Aguirre アギーレ(西)/ Daguerre ダゲール(仏)
概要
バスクager(i)「目に見える、明白な」に由来するバスク語圏各地の地名より。地名の原義としては「(風雨に)晒された場所」等、諸説ある。
詳細
Guillem d'Aguerr(1249年Bardos(仏、ピレネー=アトランティック県))1
Arnalt d'Aguerrea(1249年Arberoue(仏、ピレネー=アトランティック県))1
Borcha d'Aguirre(1433年Olite(バスクErriberri)(西、ナバーラ州))1
Antonio Ruiz de Aguire(1560年:原出典Luna Papers)=Antonio Ruiz de Aguirre(1560年:原出典Luna Papers)2

地名姓。非常に有り触れたバスク語起源の苗字の一つで、Aguirre姓はスペイン全域に広く分布し、同国で256番目に多い姓となっている 3。同源異綴の姓にアギル(Aguir)、アゲル(Aguer)、アゲーレ(Aguerre)、アゲーリ(Aguerri)、アギーラ(Aguirra)、 アギーリ(Aguirri)がある。フィリピンで用いられる異形にアギレ(Aguire)、メキシコで用いられる異形にアギレ(Agirre)がある4。 この姓を持つ有名人に、メキシコのサッカー指導者ハビエル・アギーレ・オナインディア(Javier Aguirre Onaindía: 1958.12.1 Ciudad de México(メキシコ・シティー)~)がいる。

また、フランスの姓のダゲール(Daguerre)も同語源で、語頭に前置詞de「~から」がくっ付いて生じた。Daguerre姓は フランス南西端のバスク語東部方言域に属すピレネー=アトランティック県に集住する姓で、1891~1915年の統計では285件のDaguerre姓が 同県に195件確認され、約3分の2を占める。有名人としては、フランスの写真技術者で、写真技法のダゲレオタイプ(Daguerreotype)を発明し 、その技法名の名にも残っているルイ・ジャック・マンデ・ダゲール(Louis Jacques Mandé Daguerre:1787.11.18 Cormeilles-en-Parisis(パリ近郊) ~1851.7.10 Bry-sur-Marne(ヴァル=ド=マルヌ県))がいる。彼の父親はルイ・ジャック・ダゲール(Louis Jacques Daguerre:1761年頃~?)といい、 裁判所書記等を務めた人物だが、出生場所が不明で、それ以前の先祖も良く解らない。

いずれの姓も、フランス南西部からスペイン北東部にかけてのバスク語圏にあるAgerre、Agerri、Ag(u)irre、Agirre(いずれも同語源)といった地名に 由来。語源となった地名は極めて沢山あり、例えば、スペイン北東部のビスカヤ県やギプスコア県にはAgirreという名を持つ農場が100以上ある 5。主な地名だけ、以下に挙げる。これ以外のものは、フランスに関してはバスク語学者のオルピュスタンの 論文 を、スペインに関してはバスク語WikipediaのAgirre項Agerre項などを参照のこと。

●スペイン北東部ビスカヤ県アルセンタレス(Arcentales)村の小地名アゲリ(Agerri)
Aguirre(1863年)6

●スペイン北東部ビスカヤ県ウリベ(Uribe)郡アリエタ(Arrieta)村の小地名アギレ(Agirre)

●スペイン北東部ビスカヤ県グラン・ビルバオ(Gran Bilbao)郡アリゴリアガ(Arrigorriaga)町の小地名アギレ(Agirre)

●スペイン北東部ビスカヤ県ブストゥリアルデア=ウルダイバイ(Busturialdea - Urdaibai)郡ベルメオ(Bermeo)町の小地名アギレ(Agirre)

