①地名姓。スコットランド。<ON.(Strathclyde/Lanark)地名初出
Kermichael(1180年頃
)
1。
字義「聖ミカエル(Michael)の砦(ウェールズcaer)」
2。ミカエルの名前は18世紀までは個人名
としてはあまり用いられなかった
3。12世紀初出のこの地名が、ミカエルという
名の人物に起因するとは考えがたく、恐らく中世カトリック教圏で盛んに崇拝された大天使ミカエルを称える
礼拝堂が存在した砦に因むのではないかと考えられる(ここら辺の事は、このラナーク(Lanark)の
カーマイケルに関する歴史を詳細に調べないと解らない)。
ミカエルは天使であるが、中世カトリック圏では
聖人として扱われていた。彼を祭った修道院・教会も中世に頻繁に建立されている。
[ONC(2002)p.112,Harrison(1912-1918)p.69]
②父称姓。ゲールCara Michil「(聖)ミカエル(Michael)の友人」に由来する(古アイルランドcare,
アイルランドcara「友」)とハリソンは指摘している(正確にはCara Michilはアイルランド語形)。
ミヒル(Michil)はミカエルのゲール語形。
ゴイデル語圏では、聖人の名前をファーストネームにするときは、そのまま用いるのは
恐れ多いと考えられた為、例えば「聖コルンバの信奉者」を意味するマルコム(Malcolm)や、「聖マリアの僕
(シモベ)」を意味するギルモア(Gilmore:現在は姓のみ)の様に、ゲール,アイルランドmaol「特定の聖人の信奉者(原義「ハゲ」
:cf.マクミラン(MacMillan))」やアイルランドgiolla,ゲールgille「召使い」を添加する。"Cara Michil"もその類かと思ったが、
cara「友」を用いる例が他に見られない(アイルランドmaolを付加したマルヴィヒル(Mulvihill)
5、
ゲールgilleを付加したギルマイケル(Gilmichael)という姓はある)。maelやgille+聖人名を語源とする姓は、
各20以上確認できる
6のとは対照的である。この為、cara「友」を聖人名に添加して
個人名とする習慣はゲール語圏では無かったと考えられる。
ハリソンがどういった根拠で、
"Cara Michil"という語を引き合いに出しているのか不明であり、古文書などでの古い記録を提示されない
限り、この語源説は少なくとも筆者には受け入れがたい。[Harrison(1912-1918)p.69]
尚、ミカエル,マイケル(Michael)の語源に関してはミヒャールゼン(Michalsen)を参照のこと。
◆ウェールズcaer←ケルト*kastro-「砦」((中)アイルランドcathair,古アイルランドcathir,ゲールcathair,
ブルトンkaer)←ラcastrum「切る道具、切り離された場所、(要塞化された)野営地、砦、城」(古英cæster,
ceaster「ローマ軍の砦」,アラビアqa

r「城、要塞」)←PIE*kas-tro-
(+道具名を作る接尾辞-tro-)(ラcastrāre「去勢する」)←*kas-(変形)←*kes-「切る」。これらのケルト語と
ラテン語のcastrumを結び付ける説はStokesによるものらしい。ラテン語の後裔である
ロマンス諸語では、castrumの指小形castellumから発達した語を用いる(仏château,伊castello,西castillo)
7。
1 Johnston(1903)p.64
2 ONC(2002)p.112
3 梅田(2000)p.34
4 Buck(1949)p.1307f.,p.1403f.
5 -vihillという語形はMichilが、緩音化してヴィヒル(Mhichil)となったものを英語で転写したもの。
6 MacLysaght(1985)。mael+聖人名起源の姓としてはMalise、Malone、Mellerick
、Mullarky等を、gille+聖人名起源の姓としてGilfoyle、Gilpatrick、Kilfeather、Kilkenny等を挙げている。
7 英語語源辞典p.203, p.222、ロベール仏和大辞典p.433f.、MacBain's Dictionary sec.7、
Watkins(2000)p.41、Pokorny(1959)p.586、Buck(1949)p.1403f.
執筆記録:
2010年11月22日 初稿アップ