概要
地名姓。「川のうねった所にある合流点」を意味する同名の地名より。
詳細
John de Abercromby(1296年Fife)1;
Alexander de Abircrumbi(1344年)2
地名姓。フォルカーク(Falkirk)、グラスゴー両カウンシル・エリア。特にフォルカークの
ボニーブリッジ(Bonnybridge)町に集住。ファイフ(Fife)カウンシル・エリアに存在する同名の
小村に因む姓。ゲール語名はObar Chrombhaidh。地名の変遷は以下の通り。
Abercrumbin(1248年)3
Abbercrumby(1270年)4
Abercromby(1296年)4
Abercrumbie(1604年)5
Abircrombie(1606年)5
初出年を1157年とする文献もある6。
ONCに挙げる地名の古形にAbarcrumbachがあるも年代が記されておらず、しかも他書に見えない綴りである。
第一要素はゲールabar「合流地点、落合」(>現代ゲールobair)で、英国の都市名アバディーン(Aberdeen)の
前半要素にも見える。後半要素はONCはゲールcrombach「曲がった所」の属格crombaichとする説
7と(-achは場所を表す接尾辞)、
ニコライゼンのゲールcrombadh「曲がっている事」の属格crombaidhに由来するとの説に分かれる8。
筆者は前者の説が妥当と考える。まず接尾辞-achはONCが言うような場所を表すものではなく、本質的には所属を表す形容詞を作る接尾辞であり、
PIE*-ko-形容詞形成接尾辞(Watkins(2000)p.36)に遡ると考えられる。名詞に転用される場合は男性名詞となる。
例えばゲールSasainn《女性名詞》「イングランド」にこの接尾辞が付くと、ゲールSasannach《形容詞》「イングランドの」,
《男性名詞》「イングランド人」となる(英Saxonと同源)。-a+子音を語尾にとる男性名詞の単数属格形は-ai+子音の形をとる。
語末-aichは/イヒ/と発音されるはずであるが、上掲の古形を見る限りでは語末子音[ç]/ヒ/が脱落している。今の英語には無い音なので、
現代の英国人がこのゲール語地名を転写すれば上掲の様な綴りになるであろうが、13世紀には英語には[ç]は音素として存在しており、
この音が聞き取れなかったり理解できなかったとは考えがたい。何故[ç]が消失したのか、又初出形Abercrumbinの語末の-inの正体と
共に難問である(接尾辞-achを語尾に取る地名はスコットランドに他にもあり、Logie、Downieの様にやはり[ç]が脱落する現象が頻繁に見られる)。
いずれにしてもゲールcrom「曲がった」に遡り、更に言えばPIE*(s)kerb-「曲げる、曲がる」に遡及する。従って、「川のうねった所にある合流点」を
意味する地名・姓ということになる。
[Reaney(1995)p.1,Lower(1860)p.2,ONC(2002)p.12]
◆←古ゲールabbor←ケルト*ad-bero-「~へ流れる」(古ウェールズaper(>ウェールズaber)
←*ad-(←PIE*ad-「~へ」)+*bero-「運ぶ」(古アイルランドbeirid「運ぶ」,中ウェールズ「(彼は)流れる」,
古ブルトンber「(彼は)流れる」,コーンウォールkemmere「持つ、受ける」(<*kom-bero-))←PIE*bher-o-
(+語幹母音(動詞も形成する))←*bher-「運ぶ、(子供を)産む」(ギphérein「運ぶ」,ラferre「運ぶ」,英bear「運ぶ、産む」,
古教会スラヴbĭrati「集める」,リトアニアbìrti「ばら撒く、分配する、降る」,サンスクリットbhárati「(彼は)運ぶ」,
アヴェスタbaraiti「(彼は)運ぶ」,アルメニアberem「運ぶ」,アルバニアbie「運ぶ」,トカラA,B pär-「運ぶ」)9。
1 Reaney(1995)p.1
2 http://www.archive.org/stream/auctariumchartul01univuoft/auctariumchartul01univuoft_djvu.txt
3 Society of Antiquaries of Scotland"Proceedings of the Society of Antiquaries of Scotland"vol.20(1886)p.199、
David de Bernham"Pontificale ecclesiæ S. Andreæ"(1885)p.xix
4 Watson(1973)p.461
5 Erskine Beveridge"The 'Abers' and 'Invers' of Scotland"(1923)p.9
6 Crawford(1995)p.166
7 ONCはp.1000のCromie Aber項にcrombaichをcrombachの位格(locative)と言うが、ゲール語に位格は存在しない。
また、どこで拝見したか忘れたが、crombaichを与格形とする書籍もあるが、与格の屈折の仕方に合わない形である。
8 Nicolaisen(1991-1992)p.14
9 英語語源辞典p.109、Watkins(2000)p.10、Pokorny(1959) p.128ff.、Matasovic、Buck(1949)p.707
執筆記録:
2010年11月22日 初稿アップ
PIE語根:A-ber-cromb-ie:1.*ad-「~へ」;2.
*bher-1「運ぶ、子を産む」;3.(s)kerb-「曲げる、曲がる」;4.(?)-ko-形容詞形成接尾辞
Copyright(C)2010~ Malpicos, All rights reserved.