概要
①中英bote「長靴」に由来。「長靴職人、ブーツ商人」を意味する姓。
②古英bōt「救済、利益」に由来する古英ボータ(Bota)という男名より。
③スコットランド=ゲールbòt「家、小屋」に由来するビュート(Bute)島の名から。
詳細
Hugh Bote(1186年Warwickshire)1
Adam Boot(1345年Kent)1
Henry Bo(a)te(1584年Kent)2
①職業姓。イングランド中北部、スタッフォードシャー、ノッティンガムシャー、ダービーシャー各州に多い。中英,古仏bote「長靴、ブーツ」
3(>英boot)に由来し、「長靴職人、ブーツ商人」を意味する姓。この単語の人名以外での用例の初出は1200年頃で、
人名での使用の方が十数年早い(この様な例は、他の単語でも沢山見つかる)。孫孫引きになるが中期英語辞典(MED)に引用するストラット
(Joseph Strutt)のイングランドの服飾・習慣を扱った著作の記事によれば、以下の通り。
"Quatuor parium botarum ad fæmina."3
多分「女性用の4組の長靴」の意で、ラテン語化されている。英語で書かれた文献での初出は1300年頃成立の英国の中世騎士道物語『ホーン王
(King Horn)』である。以下に、MEDに引用されている該当箇所を孫引きする。
"Aylmer king..sette on his fotes Boþe spores and botes."3
「アイルメル王は自分の両足に、拍車と長靴の両方を装着した」(マルピコス仮訳)
MEDによれば、「脚に装備する覆い」(恐らく「ストッキング」のようなものだろう)、或いは「鎧の脛当て」の語義も15世紀頃に存在したことが記されて
おり、その意味から生じた姓である可能性もある。つまり、当姓が「ストッキング・脛当て製造職人」を意味する可能性もある。ノルマン・
コンクエストで有名なウィリアム征服王の第二子ロベルト(Robert)の渾名にこの意味で当語が用いられており、"Robyn schort boot"という。
つまり、「短レギンズのロビン」といった程の意味の名前である。ラテン語では"Robinus curta ocrea"(ラocrea「脛当て」4
)、またラテン語の混ざった英語表記で"Robyn Curthose"(中英hose「長靴下、ストッキング、鎧の脛当て」5)とも
記録されている3。
[Reaney(1995)p.54,Bardsley(1901)p.119,ONC(2002)p.80]
Barth. filius Boti de Dunwiko(1226年ダブリン)6
②父称姓。古期英語の男子名ボータ(Bota)7、ボーテ(Bote)7に由来する可能性が
ある。この人名は、ボートフリス(Botfrith)7、ボートヘルム(Bothelm)7、
ボートヘレ(Bothere)7、ボートレード(Botred)7、ボートリーチ(Botric)
7、ボートウェアルド(Botweald)7等の古期英語の男名の短縮名である。私の
考えでは、これらの名の共通要素Bot-は古英bōt「助け、救済、利益、治療薬、贖罪、回復、償い、後悔」8
(>英boot「救済」)に由来している。ハリソンは古英boda「使者、伝令」9由来説を採るが、音が合わず認めがたい。
古高地ドイツ語でも、対応語の古高独buoza「後悔、懺悔、改善、価値、罰、改心、代償」10(>独Buße「贖罪」)を
要素に持つ男子名が存在した。例えば、フェルステマンの辞典には、ボーツハル(Bozhar)、ブオツラート(Buozrat)、ブオツリーヒ(Buozrich)
、ブオツォルト(Buozolt)、ブオツォルフ(Buozolf)等の二要素名や、その短縮名B(u)ozzo、Boz(z)o、Pu(a)zzo等の名前を挙げている
11。両言語でこれだけ明確な対応が多く認められるのだから、古英bōt「救済、利益」に由来するとみるべき。
[Harrison(1912-1918)p.41]
③地名姓。ハリソンは、スコットランド西部のクライド湾に浮かぶ島ビュート(Bute)に由来する説も挙げている。地名の歴史上の変遷は
以下の通り。
Bot(1093年頃)11
Bote(1204年)11
Boot(1292年)11
島のスコットランド=ゲール語名はEilean Bhòid。ジョンストンによれば、語源はスコットランド=ゲールbòt「家、小屋(house, bothy)」
12で、当地に建立された聖ブレンダン(St Brendan)という聖人の教会を指しての命名であるらしい
11。この語自体は、古ノルドbúð,*bóð「住まい、小屋」13からの借入である
