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概要
①地名姓。「森」の意。
②居住地姓、地名姓。「深い水溜り」の意。
③地名姓。「疎林」の意。
④地名姓。「ヴェリャ(Vel'a)、ヴェレン(Velen)、ヴェリ(*Vel')(いずれも「大きい」を意味する人名)の地」の意。
⑤地名姓。「霊のいる聖地、霊地」の意。
詳細
①地名姓。ノルトライン=ヴェストファーレン州ノイス(Neuss)市ヘルペンシュタイン(Helpenstein)区に
ある地名ヴェール(Wehl)に由来する。地名の初出は以下の通り。
UUeldi(817年)1, 2
上掲初出形は"que sunt in pago Niuenhem in finem UUeldi"3「UUeldi
の森の端にあるNiuenhemにある」というラテン語の文章中に見える。
Niuenhemは現在のニーヴェンハイム(Nievenheim)の事でヴェールの2~3㎞南東にある地名。
語源は古ザクセンwald「森」4である。初出形UUeldiはこの語の
ラテン語の第二変化活用名詞の単数属格形に模した形で、単数属格語尾-īの為にウムラウトを起こさせて
第一音節の母音を[e]に変えている。現在の形Wehlは古ザクセン語のa語幹男性名詞単数与格形語尾-eの後続によりウムラウトを
起こし、更に語末母音の弱化・消失と-dの脱落により代償延長を起こして生じたものと思われる。
[Gottschald(1982)p.520,Kohlheim(2000)p.700,Naumann(2007)p.280]
②居住地姓、地名姓。中低独wēl「深い水の溜まった穴(tiefes Wasserloch)」5に由来。
また、同語源と思われる以下の地名より。
●ヴェール(Wehl)(ザクセン=アンハルト州/ザルツラント郡(Salzlandkreis)/ベルデアウエ(Bördeaue)村/タルトゥーン(Tarthun)
地区)
地名の古形は確認できず。ブルクハルトによれば地名は低独圏で「池、沼」を意味する河川名ヴェール、ヴァール、
ヴィール(Weel, Waal, Wiel)との関係を指摘している6。この語は前述の中低独wēlと
同起源と思われる。
●ヴェーレ(Wehle)(ニーダーザクセン州/ヴィットムント(Wittmund)郡/ヴィットムント市/アルドルフ(Ardorf)地区)
地名の古形は確認できず。或いは古ザクセンwald「森」の単数与格に由来する可能性があるが、
地名の古形がわからないと判断できない。
●ヴェーレン(Wehlen)(ニーダーザクセン州/ハルブルク(Harburg)郡/ハンシュテット(Hanstedt)行政共同体
(Samtgemeinde)/ウンデロー(Undeloh)村)
Wele(1345~1350年)7
中低独wēl「深い水溜り」の単数与格形からと見られる。現名の語尾-enは複数与格形を表す。
[Kohlheim(2000)p.700,Bahlow(2002)p.538,Naumann(2007)p.280]
③地名姓。ヴェーレン(Wehlen)(ラインラント=プファルツ州/ベルンカステル=ヴィットリヒ(Bernkastel-Wittlich)郡/
ベルンカステル=クース(Bernkastel-Kues)行政共同体/ベルンカステル=クース市)という地名に由来。地名の綴りの
歴史上の変遷は以下の通り。
Wanalon(861年)8, 9
Wanolon(867年)8, 9
id est inWeuelon, Vrcechon, Cruuon(874年:|sic|)10
herman. de walena(1121年:人名)11
que est inter Welene(1168年)12
Wigandus de Walena(1125年:Bernkastel市内の人名)13
原義は「空間のある森、疎林」(管理人説)。古高独wan「欠けている、空の、成果の無い、満ちていない、遠い」
14と古高独lō(h)「森、小さい森、茂み、神苑」15
の複数与格形の合成地名(cf.ヴァーンシャッフェ(Wahnschaffe))。
ペトリは第一要素をwan「輝いている(glänzend)」とするが9、
その様な単語は確認できない。
「木々の間の隙間が目立つ森、木々が密集せずまばらに生える森」、つまり「疎林」を表していると思われる。
874年の綴りは写字生が転写した際、nをuと誤読したものか。因みに、後続するVrcechon及びCruuonなる地名は
それぞれ現在のユルツィヒ(Ürzig)、クレーフ(Kröv)という付近にある町の名前に相当する。
874年から1168年の間に最初の-n-が消失しているのは、ハプロロジーが原因かもしれない。
[Gottschald(1982)p.520,Kohlheim(2000)p.700]
④地名姓。以下の地名に由来する。
●ヴェーレン(Wehlen)(ザクセン州/ゼキシッシェ=シュヴァイツ=オスターツゲビルゲ(Sächsische Schweiz-Osterzgebirge)
郡/ヴェーレン市)
Theodoricus de Wilin(1255年:人名)16
Vylin(1260年)16
Wylin(1269年)16
Wilin(1371年)17
Welyn(1372年)16
Welin(1445年)16
Wehlau(1454年)16
Belen(1458年)16
Bellen(1501年)16
Welehn/Welh(e)nn(1543年)16
