi(いずれも人名)の小屋」が 比較的妥当な解釈だと思う。但し、両説とも完璧ではない。

所で、シャラント=マリティム県のBabeuf、Babœuf姓だが、こちらは南隣の県ジロンド(Gironde)のブレ(Blaye)郡ブレ小郡 ベルソン(Berson)村にある地名バブーフ(Babeuf)に由来しているのではないかと自分は最初考えた。但し、この地名に関する 情報は乏しく、1857年にはBabœufとも綴られている事が判った位である19。私が調べた限りでは、地名のより古い記録を 集める事が出来なかった。ヴァイキングによってもたらされて定着した-beuf地名は、ノルマンディーやピカルディーで頻繁に 見付かるが、ヴァイキング由来の地名が殆ど無い仏南部のアキテーヌ地方に、この様な地名が存在するというのも不自然である。 あくまで推論でしかないが、比較的最近革命家を記念して付けられたか、ノワイヨンのバブーフからの移動地名ではないかと 推察されるが、これを裏付ける資料は手に入れていない。また、シャラント=マリティムのBabeuf、Babœuf姓の分布地は ジロンドの地名Babeufとは少し離れすぎている。これらの点を鑑みると、両者には何らかの関係が有るのかもしれないが、 少なくともこれらの姓がジロンドの地名Babeufに因んでいるとは考え難い20

尚、『Oxford Names Companion』のBabeuf項(p.39)に、古仏bat(tre)「打つ、殴る」と古仏boef,buef「牛」よりなり、 「畜殺業者」を意味する職業姓としているが、現在の綴りから付会したもので誤りである。上掲の仏Wikipediaの項にも、 有名な説との言及があり、古くから知られている通俗語源のようだ。Babœufなどという綴りが生じたのも、この「牛殴り」 という成句からの連想から語形変化したものであろう。
[Morlet(1997)p.65,ONC(2002)p.39]
◆古ノルドbátr「小船、ボート」←ゲルマン*baitaz(a語幹男性名詞),*baitam(a語幹中性名詞)「船、ボート(原義「裂き割った 張り板(split planking)、丸木舟(dugout canoe)」)」(古英bāt「船、ボート」)←PIE*bhoid-(o階梯)←*bheid-「裂く、分かつ」 (ギpheídesthai「放出する、いたわる、貯蓄する」,ラfindere「裂く、弾ける、破裂する」,サンスクリットbhinádmi(分詞形 bhindánt-),bhḗdāmi≪3・単・現≫「裂く」)21
1 William Mendel Newman "Les seigneurs de Nesle en Picardie: (XIIe-XIIIe siècle), leurs chartes et leur histoire; étude sur la noblesse régionale ecclésiastique et laïque"vol.91(1971)p.99
2 Morlet(1967)p.313
3 Morlet(1997)p.65
4 Franz Petri "Germanisches Volkserbe in Wallonien und Nordfrankreich: die fränkische Landnahme in Frankreich und den Niederlanden und die Bildung der westlichen Sprachgrenze, Partie 1"(1937)p.437
5 Nègre(1990)p.642
6 http://fr.wikipedia.org/wiki/Baboeuf
7 Abel Lefranc "Histoire de la ville de Noyon et de ses institutions jusqu'à la fin du XIIIe siècle."(1887)p.180
8 Société archéologique et historique de Noyon "Comptes rendus & mémoires lus aux séances. "vol.21(1908)p.10
9 Morlet(1967)p.393
10 英語語源辞典p.143
11 Köbler anW B項p.5、英語語源辞典p.137
12 Centre national de la recherche scientifique(仏科学研究所センター編)"Annales de Normandie"vol.14(1964)p.283
13 Morlet(1997)p.65 *Badbodなる男名は、後述するように文証されていない。モルレは 非文証形である旨を示すアスタリスクを付さずにこの男名を挙げている。
14 Köbler idgW Bh項p.10 Gottschald(1982)p.29ではゲルマン*baðuzと再建。古英語と 古ノルド語にのみ対応語が知られる。それ以外のゲルマン語では人名要素として辛うじて名残を留めるのみ。
15 Köbler idgW Bh項p.62-63
16 Wilhelm Schulze "Geschichte lateinischer Eigennamen."(1966)p.587
17 Förstemann(1966)sp.196
18 http://www.vikinganswerlady.com/ONMensNames.shtml
19 Société de médecine de Bordeaux "Journal de médecine de Bordeaux."(1857)p.199
20 この問題を解決するには、多くのフランス語の資料(史料)を当たらなければならないだろう。 私にはそんな能力も根気も無いので、この件に関してはこれ以上深追いしないことにする。
21 英語語源辞典p.137、Watkins(2000)p.8、Pokorny(1959)p.116-117、Köbler idgW Bh項p.13

執筆記録:
2011年3月29日  初稿アップ
PIE語根Ba-beuf: 1.*bheid-「裂く」、或いは *bhedh-「掘る、刺す」; 2.*bheuə-「~である、存在する、育つ」; 3.*-tā- 状態名詞形成接尾辞

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