(cf.バブーフ(Babeuf))。
他にも、ONCのスコットランド=ゲールbód「火」に由来し「火の島」を意味するとし、「狼煙(ノロシ:signal fire)」に因んで名付けたものという。
然し、bód「火」なる語は辞書で確認できず、何処の馬の骨とも判らない単語である14。裏付けが無い為、信用し
にくい。また、ハリソンによれば、古代ローマの天文学者・地理学者プトレマイオス(英Ptolemy)の著書に見えるEbudeという地名と関係
付ける説を挙げている。苗字としては、Boot(e)姓はスコットランドに分布が見られない点、苗字の古い用例が確認できない点(前置詞deが
付随した用例が見られない)から、この地名に由来する可能性は極めて低いと思う。
[Harrison(1912-1918)p.41]
◆中英bo(o)te「長靴」←古仏bote(プロヴァンスbota,アングロ=ラテンbot(t)a,中蘭bote,boot,古ノルドbóti「靴、長靴」)←(?)古仏bot「湾足(くるぶし以下の足の部分が
湾曲している畸形の一種)」(名詞用法)←bot「太った、短い、鈍い」←ゲルマン
*but(t)az「切られた、短い、鈍い」(中低独but「鈍い、不恰好な、荒い」,蘭bot「鈍い、ずんぐりした」,古ノルドbútr「切り落とされた丸太(abgehauener Klotz)」)←PIE*bhud-(ゼロ階梯)←
*bhaud-(拡張形)←*bhau-「打つ」15(cf.バトン(Button))。英wiktionary記述の、古ノルドbuttr「短い、鈍い」、PIE*bheid-「打つ」の両者は、
古ノルドbútr「短い、鈍い」とPIE*bhau-「打つ」の拡張形*bhaud-の誤りだと思う(buttrという形は辞書に見えないし、*bheid-「打つ」という
語根も想定されていない。この語根から*bhud-の形に転じるのも不可能)。
◆古英bōt「救済、利益」←ゲルマン*bōtō(ō語幹女性名詞)「贖罪、回復」(古フリジアbōte「贖罪」,古ザクセンbōta「贖罪、回復、治療」,
古高独buoza「後悔、懺悔、改善、価値、罰、改心、代償」,古ノルドbót「贖罪、回復、代替物」,ゴートbōta「利益」)←PIE*bhād-(長音化)←
*bhad-「良い」(英better「より良い」,best「最良の」,サンスクリットbhadra-「良い、幸福な、幸先の良い、公正な」,アヴェスタhu-baδra-
「幸運な」)16。ゲルマン語派とインド=イラン語派しか対応語が無く、祖語に遡るかは不透明。cf.ベートーヴェン(Beethoven)
1 Reaney(1995)p.54
2 Bardsley(1901)p.119
3 MED B項vol.5 p.1067
4 研究社羅和辞典p.434
5 MED H項vol.5 p.958
6 Great Britain. Public Record Office "Rerum Britannicarum Medii ævi scripture: Historic and Municipal Documents of
Ireland. A.D. 1172-1320."(1870)p.85
7 Searle(1969)p.112
8 Köbler aeW B項p.54
9 Köbler aeW B項p.50
10 Köbler ahdW B項p.176
11 Förstemann(1966)sp.277-278
11 Johnston(1903)p.55
12 Macleod(1831)p.80
13 Köbler anW B項p.30、英語語源辞典p.143
14 Wiktionary、マクラウド(Macleod(1831))、バック(Buck(1949))、Dwelly-d等の語彙辞典に見えない。スコットランド=ゲール
bod「陰茎」という単語は実在する。
15 http://en.wiktionary.org/wiki/boot、英語語源辞典p.179、Watkins(2000)p.8、Lübben(1888)p.71、
Köbler idgW B項p.8-9
16 英語語源辞典p.143、Watkins(2000)p.7、Pokorny(1959)p.106、Buck(1949)p.1176、Köbler idgW B項p.3-4
執筆記録:
2011年8月4日 初稿アップ
PIE語根①Boot:1.*bhau-「打つ」
②Boot:1.*bhad-「良い」
③Boo-t:1.bheuə-「~である、存在する」;2.*-tā抽象名詞形成接尾辞
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