古ソルブ*Veleń「Velen(人名)の居住地」、或いは古ソルブ*Velin「Vel'a(人名)の(居住地)」に由来する
17。人名はいずれも古ソルブ*vel'-「多くの、大きい」に由来。
●ヴェーラウ(Wehlau)(ザクセン=アンハルト州/アンハルト=ビッターフェルト(Anhalt-Bitterfeld)郡/
/南アンハルト(Südliches Anhalt)市/ツェービッツ(Zehbitz))
Wehlaw, das wuste dorf Welaw(1547/1549年)18
Wehlau(19世紀)18
古ソルブ*Vel'ov-「*Vel'(人名)の(居住地)」に由来。人名は古ソルブ*vel'-「多くの、大きい」
(高地ソルブwjele「多くの」,低地ソルブwjele「多くの」,wjeli(ki)「大きい」)に由来する18。
[Gottschald(1982)p.520,Kohlheim(2000)p.700,Bahlow(2002)p.538,Naumann(2007)p.280]
⑤地名姓。ロシアの都市ズナメンスク(Znamensk(露Знаменск))(カリーニングラード(Kaliningrad
(露Знаменск))州/グヴァルジェイスク(Gvardeysk(露Гвардейск)地区)のドイツ語名ヴェーラウ(Wehlau)に
由来する。
Velowe(1258年:世紀写本)19, 20
castrum Wilaw(1326年)19, 20
die stat Welaw(1336年)20
Welow(1352年)20
Wilouwe/Welouwe(1405年)19
語源は古プロシアwele「魂、幽霊」21で、異教の祭儀場所が当地にあったことに因むとされる
19。リトアニアvėlė「幽霊」,ラトヴィア velis「幽霊」と同語源であるが、
これらの語の究極的な語源は明らかとなっていない22。
PIE*wel-「見る」(cogn.古ノルドlitr「出現、色、染料」(cf.litmus「リトマス」))に遡る説
が一番まともな説と思われる(「見る」→「霊魂、幽霊」の例は他に英,仏spectre(← ラspecere「見る」),英phantom
(←ギphánasma「幻影」←phaínein「見る」)。他説に古ノルドvalr「戦死者」と同じく、PIE*welə- 「攻撃する、傷付ける」に
由来するとみる説も有る23。
[Kohlheim(2000)p.700,Naumann(2007)p.280]
1 Universität Bonn. Institut für Geschichtliche Landeskunde der Rheinlande
"Rheinische Vierteljahrsblätter" vol.27~28(1962)p.273
2 Bauer(2000)p.41
3 Hermann Wopfner"Ausgewählte Urkunden zur deutschen Verfassungs- und
Wirtschaftsgeschichte"vol.3(1984)p.45
4 Köbler asW. W項p.6
5 Kohlheim(2000)p.700 リュッベン(Lübben(1888))の中低独辞典に見えない語で、
語源も不明である。
6 Burghardt(1967)p.238
7 Johann Gottfried Herder-Forschungsrat vol.2(1953)p.248
8 Udolph(1994)p.534
9 Petri(1937)p.241
10 Leonard Ennen"Quellen zur Geschichte der Stadt Köln"(1860)p.455
11 Beyer & Eltester etc. vol.1(1860)p.507
12 同上p.709
13 同上p.512
14 Köbler ahdW. W項p.18
15 Köbler ahdW. L項p.70
16 Blaschke & Baudisch(2006)p.789
17 "Slavia: časopis pro slovanskou filologii"(1966)p.246
18 Bily(1996)p.384
19 http://de.wikipedia.org/wiki/Snamensk_(Kaliningrad)
20 Blažienė(2005)p.221
21 上掲註19のドイツWikipediaのSnamensk項に見える単語であるが、ウィクショナリー
(wiktionary)やホルツヴェッシャー(Holcwesscher(1300))等の古プロシア語辞典で確認が
取れない。恐らく同義のリトアニアvėlė,ラトヴィアvelisより再建した形であり、アスタリスクを
付して表示するべきか。
22 Buck(1949)p.1502
23 http://188.40.21.57/index.php?topic=13845.75
執筆記録:
2010年11月22日 初稿アップ
PIE語根①Wehl-er:1.*welt-「森;野蛮な」;2.語根不詳
②Wehl-er:1.語根不詳;2.語根不詳
③Weh-l-er:1.*euə-「欠如、空」;2.*leuk-「光」;3.語根不詳
④Wehl-er:1.*-「」;2.語根不詳
⑤Wehl-er:1.*wel-1「見る」或いは*welə-2「攻撃する、傷付ける」;
2.語根不詳
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