いずれの地名もバスクager(i)「良く知られた、公共の、目に見える、明白な(notorio, público, visible, manifesto, sichtbar, sichtlich)」 (agirriの形で980年に初出)7, 8, 9という形容詞に由来しており10, 11, 12、「晒された場所 (un lugar al descubierto)」を原義とする6。即ち、「風雨や日光に晒された場所」を表わすものと考えられる。これを 裏付けるものとして、この形容詞を構成要素に含む別の名字の存在がある。例えば、ファウレ等によれば、以下の姓が指摘されている。
Iparraguirre(姓):バスクip(h)ar「北、北風((viento) norte)」13+バスクagir(re)「露わな(expuesto)」 14
Izaguirre(姓):バスク(h)aize「風(viento)」15+バスクagir(re)「露わな」14

この伝でいくと、「(風などに)晒されている場所」を意味すると解釈する事も可能であろう。但し、Izaguirre姓に関しては第一要素はバスクizei「樅 (abeto)」16に由来するとみる有力な説も有る。又、ファウレ等の説明ではバスクagirの語義が「目に見える、明白な」では なく、「露わな」になっているのが、結果有りきの説明のようで、こじ付け感が否めない。他の理由では、「目立つ家屋・屋敷がある農場」を表わしたと みる説5、「村の中の目立つ場所」を表わしたとする説12等が有る。私は「見晴らしの良い場所」の 意味で付けられた地名の可能性もあるんではないかと思う。他のAguirre-を前半要素に持つ姓ではAguirresarobe(+バスクsarobe「家畜小屋が設置されて いる囲い地」17)、Aguirrezabala(+バスクzabal「幅広い、開けた(ancho, abierto)」18)等が 有る。

先に挙げた中世バスク語のこの形容詞の初出形agirriは、フランスのバスク語学者オルピュスタン(Jean-Baptiste Orpustan:ボルドー第三大学名誉教授)に よれば、バスク語圏西部の981年の記録としており、後、agerre(1110年),aguer(1116年),agueri(1178年)の語形が東部で確認されるとしている。 そして、現在も西の-i-、東の-e-という方言分布を維持しているそうである11。又、サラマンカ大学でロマンス語学を 学んだスペイン語・バスク語学者のイリゴージェン(Alfonso Irigoyen)によれば、バスク語東部方言のラプルディ方言(labortino)とスベロア方言 (suletino)の古語でも-e-を持つagerriの形で記録されていると指摘している6。スベロア方言の作家で神学者・司祭の ベラペイレ(Athanase de Belapeyre:17世紀)の1696年の神学関連の著作"Catechima laburra"に、この形容詞が現れている。イリゴージェンの著作から 孫引きという形で、引用する。
"Jesus berriz ginen deya aguerriz mundu hontara?"6
「イエスはこの目に見える世界に再び起こる(?)だろう」19

尚、他には、「牧草地、野原、草地(pastizal, campo, pradera)」を意味するバスク*agir,*agerに由来するという良く知られた説もある 4, 20。この説はラテン語のager「野原」(英agriculture「農業」の第一要素)から借用された未文証のバスク語語彙*agir, *agerが存在したとする仮定の上に成り立っている。ラagerの後裔語はロマンス諸語に広く見られるし、バスク語にはロマンス語からの借用語も沢山 有るので、1つの可能性として留意すべき説である。今回は、既に見た様に実証されているバスク語で十分説明可能だと判断したので、バスクager(i) 「目に見える、明白な」由来説を採用した。また、これらの地名は「平野を見下ろす高所(un lugar alto y eminente que domina un terreno)」の意味と する説も見られるが21、これは両方の説を補完し合った折衷案の様に見える。
[Tibón(1988)p.6, Faure et al.(2009)p.19f., ONC(2002)p.16]
◆バスクager(i)「良く知られた、目に見える、明白な」←(?)西agüero「前兆」←俗ラ*agurium←ラaugurium「鳥占い、占卜、予感、前兆」(伊augurio 「お祝い、前兆」,仏heur「機会、幸福」,葡agoiro「前兆、預言」,バスクagur)←augur,auger「鳥占い師、予言者」←(?)語源不明9 。バスクager(i)は、他にラテン語のager「野原」に由来するとみる説8、ラagger「積み重ねた山」に由来すると見る説 22が有る。西agüero「前兆」由来説も含め、意味や音韻の面で難点が有る。バスク語の本来語かもしれないが、詳細不明。 ラaugur「鳥占い師、予言者」自体の語源も明らかでなく、ラavis「鳥」(←PIE*awi-「鳥」)+ラgerere「運ぶ、携える、生み出す、管理する」(←(?)語源不明) 由来説23、ラavis「鳥」+ラgarrīre「ぺちゃくちゃお喋りする」由来説24、ラavis「鳥」+ラ *gurere「選ぶ」(未文証:ラgustare「選ぶ」,英choose「選ぶ」と同根とする)由来説25、ラaugēre「増える」の派生名詞である 古代ラ*augus(属格*augeris)「増加」(但し、未文証)由来説24, 25等が有る。
1 http://www.academia.edu/8037849/Erdi_Aroko_euskararen_corpusa_osatzeko_ekarpena_ASJU_2011
2 Herbert Ingram Priestley "The Luna Papers, 1559–1561. vol.1-2"(2010)p.142f.
3 http://www.xn--apellidosespaa-2nb.com/apellidos-de-espana.php
4 Tibón(1988)p.6
5 www.buber.net/Basque/Surname/A/agirre.html
6 http://hedatuz.euskomedia.org/8322/1/02050253.pdf
7 Resurrección María de Azkue "Dictionnaire basque-espagnol-français. vol.1"(1905)p.11
8 http://projetbabel.org/basque/dictionnaire.php?q=a
9 Martin Löpelmann "Etymologisches Wörterbuch der baskischen Sprache."(1968)p.12
10 英WikipediaのAguirre項では、当姓は古い バスク語で"prominence"(「目立つこと、顕著、突出(部)」の意が有る)の意とする説が大方の支持を得ているとあるが、"要出典"のタグが貼られている。
11 http://tipirena.net/Tipirena_-_Site_officiel_de_Jean-Baptiste_ORPUSTAN/I._Linguistique_et_lexicographie_ basques_files/languebasquemedievale.pdf
12 ONC(2002)p.16
13 Resurrección María de Azkue "Dictionnaire basque-espagnol-français. vol.1"(1905)p.420
14 Faure et al.(2009)p.19f.
15 脚注13の文献p.22
16 脚注13の文献p.450
17 Resurrección María de Azkue "Dictionnaire basque-espagnol-français. vol.2"(1905)p.210
18 ibid. p.398
19 現代スペイン語訳も付されており、"avendrá Jesús de nuevo a este mundo de forma visible?"とある。 avendráは西avenir「和解させる、調和させる、受け止める、認める、起こる」の直接法未来三人称単数形。あまり、訳に自信がない。 これは、イエスの復活の事を表わしているのだろうか?「目に見える世界」というのは、要するに「現し世」を表現していると思うが、前後の文脈も 解らないので、何が言いたいのか今一解らない。avendráの訳が肝だが、生憎スペイン語は良く解らないので、どう訳すべきか悩んでいる。
20 http://www.ancestry.com/name-origin?surname=aguirre
21 www.bisabuelos.com/ape/aguirre.html
22 https://www.sussex.ac.uk/webteam/gateway/file.php?name=lxwp23-08-edb.pdf&site=1
23 英語語源辞典p.82
24 http://en.wiktionary.org/wiki/augur
25 Walde(1910)p.73f.

更新履歴:
2015年1月25日  初稿アップ
PIE語根Aguirre:1.語源不明
D-aguerre: 1.*de-, *do- 指示詞形成要素、前置詞・副詞語幹; 2.語源不明

Copyright(C)2010~ Malpicos, All rights reserved.